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余話 伝聞




 これが呪いの仮面だ、おい待ってくれ、こんなとこで箱を開けるんじゃない。せめて人のいないとこでやってくれよ。できればあんたじゃなく、他の人間に見させたほうがいい。悪けりゃ気が狂う。


 疑うのか、本物だ。タダだからって嘘じゃない、俺が手放したいだけだよ。黒い布で何重にも包んで、びっちり閉まる箱に入れてても、やけに不気味でさ。

 ……ああ、呪いの仮面なんて言うけど、周りを不幸にするとか持ってるだけで死ぬなんてことはない。ただただ恐ろしいだけだよ、安心してくれ。

 実際、俺の前に持ってたやつもその前のも、特別不幸なことはなかった。もちろん俺もだ。恐怖に負けただけさ。

 ……あんたは怖いものなんてないって? 

 じゃあ安心だ。


 この仮面はなにか? ああ、知ってることは教えてやる。興行の謡い文句にでもしてくれ。

 俺が聞いたのは、この仮面を作った男のことだ。

 仮面を作った男は、神様がこの世の醜悪を凝り固めてみたような醜さをしてたっていう。


 身長は低く、手足の先ばかりいやに大きくて、曲がった背にははいのうを背負ったようなこぶ。顔つきだって、額が突き出て、影の落ちる目はぎょろりと大きく、かと思えば黒目は小さいし、白目だって黄みがかっている。

 それだけじゃない。目だけの話だって、生まれつきの斜視に、はれぼったい瞼、それから左右の位置だって違う。

 顔の中心に居座る鼻なんて、そこらの石でも付けたみたいに丸くて不格好。なおかつぎとぎと脂ぎって、いつでもピスピス鳴らしてた。

 口元だって悪い。

 血色の悪い分厚い唇は、片側だけ引き上がったままで、鼻とは逆にからからに乾いてる。話す度のぞくのは人間の歯じゃない、大造りでばらばらに向いた黄色い歯だ。

 大きなしみのある古木の肌の先には、とんがって大きい耳がついてやがって、ばさばさの髪が頭を覆っている。


 そんなふうに、隅から隅までひとつところとして褒めるとこのないパーツが、これまた全部不均衡につけられてる。ソイツと比べれば、まだよちよち歩きの赤ん坊が作った泥人形の方が人間らしい見た目をしてたし、馬の糞でさえ美しいって言えた。


 ただ、そんな男にもたったひとつ神から与えられたものがあったんだ。彫り物の才能だ。


 男の生まれ故郷じゃ、年に一度、仮面を被って踊る祭りがあってな。すばらしい仮面を求める人々はこぞって人気の彫り師を探したし、男の仮面が他の誰よりすばらしいのは一目瞭然だったから、おぞましくて吐き気のする男でも食いっぱぐれずに仕事があった。

 なんでも、相手の仮面を良いと思ったら踊りの誘いを断っちゃいけない、ていう決まりがあったらしい。

 そりゃあ、意中の女と踊れるんだ。いっとう凄い仮面を手に入れなきゃならない。


 だけど、ほんとに褒められるのはそこだけで、注文した人間も顔を会わせたくないってんだから、男はてきとうな木の板に穴を開けただけみたいな仮面を付けて生活していた。

 仕事とは真逆の、雑なものだったと。女を誘うためじゃない、顔さえ隠れりゃいいんだからなんも彫る気にならんかったんだろうな。


 で。

 それが、あるとき恋をした。醜い男が、だ。


 綺麗な女だったという。近づいたら絶叫されるから、声を掛けたこともない。遠目から見てるだけの綺麗な恋さ、まあ、見てるのが見てるのだから、バケモノに目を付けられたみたいなもんだけどな。

 とはいえ男はバケモノじゃない。

 そんな見た目で、誰からも愛されずに育ったにしては、まっとうな考えをしてた。つき合えるなんて思っちゃいない、たった一度の思い出がほしかった。祭りだ。男は、誰よりすばらしい仮面を作って、一度だけ踊ってもらおうと思った。


 男の全身全霊を込めた仮面は、ありとあらゆる人間だれが見てもすばらしいものだった。


 どう想像したって、女が断る理由はない。

 ……ああ、そうだ。あんたの考えてる通りだよ。女は断った。仮面はもちろんすばらしかった、女だって感動した。

 でも、男はせむしだ。せむしで、チビで、手足がでかい。仮面を付けてたってわからないわけがない。

 祭りの決まりを無視して、女は男の仮面を「すばらしくない」なんて嘘つき、安っぽい仮面の男の手を取った。恋人だったんだろうな。

 男は呪ったね、初めてそれほど世界を呪った。

 今まで抱えてた全部全部込めて、呪った。で、死んだ。


 さて、それで、その呪いが籠もったのが、まさにこの仮面ってわけさ。


 誰が見たってすばらしすぎる、至高の芸術品みたいだった仮面が、たったひとつの絶望のおかげで誰にとっても恐怖の根源みたいな悪魔の仮面になっちまったんだ。

 ま、言いようによっちゃ、そうだな。呪いの仮面ってよりは、男に呪われちまった仮面かもな。

 哀れな仮面だろう? 哀れな男だろう? なあ?


 男の外見のおぞましさ、怨嗟、そんなのが凝り固まってより悪くなった塊が、男の望み通りに愛されたがってる……俺はそう言って興行したね。


 これが真実かどうか、あんたが採用するかどうか、それは好きにしてくれ。俺はもうひきとらない、これがどうなろうと、そう、たとえ金の生る木になったとしても、無関係だ。あんたのものだ、全部。

 もう一度言っておく、見るならひと気のないとこで。布は捨てるなよ。黒い布だ。これは知らないが……きっと、男は、暗い部屋で暮らしてたのさ。誰にも見えないように、な。






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