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哀れな男



 見世物一座(サーカス)に入ったレオカディオはまだ十を迎える前、大人の男に片手で持ち上げられてしまう小柄さだった。

 貧しい村の出身で、親に似ない美貌の少年は陰間(しょうかん)に売ることになろうかと皆考えていた。


 ただ、ひとつ問題があった。レオカディオの瞳は、暗闇に光る悪魔の瞳だったのだ。一部の好事家になら受けても、万客を取る陰間で魅力になるとは思えなかった。

 であれば、身体を売るより特異性を見せ、見世物一座に売るのが妥当だろう。親も兄弟も、レオカディオだってそう思った。


 当時彼の生まれ国は押しも押されもせぬ大国で、天候にも恵まれ続け、上流階級はいつも暇を持て余していた。時間を潰す遊戯はなんだって流行った。演劇、歌楽、絵画、ダンス、ドレス……果ては精神病棟の見学までも、娯楽のひとつに数えられた。

 当然のように、見世物一座も増えに増えた。壁を壊す怪力の巨男、双頭の蛇、首長女にフラスコの中の妖精、チェスを打つ人形に球の上で踊る少女と犬。


 悪魔の目を持つ美少年も、そんな展示物のひとつに加わった。



 ヒメナがくすり笑ったので、レオカディオは言葉を切った。伏せていた瞼を上げて彼女のそれと絡ませる。


「覚えがあるわ、そういった見世物たちに。貴女の前に此処に来て、私の心を揺らさないまま去ったものたち。角のある蛇、毒針持つ獅子、火吹き男に破裂する鼠。ほとんどこの国かすぐ側の生まれだったと聞くけれど、此処で地位には就けないから、今は貴方の生まれ国に居るかもしれないわね」

「それは、どうだろう。流行りは瞬くうち入れ替わって、しばらくすると、見世物一座も落ち目になった」

「まあ」

「子供は買うに安いが、居ても非力で、最初に居た十二は減って三人になった。俺とリッド、モニカの三人。リッドは妖精猫(ケット)をよくしつけて、モニカは座長の娘だった」


 一度言葉を切り、レオカディオは白湯をとった。この国はただの茶も青くさく、飲むと酒に酔ったような気になってしまう。水の味も違うし、保温の温度も少し低い。

 手のないカップを上から持ち上げ、口に運ぶ。話の続きを思い浮かべた。

 自分があとに残されたのは、いっとう顔が整っていたからだ。奥底から記憶を引きずり出す、間。

 思い出したくない事柄のため慎重にならざるをえなかったし、仮面と共になってからの長い間だれとも話していなかったから、言葉を紡ぐのに時間がかかる。


 ガア、外で夕告げ鳥が鳴いた。日が傾きだしていた。クァンと高いが響かない人工の音がして、ヒメナは仮面から意識を外した。

 音は仮面を恐れる使用人を慮ってつけられた鐘で、階下の店がヒメナを呼んでいるのだった。

 この国は夕刻を境に様相を一変させる。合わせて店も雰囲気を変えるのだが、それは店主にしかできない仕事だった。

 名残惜しんで視線を流し、淡く微笑む。


「少し行ってくるわ」

「ああ」

「すぐ戻るから、そうしたら続きを話して頂戴。」

「ああ」


 ちゅ、と仮面に口づけを落として、真上から引かれる如く立ち上がった。去っていく背中に少しだけほっとした。

 何をどう話すべきか、レオカディオには考える時間が必要だった。何を覚えていて、何を忘れていて、何を忘れたかったのか。

 硬く閉じていた蓋を開けて、慎重に記憶の糸を引き寄せる。



 モニカは気の強い少女で、子供が十二居るときから殊の外レオを気に入っていた。

 当時はまだ光る眼を持っているだけの美貌の少年だったし、生まれてすぐから変わり者ばかりと接してきた少女にとってレオカディオは全くの常人だった。

 子供が減って三人になってからは、いつも二人で遊んだ。リッドは大概動物に寄り添っていた。


 運命が変わったあの日も遊んで──いや、違う。当てずっぽうの記憶を正す。あの日は、逃げていた。モニカの手はレオカディオよりも大きかった。熱い手に引かれて、逃げ、隠れたはずだ。

 人気が衰え、見世物一座は経営が厳しくなっていた。売れるものならなんでも売ろうとしていた。美貌の少年など、その最たるものだ。

 見世物一座の客層は広い。

 陰間を探さない好事家たちはレオカディオを見つけ、手を伸ばした。同じように美しいのに、ヒメナには手を触れられずレオカディオには触れられるのは、持つものの違いだろうか。

 すぐに諦め受け入れた少年と違い、彼の役割を拒み続けたのがモニカだ。

 受け入れたところで彼女の身にはかすり傷ひとつつかないのに、彼の手を放そうとしなかった。とうとう客が来てもそのまま、座長の声から逃げ、積み荷の隙間に身を隠させた。






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