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納豆事件

 駄々目が弁当を自炊してくる昼休み。数人で卓を囲む半密室。弁当といっても、高尚なものではない。米を詰めてハンバーグやらなんやらを載っけて、レンチンしないレトルトのカレーをかけてかけて食う。米のほうをレンジにかける。逆じゃね、それ?

 見るからに汚ならしい。まるで豚の餌だ。「料理人やってて、店持ってたんだよ」という話が、駄々目の胡散臭いどの話よりも信じがたい。「また店持ちたいんだよ」とのたまうが、死んでも行きたくないと思わせるほどに汚い餌を持参してくる。食うまえに手をあわせ、食いおわったら手をあわせる。なぜか妙なところで行儀がいい駄々目。

 アジア納豆紀行みたいな本を神田の三省堂で見かけた。おもしろそうだと思ったが、ハードカバーの高値に涙を呑んだ。納豆は日本だけのものではないらしい。納豆は私も好きだ。たしかにうまい。だが、弁当に持ってくるものではない。家で食うべきものである。その常識を、駄々目は軽々と打破した。納豆2パックと米を、弁当として持ってきたのである。

「うめえんだよ、納豆食いたくなるんだよ」

 力説とともに、半密室を包む悪臭。「くせえくせえ」とのブーイングをものともせず、「うめえうめえ」と汚く啜る音を立てる。私は息を止めて飯を食う。ひとへの迷惑をいっさい考えず、欲望のままに納豆を啜る。

 一日だけなら我慢できた。つぎの日にまた、納豆2パックを持ってきたのだ。あれだけのブーイングを受けながらなお、折れないメンタル。もはや(知能の低い)サイコパスの領域だ。「うめえうめえ」と汚ならしく、納豆飯を掻きこむ。

 見かねて若いやつが、文句を言う。「駄々目さん、納豆なんて家で食うもんですよ」と。「そのとおりそのとおり」と、私も援護する。だが、駄々目は折れない。しまいに言う。

小木おぎはもっとすげえんだよ」

 小木というのは、すでに辞めた人間である。

「あいつは車んなかで納豆食ってたんだよ」

「車んなかで食うほうがマシ」

 驚愕の(知能の低い)サイコパス発言に、私は思わず叫んでいた。

「車んなかで食うほうがマシでしょ」

 念を押した。車のなかで食えないものを、他人がいるこの半密室のなかでは食える。いったいどういう了見なのか。おかしなことを言っている自覚すらない。ほんとにダメだな、コイツ……私は駄々目を、完全に見かぎった。

「今度から納豆持ってきたら、車ね」

 班長が言う。以降、納豆は持ってきていない。汚ならしい豚の餌にとどめている。

 以降、駄々目会に誘われなくなった。遺恨となったのだろう。少しだけさみしくはあるが、まあ行ったところでお決まりの毎回のパターン。そして、残業四時間ぶんの金を喪う。ネタは尽きた。ここでしまいとしよう。

 駄々目を主役に映画を撮りたいと言ったのはもちろん、リップサービスにすぎない。だって、ノウハウすらないんだから。「自分の(店の)女に100パーセント満足させてもらってるから、ほかの女に眼が行かねえよ」という名言のあとにフェードアウトとフェードイン、キャバクラで狂騒する画。オープニングのそれだけを思いついただけだ。

 駄々目はそれを本気にしていた節があって、「映画はいつできるんだい」としつこく私に訊ねてきたものである。うるせえなと思いながら、てきとうにあしらっていた。だいたい誰が観たいというのかね? ドドリアさんみたいなおっさんが、なにも成長しないだけの映画なんて。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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