表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

最後の夏 最初の冬

作者: S.S



(とおる)!なにボーっとしてんの?」


(おれ)智美(ともみ)の声ではっと我に返った。

周りを見ると落ち着いた感じの絵画やちょっと上品な喫茶店(きっさてん)の店内の様子が目に入った。

テーブルの上のコーヒーからは湯気が立ち上り、目の前には俺の幼馴染(おさななじみ)川瀬(かわせ)智美(ともみ)の姿があった。

すこし背伸びした感じのちょっと大人っぽい服装で、懸命にコーヒーを飲もうとしているが無理のようだ。かなり苦そうな顔をしている。


「智美、飲めないならコーヒー頼むなよ。他にもいろいろあったろ?」


「だってこういう時って普通一緒のもの頼むでしょ?透がコーヒー頼んだから…」


誰がそんなこと決めたんだよ、まったく。俺は店員さんを呼んで智美にカフェオレを頼んだ。


「そんなに無理しなくていいじゃん。コーヒーみたいな苦いもん苦手だろ」


俺は肩をすくめて言った。

でも別に悪い気はしない。

ちょっと窓から外を眺めてみた。

少し曇っていて、風もあるようだ。街路樹がすこし揺れている。


「雪降らないね…、今年もホワイトクリスマスは無理なのかな。こういう日くらい降ってくれてもいいのにね」


少し残念そうな顔で言う。

確かにホワイトクリスマスってのはよく恋愛ものならよく出てくるし、いいムードができると思う。

が、ここは冬の寒さは結構厳しいが雪が降ることはほとんどない。

智美に相槌を打って二人で窓から空を見上げた。



その後、少し温かいものを飲みながら話をして、俺達は喫茶店を後にした。


「どこ行く?ちょっと遠いけど駅前のクリスマス・ツリーでも見に行こうか?」


俺が尋ねると智美は予想外のところへ行きたいといった。


「松木神社に行かない?ほら、私が四ヶ月前に透に告白した場所。確か決勝の次の日だったよね?」


そういえばそうだったな…。

もうあれから四ヶ月になるんだった。

もとをたどればもう六ヵ月も前の話だ。



「……続いて天気予報です。広島は西の風がやや強く、曇りのち雨、呉は南西の……」


この時期の天気予報は毎日こんな感じだ。

毎日毎日雨ばっか。

いやになってくる。

なんで梅雨(つゆ)なんかあるのかと思うがこればかりはどうしようもない。


「透、そろそろ行く時間よ。はやく行かないと朝練遅れるわよ!」


母さんの声が飛ぶ。

そうだ、こんなところでぼさっとしている時間はない。

俺はさっさと荷物をバッグに放り込んで家を出た。


田んぼの真ん中の道をチャリで飛ばす。

まだまだ背の低い稲が並ぶ水田の中からはカエルの雨を待つ様な鳴き声が聞こえてくる。

空模様は曇っていていまにも降り出しそうな感じだ。

せめて朝練の間ぐらいはもってほしい。

十分ぐらいで学校には着いた。

まっすぐ部室に向かいバッグからグローブを取り出しグランドへ走る。

グランドに入るとみんな整列していた。


「おい沢口(さわぐち)遅いぞ。五分前厳守と言ったろう」


辻監督が少しむっとした声で言った。


「すいません」


監督に頭を下げて列に加わる。

練習着で来て良かったと思った。


「気をつけ!礼!」


「お願いします!」


こうして俺の一日は始まる。

ここ数ヶ月はずっとこの調子だ。

それはもちろんいまから二週間後にはじまる全国高等学校野球選手権大会、いわゆる夏の甲子園の広島県予選に向けてだ。

もともと俺たち松川高校は県内ではたいしたレベルにはいなかった。

が、去年はベスト8に残り、今年は去年よりもいいチームができていると俺は思う。

優勝だって俺たちならできる、みんなそう思っている。

だから朝早くからノックを受け土と汗にまみれ、昼のわずかな時間にもバットを振り、夜はボールが見えなくなるまで練習をしているのだ。



「透!お疲れ!今日も雨だったから体育館だったの?」


放課後、練習を終え帰ろうとしていたら玄関で智美に会った。

川瀬智美、さっきも言ったが、俺の幼馴染だ。

いつも笑顔で周囲を明るくし、普通にかわいい。

小学校のときからずっと学年で一番モテてる。

今までかなりの人数に告られてるがOKを出したことはない。


「あぁ。ここ一週間ずっとこの調子」


靴紐を結びながら答えた。


「ねえ、帰り一人でしょ。一緒に帰らない?」


玄関の外を見ながら智美が言った。

そういえば中学の頃はよく一緒に帰っていたが高校入ってからあまりない。

帰る時間が違うせいもあるが、お互い相手を意識しだしたからだと思う。

少なくとも俺はそうだ。

自分が智美に惚れてると気づいたのは高校に入ってからだった。


「ん。別にいいよ」


俺は内心ちょっと緊張しながらも表に出さないように素っ気なく答えた。

そして俺たちは揃って玄関を出た。

他愛のない話をしているうちに帰り道が分かれるところまで来た。

じゃあな、と俺はそれだけ言って智美に背を向けた。

しかし智美からの返事はない。

俺はどうしたのかと思って振り返ると智美はいつになく真剣な表情でこっちを見ていた。


「どうかしたか?」


不思議に思って聞いてみた。

智美は何か言おうとしたがやめて、


「ううん、なんでもない。じゃあ、またね」


そう言って走って帰っていった。



そして二週間後、県予選が始まった。

俺らはノーシードだから一回戦から決勝まで七試合戦わなくてはならない。

一回戦の相手は北川。

俺が先発して五回を無失点。

打線は相手の投手をとらえて十七安打十一点の猛攻。

五回コールドで初戦を飾った。


二日後の二回戦は蒲刈西。

今回は三番ライトで先発は二年生の島田。

六回まで安定したピッチングで散発四安打に抑える好投。

打線はしっかり援護。

六回裏までに七点取り、七回表は三年の館山(たてやま)がきっちり抑えて七回コールド。

ここまでは余裕だった。


ところが次の三回戦であたったのは昨年の準優勝校、三原工業だった。

今年もその力は半端でなく、二回戦ではこれまた強豪の明陵を粉砕していた。

特徴はとにかく強力なその打線。

一番から九番まで全員がホームランを打てるといわれていた。

辻監督はチーム全員に気持ちで負けるな、やれることをやれと(げき)を飛ばし、俺たちをグランドへと送り出した。


俺は一回から五回は何とか持ちこたえた。

ところが六回に始めてノーアウトでランナーを背負ってしまうと、焦りから次の打者にフォアボールを与え無死一、二塁のピンチを作ってしまった。

次の打者は四番大原だった。

体格のいい、いかにも打ったら飛びますって感じのバッターだ。

そして初球を打たれた。

するどいライナーがセカンド松村の頭を飛び越し、右中間を破られランナー二人が生還し、先制を許してしまった。

その後はショート宮原の好守にも救われなんとか抑えたが、二点は痛かった。


しかし、その裏の攻撃でこちらも四番村山のツーランホームランで追いついた。

これに勇気づけられ俺も七、八、九回を無失点で終え九回の裏、九番菊池のタイムリーヒットでサヨナラ勝ちを納めた。


この試合で勢いを得たのか、四回戦では昨年敗れた栄徳にも七対二で勝ち、準々決勝でも宮島商業に五対三で勝って松川ははじめてベスト4まで進出した。

準決勝の前には一日の休養日が認められているのでその日は学校で入念にプレーをチェックした。

俺は連投で疲れている肩を休ませるため投げ込みはせず、軽いノックとフリーバッティングだけとなった。

みんなは明日のことを考え自分やチームの調子をどう上げていくかをしっかり考えているようだった。


そして次の日、準決勝の第一試合で山陽北高校と対決した。

俺は死球でランナー一人を出した以外は完全に抑えたが、うちの打線も相手投手に翻弄され六回までパーフェクトに抑えられていた。

しかし、七回の表に試合は動いた。

まさにラッキー7だった。一番峰が振り逃げで塁に出ると二番松村が送りバント。

これを相手が処理に手間取り内野安打になった。


そして俺に打順が回ってきた。

俺はネクストバッターズサークルからゆっくり打席に向かった。

ちらと一塁側のスタンドを見ると智美が最前列で心配そうな顔で見ている。

俺は智美の方に顔を向け大丈夫だと軽く頷いてバッターボックスに入った。

下手に内野ゴロを打ってこのチャンスを潰すようなことは出来ない。

監督は俺にバントをさせるだろうと思ったが出されたサインは「打て」だった。

俺は了解のサインを送り、バットを構えた。


相手の投手は今までランナーを背負ってなかったから少し焦っているようだった。

投げる間隔が短くなっている。

初球ボール、二球目ストライク、三球目ボール。

そして俺は四球目の外角低めのスライダーを打った。

ボールは真っ直ぐにショートの頭を越え左中間へ飛んで行き、ランナー二人が生還するタイムリーツーベースヒットとなった。

二塁に着くと自然にガッツポーズが出た。

ベンチもスタンドも大騒ぎになった。

結局これが決勝点となり、二対〇で俺たちが勝った。


その日の晩、部屋でベッドに転がって明日のことを考えていると急に玄関のチャイムが鳴った。

しばらくして母さんが俺を呼んだ。

何事かと思って二階から降りてみるとそこには智美がいた。


「ごめんね、こんな時間に。ちょっといい?」


いつもと違い、すごく不安そうな顔で言った。

俺は何かあったのかと思い、とりあえず外に出て近くの公園まで行った。

俺はそこで聞いてみた。


「んで今日はどうした?何かあった?」


智美はブランコに腰掛(こしか)け、うつむいてしばらく黙っていた。

そしてこう言った。


「……、明日のことがすごく不安になって…。ほんとは透のほうが不安なはずなのにね。今日勝ったときはすごくうれしかった。ヒット打ったときの透はすごくかっこよかったよ。でもね、試合が終わった後、明日決勝なんだって思うと何か怖くなっちゃって……。ごめんね、こんな時間にこんなことで呼び出して…」


俺はどう言っていいのか分からなかった。

ドラマとかならこういう時に相手を安心させるようなかっこいい言葉を言うのだろうけど、今の智美の状況だと下手なこと言ったら泣き出しそうな感じだ。

しばらく考えたがいい言葉は思いつかなかった。


「大丈夫だって。俺が打たれなければいいだけ。そうすればみんなが援護してくれる。だから智美も明日しっかり応援してくれよ」


もう少しいい言葉はなかったのかと自分でも思うがこれでも精一杯の言葉だ。

智美は少しは落ち着いてくれたみたいだった。


「うん。透なら大丈夫よね。じゃあ私を絶対に甲子園に連れて行ってくれる?」


「ああ。任せろ」


俺がそう言うと智美は笑顔になって、


「約束よ!じゃあ明日試合頑張ってね」


そう言って智美は帰っていった。



そして次の日、とうとう決勝の日がやってきた。

相手はここ数年ずっと甲子園に出ている広商学園だ。

強豪中の強豪、全国でもトップの過去六回の全国制覇を誇る超強豪校だ。

今年もその力は健在。まだ予選で一点も取られていないエース上村、強力な破壊力を持つ打撃陣。

昨日の第二試合では清水館を十一対〇と完全にノックアウトした。

三回戦であたった三原工業よりも一回りも二回りも大きな壁、これを乗り越えて初めて俺達は甲子園に行ける。チーム全員が死ぬ気でぶつかった。


先発メンバーは一番センター峰、二番セカンド松村、三番ピッチャー俺、四番キャッチャー村山、五番サード今村、六番ファースト堀田、七番レフト天本、八番ショート宮原、九番ライト菊池。

全員三年生。

甲子園を目標に三年間一緒に汗を流してきた。

これが最後の夏、悔いのない戦いをしようとレギュラーもベンチも出せる力をすべて出した。


序盤は驚くほど松川有利に進んだ。

三回裏、連打で一死一、三塁とすると六番広永のタイムリーツーベースヒットで一点先制。

さらに五回裏にも五番今村のソロホームランで一点を追加し、二点差をつけた。

相手の攻撃も六回まで散発三安打。

このまま行くかと思われたが七回表、昨日のラッキー7は魔の七回に変わった。


先頭バッターの三番佐藤にホームランを浴び、一点差に詰め寄られると四球とヒット二本で無死満塁。

やっとの思いでアウトを二つとり、アウト後一つでチェンジとなって気が緩んだ。

そこを突かれた。

相手のラストバッター瀬野にレフト前ヒットを許し一気にランナー二人が帰り逆転されてしまった。


その次の回はあっけなく三者凡退に打ち取られそのまま九回の裏を迎えてしまった。

しかし点差はまだ一点。

ワンチャンスで取れる得点だ。

まだまだいけるとチーム全員が信じていた。

そして先頭打者の八番宮原に代わってバッターボックスに立った大竹がヒットで塁に出て、谷山が代走。

続く九番菊池がバントで送り一死二塁。

そして一番峰のセンター前ヒットで一死一、三塁の大チャンスとなった。さらに盗塁で二、三塁となった。


この大チャンスにベンチもスタンドも沸いた。

ワンヒットでサヨナラ、よし俺達はまだ神様に見捨てられてない、甲子園に行ける、そう思った。

しかし二番松村は三振に倒れる。

そして俺の打順となった。

もちろんこの状況でサインなどない。

監督を一応見たが頷いただけ。

こっちも頷き返して打席に入った。


打席に入るともう何も考えなかった。

無心で相手ピッチャーが投げてくるボールのみに集中した。

ボール、ストライク、ストライク、ボール、ファール、ファール、ボール。

カウントはツースリーになった。

そして次の球を振った―――――。



快音が響くことはなかった。

ボールはまっすぐキャッチャーのグローブに収まった。

俺は呆然とバッターボックスに立ち尽くし相手チームが抱き合い喜びを爆発させているのを見ていた。



次の日、俺は何もする気が起きなかった。

俺があそこで打っていれば、俺があそこで打たれなければ……、俺達は甲子園に行けたんだ。俺はみんなの夢を奪ってしまった。

智美との約束も…。


その時、玄関のチャイムがなった。

誰だろうと思って出てみると智美だった。

ちょっといいかな?と俺を連れ出し、近くの神社まで連れて行った。

どうして俺をこんな所へ連れてきたのだろう、そう思って聞こうとしたら先に智美が喋った。


「予選が始まる前日にね、ここに来てお願い事を二つしたの。やっぱり、二つは欲張りだったからいけなかったのかな。もちろん一つは松川の優勝、けどダメだった。でももう一つはまだね、結果が出てないの。何だと思う?」


俺はしばらく考えたが全然検討がつかず、さあな、と返した。

すると智美は少し頬を紅潮させて言った。


「透がね、私のことを好きでありますように、って」



思い出話をしているうちに俺達は神社に着いた。

一緒に石段を登って行って境内に入る。


「ねえ、せっかく神社まで来たんだし何かお願いことしない?」


智美がそう言ったから俺はそうだな、と応じて賽銭箱に百円入れてこう願った。


智美が俺をずっと好きでありますように、傍にいてくれますように、と。


しばらくして智美が急にこっちを向いて言った。


「透、キスしていい?」


突然のことに俺は焦った。

俺はキスなんてもちろんしたことはない。

多分俺の顔は今真っ赤だ。

そして困っている俺に智美が返答を待たずにキスをした。



空からは白い雪が舞い降りてきた。          




                         完



こんにちは!今回私は始めて投稿しました。まだまだ小説を書いたりするのに慣れていない未熟者ですが一生懸命書いていきたいと思っています。皆さんからの指摘や意見を次につなげていきたいと思っているので是非読んだら感想や評価をお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして霧雪と申します。 感想ですが、内容をしっかり構成されているなと思いました。しかし、野球に特に興味のない僕としては、試合の描写の部分は楽しめませんでした。ですが、恋愛模様を描いた部…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ