第?話《刹那岬ヴァレンタイン》
とある冬のこと。
私、竜胆 刹那岬は、恋をしていた。
教室の外を見て、溜息をつく。
「……バレンタイン、かぁ……」
そう。今日は二月十四日。恋の戦争が吹き荒れる特別な甘い香りの漂う日。
私は、手の中に収まっている小さなハート形のチョコレートを、とある少年に渡せずにいた。理由は簡単、恥ずかしいのもあるがーー見つからない。
普段、彼は屋上で寝そべっているのだが、何故か今日に限っていないのだ。鞄はあったので欠席、というわけでもないだろう。ならば一体、どこにいるのか。
屋上以外の場所に見当もつかず、私は溜息をついて空を見た。
「先輩、どこにいるのかな……」
ーーーーー
昼休みのチャイムがなった。いつも通りの、聞き飽きた無機質な音だ。私はお弁当も広げず、チョコレートの入った紙袋を持って先輩の捜索に向かおうとした。直後。
「マイハニーィィィィィィ!」
「きゃあっ!? たっ、多々羅さん!?」
教室を出ようとした直前に、友人の多々羅が背後から飛びついてきた。おまけに、スキンシップのつもりなのかムニムニと胸を揉んでくる。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!?」
「ほうっ、竜胆さん、意外とありますな?」
「セクハラっ! っていうか意外とってなんですか意外とって!」
「やはーっ、なんかねーっ、ってにゃあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ!?」
私は多々羅さんをキッと睨みつけると、【ボルト】をある程度手加減して放つ。私と多々羅さんの身体から青色の電流が迸り、多々羅さんを焦がす。
倒れ、私から離れる多々羅さんは何故だか幸せそうな表情で笑っていた。
ーーーーー
急がなきゃ。
思わぬ障害物に当たってしまい、昼休みが削られた。早く渡しに行きたいのに。
私は慌てて廊下を駆け抜け、階段を駆け上がる。
階段を登り切り、右に曲がってもう一度屋上を探そうと屋上へ続く扉へと向かおうとしたとき。
誰かに、ぶつかった。
「んむっ!?」
「って!?………ん、刹那岬ちゃん?」
「ありゃ、本当だ。どうしたの?」
慌ててどくと、目の前に列連先輩と、陽見池先輩が立っていた。陽見池先輩は両手に抱えたチョコレートをはむはむと食べ、列連先輩は……意外なことに、チョコレートの箱が一つ手に握られていた。
「六夜、探してんのか?」
「あ、はい。先輩達、六夜先輩見てませんか?」
「んーっ、それがねーっ、私たちも探してるんだけどいないの。友達だし、チョコレート渡そうと思ってたんだけど……」
「……そう、ですか……ん?」
私、たち?
………えっと……私たちって、まさか…………。
「…………れ、列連先輩……まさか…………」
「ん、なんだ? あ、もしかして六夜の場所分かったのか!?」
「いっ、いえ! ………な、なんでも、ないです……」
まさか、こんなライバル出現とは思いもよらなかった。
……負けませんよ、列連先輩。
私は勝手に、胸に闘志を燃やしながら走り去った。
ーーーーー
「ぜーっ、ぜーっ!」
ダメだ、全く見つからない。
この学校にいるのかさえ怪しくなってきたが、下駄箱に靴はあったからいるのだろう。流石に先輩でも、靴なしで帰るほどじゃないはずだ。
あと、五分でチャイムがなる。
放課後渡せばいいと思うかもしれないが、放課後は皆が渡しに行く時間帯だ。先輩はモテるから、きっと私もチョコレートを渡しに来た一人、としてカウントされてしまうだろう。そんなのは嫌なのだ。
どうしようもなく勝手だけれど。
先輩に、先輩だけには。
私だけを、見て欲しい。
「……うっ、うぁ、せんぱ、ぐす……」
気がつくと、私は屋上で泣いていた。嫌だ、嫌だ、先輩に私を見て欲しい。ちゃんと、私の気持ちに気づいて欲しい。
なんで、どうして、気づいてくれないんだろう。
私はいつも、先輩のことを考えてるのに。
頭に、冷たい何かが落ちてきた。
私はそれをそっと拭い去ると、手のひらを見た。
「…………雪……?」
私は、空を見上げてみた。
しんしんと、白い美しい粒が空を舞っていた。それは、酷く美しく、世界を白く照らしていた。
そして、空から落ちてくる影が一つ。
「ーーーーよっ、と!」
屋上のコンクリートに着地したのは、探し求めていたあの人。
「……せ、先輩!?」
なんで、先輩が降ってきたのだろうか。わからない。
私の脳内に、幾つものクエスチョンマークが浮かんでは消える。
「あぁ、刹那岬か。おはよう……って、もう昼間か」
先輩はなんでもないような顔で、ニッと微笑んで私を見た。
瞬間、私は一気に気が抜けてしまった。
「……せ、先輩……。なんで、空から……?」
「ん? あぁ、麒麟校長に頼まれてな。雪を降らせてたんだよ」
「……麒麟、校長先生に?」
あぁ、といつも通りの返事を返す先輩。先輩は疲れているのか、大きく伸びをして欠伸をした。
「なんかな、ホワイトバレンタインのが好きだとかどうこうで、重力で無理矢理に雪降らせたんだぞ。目茶苦茶疲れたっての……」
溜息混じりに、もう一度溜息をついた先輩。先輩は両手を広げ、少しだけ積もった雪の上に寝転がった。
「って、風邪引きますよ先輩! 先輩ってば!」
私が慌てて起こそうとしたときは、遅かった。既に先輩は、気持ち良さそうな寝息を立てて寝ていた。
「……もう、先輩のド馬鹿」
なんだか、先輩の可愛い寝顔を見ていたら、泣いていたのが馬鹿らしくなってしまった。
うん、そうだと思います。
私は。
先輩に。
たとえ、見てもらえなくても。
きっと。
「先輩……私ね……」
「先輩のこと、すっごくド馬鹿だと思いますよ」
私は、先輩を壁に持たれかけさせ、そっと手の上にーー小さな、甘いお菓子を置いた。
今更ながらバレンタインwww
ちなみに、私は昨日友人からもらいました(((((