16の秋、HR委員に教えられたこと
「なんで俺モテないんだろ?」
「知らん」
「なんで?」
「知らん」
「なぁ、なんで?」
‥‥だから
「知らねっつってんだよ」
眉間に思いっきりしわを寄せながら、向かいの机にうなだれている智樹のすねに軽く蹴りを入れる。
ひでぇよー、なんてぐだぐだ言っているが。
ざまぁ。
俺はさっきからお前のくだらねぇ戯言聞かされてイライラしてんだよ。少しはこれくらいで済ましてやった俺の優しさに感謝したらどうだ。
ーー大体、
「モテてどうすんだよ」
モテたってそれで終わりだろ。それにモテるのは結局顔が良くなきゃ無理。
だからな、智樹。‥‥お前は今世は無理だ。期待するんなら来世にでもしとけ。
まぁ漫画や小説じゃあるまいし、そんなん望むだけ無駄無駄。
そんなこと考えるためにそのスカスカの脳みそ使ってんならなぁ、
「テスト前なんだから勉強しろ」
吐き捨てるように冷たい言葉を智樹の頭にふっかける。
「ひでぇよ直! それはねぇって‼ 」
「ねぇのはお前の点数だろ。いつも赤点ギリギリのくせに、勉強しないで無駄なこと考えやがって」
「それはそれ、これはこれだろ‼ 」
ったく、駄目だこいつ。
「モテたいっつーのは男の夢だろ‼ 直だって少しくらい思わねぇの?」
「思わねぇ」
「彼女欲しいだろ?」
「欲しくねぇ」
「えっ⁉ 直、もしかして恋愛経験ゼロ?」
「‥‥それはお前もだろ?」
「っ、だーーー‼ うっうるせぇ‼ 」
‥‥うるせぇのはお前だよ。
「それに俺は恋愛なんて興味ねぇよ」
「なんでだよ⁉ ぬゎーっもったいねーー」
もったいねーって、何がだ?
いちいち智樹をかまってたら時間の無駄だな。って、こいつさっきからなんもやってねぇじゃねえか。
「お前、進んでねぇぞ」
智樹の机の上に一応広げられている真っ白なノートの上を、シャーペンで何度か小突いた。
「いいんだよ。俺には恋愛があるからな」
馬鹿かこいつは。全っ然決まってねぇぞ。
「智樹‥‥。来年から違う学年だけど、お互い頑張ろうな」
ぽん、と優しく肩に手を置く。
「そんなぁ! 見捨てないでよー。な~お~」
「うぜぇ」
こんな奴無視して勉強しよ。
「ちょっと、」
やっと集中力を取り戻しつつあった俺の耳に、不機嫌そうな声が届く。
ーーでたよ、真面目委員長。
誰だ、と教室の前のドアへ目を向ける。
「誰だ、じゃないわよ! あんたたちねぇ‥‥いまなんの時間だと思ってんの⁉ 」
なんのって‥‥
ちらりと智樹へ目線を向けた。
って! こいつついに寝始めたよ。
駄目だこりゃ、と少し頭を抑えてからゆっくりと相手の方へ向き直った。
「中間のお勉強ですよ、HR委員長さん」
「‥‥中間の勉強だぁ? いまは体育の時間です‼ 」
あー、そうだった。と、わざとらしく左手のひらに軽く握った右手をのせた。
「頭が痛いってでてったから、心配して様子みにいけば、保健室の先生に "今日は誰もきてませんよ" なんて言われたんですけど。‥‥あんたたち、サボりなんてしていいと思ってんの?」
‥‥そういや、頭痛いって言ってでてきたんだっけ。
「あー、頭が痛たたた」
「下手な芝居してんじゃないわよ。とりあえず、授業には戻ってもらうから」
ーーくそっ。
「ほらっ、長井くん起こして行くわよ」
腕を組みながら、あごで起こせと指示される。
ったく、起こしゃいいんだろ。
しぶしぶと椅子から立ち上がって、智樹の肩を掴む。
「おらっ智樹。起きやがれ」
‥‥全く起きる気配がない。
おいおい、いますげぇめんどくさい状況なんだからとっとと起きろよ。
心の中で軽く突っ込みながらなんども肩を揺さぶる。
そーっと後ろを振り返ると、
まだ? 、と噛み付くような顔でこっちを睨んでいるHR委員、改め妃山さん。
ここはあれだな。雑談でもいれながら‥‥。
って、話題ねぇよ。
こいつは起きる気配ねぇし、妃山はなんか怒ってるし‥‥て、俺らのせいだけどな。
あ、と思いついたように口を開く。
「女ってさ、モテたいなぁ‥‥なんて思ったりする?」
話題ミスったか?‥‥と妃山を見ると。
うわー、やべえミスった。
馬鹿じゃないのと言わんばかりの目で俺を見ている。
くそっ。やっぱ智樹使えねぇ。
「あっいや。なんか智樹がモテてーなんて言ってたからさぁ‥‥その、」
「思わないわ」
きっぱりとした否定の言葉で俺の言葉が遮られる。
「‥‥そう‥‥‥なのか?」
「そうなのかって‥‥」
ずっとドアの所にいた妃山は、ちょっと考えるように眉をひそめながら俺の方へと一歩ずつ近寄ってきた。
「うーん‥‥。だってさ、意味ないじゃない?」
意味ない?‥‥あぁ、だよな。俺も同感ーー
「自分を好きになって欲しい、って思うのはひとりだけでしょう?」
ーーん?
「モテるっていうのは‥‥うーん、確かに魅力的かも。でも結局好きな人と結ばれないんだったら、ただ虚しいだけでしょ? ‥‥だったら私はモテてもモテなくても関係ないわ。私は好きな人と結ばれたいだけ。ーーあ、好きな人なんていないけどね」
「・・・・。」
ーー好きな人と結ばれたいだけ。
「ふぁああ」
「あ、起きた」
大きなあくびをしながら、やっと智樹が目を覚ました。
よく寝たー、と言った智樹にすかさず妃山が説教をする。
俺と全く同じように怒られた智樹は、先にいってるから早く来てね、とジロリと睨んでから妃山が教室を出た後、おぉー怖っ、と首をすくめた。
その間、俺は頭の中で何度も妃山の言葉を再生しながら、ただただ立ち尽くしていた。
「やべぇ‥‥ホレたわ」
「ん、なんか言った?」
なんも言ってねぇよ、と智樹の背中を思いっきり叩き、
「体育館戻るかっ」
先に見える凛とした背中に追いつくように、勢いよく走り出したーー