真っ白の先、出会う二人
「また遊びに来るね!次はもっとあったかい服着てくるから、もっと長く遊ぼうね!」
おばあちゃんちから歩いて数分。夏にいとこたちと来たことがある。カブトムシを探そうって息巻いた男の子がいたっけ。そんなに大きな山じゃないけど、木がいっぱい生えてるところ。そこは今雪に埋め尽くされていて、私にはここが雪のお城のように思えた。
「わぁ…!」
少し入っただけで、雪雪雪…雪の世界。誰にも侵されることのない、真っ白の世界が広がる。ちょっと山に入っただけでこれなら…と、私は子供心に欲を抱いた。
もっと山の中に行けば、もっと綺麗な雪が積もってるかもしれない
そして奥へ奥へと足を進めた。
「…う、寒い…。」
なんだか雪がひどくなってきたような気がする。そろそろ引き返した方がいいかも…。おばあちゃんちを出てから結構時間が経った。抜け出したことがばれたかも。
あまりの寒さと変わらない景色に私の冒険心は折れかけていた。
とりあえず今日はもう帰って、コタツに入りたい。ご飯を食べてお風呂に入って、あったかい布団で眠るんだ。
おばあちゃんちを想像してしまえばもうアウト。気持ちは家を出た時から180度変わってしまう。
「よし!探検終わり!」
踵を返して愛しの防寒…いや、おばあちゃんちに帰ろうと意気込む。…が、数秒で足が止まる。
「…どこから来たんだっけ…?」
どこを見ても真っ白。木と地面の区別もつかない。いつのまにか雪は吹雪に変わり、私の視界を白に染めていた。
「寒い…」
自然の中に私だけ。私だけの世界。今まさにそんな状況。だけどひとつも嬉しくなかった。幼心に理解した。このままじゃ死ぬんだってこと。
吹雪く雪は小さな私の体を容赦なく凍らせ、徐々に動きづらくなる体に恐怖を覚える。
死にたくない…暖かいところに行きたい…!!
『それがきみの望み?』
どこからともなく声が聞こえた。その声からは感情は窺うことができない、ひどく冷たい声だった。それでも…
「…っうん!」
誰かいる。そのことが嬉しくて、私はすぐさま返事をした。この状況から抜け出せるなら。そう思って。
ぶわぁっ…
今まで体を凍らせていた冷気は去り、優しい温風が頬をなでる。一瞬にして寒さは消え去った。エアコンだってこんなに高性能じゃないのに。
体に血が巡る。どこもかしこもドクドクいってる。私、生きてる…。
今起こったこと、自分の体の反応、それにいっぱいいっぱいで、目の前にいる人の存在に気付くことはなかった。
「…迷子?」
話しかけられて初めてその存在に気付く。誰もいないと思っていたところに、ひっそりと立つ人。あまりに儚げで、すぐには気付けなかった。その人の存在を認識するのに数秒を要した。
「あ…うん!どこから来たかわからなくって…。」
人がいる。そのことに安心して、素直に答えた。
ところが、その人は何か深く考え込んでいるようだった。
「子供のお客さんか…珍しいな。」
「?」
「…いや、お家の方が心配している。山のふもとまで送って行くよ。」
差し延ばされた手があまりに暖かそうで、私は迷いもせずにその手をとった。なぜだかこの人を怪しいとは思わなかった。私が幼かったせいか、それともこの人の人柄なのか…。
「ありがとう!あなたはここで何をしていたの?」
警戒心など完全にない私は安心しきって、少し冷たいその人の手を握って言った。
「何って…ここが僕の家なんだよ。」
「?でもお家は見えないよ?」
キョロキョロと辺りを見渡す。そこは植物に埋め尽くされた場所。家なんて見当たらない。それに…さっきまで雪で真っ白だったのに、ここには雪はない。
「雪、ここは降らなかったの?」
「…そう、だね。ここには降らないのかもしれないね。」
「ふーん…?」
よくわからなかった。わからないなりに、ここは特別な場所なんだと、そう理解していた。
「ほら、あの二本の大きな木が見える?あの間を通って行けば、きみの家が見えてくるはずだよ。」
その人の言う通りに目を向ければ、確かに大きな木が互いにけん制し合うようにそびえたっている。
「ありがとう!!」
そう言って離した手。
大きな木の間に走って行った。早くおばあちゃんちに帰りたい。暖かい部屋でミカン食べるんだ。
…
私の足は止まった。木の間を超える前に、振り返る。
「ねえ!」
「…どうしたの?」
まだ私を見送っていたその人を見て、思った。この人って、ほっとけない人だなって。
どうしてそんな寂しい目をしているの?
私が一緒にいたら、そんな目しなくてすむようになるよ。一緒に遊ぼうよ。
楽しいこと、いっぱいしよう?
「また遊びに来るね!次はもっとあったかい服着てくるから、もっと長く遊ぼうね!」
相手の返事を待たずに背を向け、走り出す。私、きっとあの人に本当の笑顔をあげられる!なぜかそう確信して…。