利用。
やっと終章です!
「じゃあ…遙の理屈で言ったら、俺も白田と付き合えるよな?」
夏、秋…あっという間だった。
11月に入ってすぐはまだ冬を感じなかったが、半ば過ぎた頃には上着なしではいられないくらい、冬の足取りは予想以上に速く、私達に近づいていた。
私はまだ、「私」でいられている。
「寒いねぇ…。」
「このマフラー長いから二人で巻いちゃう?」
「…ばーか。」
今日もまた、遙と二人帰路につく。
遙の退院は彼の言葉通り、お見舞いに行った日から三日後のことだった。
その週の日曜日、勿論皆で退院祝いをしたのだけれど…そこで一悶着。
「…本当に三大珍味だ…。」
遙の目の前に並ぶ、普段食卓ではお目にかかれない食材。それがともちんの用意したシェフによって美味しそうに調理されて目の前に並んでいる。
「こっちは茜のリクエストよ。」
と、自信満々のともちん。
「…遙?遙言った?ともちんに言った?」
「ん?よかったね。夢叶って。」
「夢じゃない!!…けど、すごい…!!これ食べていい?ねえ、食べていい??」
「ばっか、こういうのは乾杯してからだろ。」
玉木にフォークを奪い取られる。今すぐ食べます…とばかりに構えたフォークを失って、手持無沙汰になる。
「ほい。勿論ノンアルだからね☆」
その右手に差し出されたのはノンアルコールのシャンパン。悠斗…さすが準備がいい。
「今日の主役は腐っても遙だ。お前は大人しくしてろ。」
これは陰険眼鏡の言葉。…言われなくたってわかってらい。
「僕も茜ちゃん用に準備したものがあるよー!!」
「え?私に?何何??」
龍太の言葉に飛びつく。
「はい!今回は遙の退院祝いと、茜ちゃんの襲われ未遂祝いだからね!」
…可愛い顔してなんて言葉を吐くんだ、龍太…。だけど。
「うっは~…!!でかした龍太!!」
龍太が用意したのは見事私のツボで…。
「う…またどぎついのが出たわね…。」
「…これどうやって食べるんだ?」
皆を圧倒するそれは…何段重ね?と数えてもわからないような、ビッグハンバーガー!!ハンバーグは勿論のこと、各層にベーコン、チーズ、あれは…ステーキ!?どっかり食材の間に垣間見えるのは新鮮なレタスにきゅうりにトマト、それにあれってセロリ?…とにかく何でもありバーガーが私の前にそびえたつ。
「うっきゃ!マジか!!早く乾杯しよう!はい、遙!!」
「え…俺?」
目の前にご馳走があるのに食べられない状況なんて自ら打開するっての!さあ、本日の主役よ、早く乾杯の音頭をとってくれたも!!
「えー…っと…今日はどうもありがとうございます。あの…なんていうか…」
「早くしろー!」
ヤジを飛ばすのは勿論この私。だって…あったかいうちに食べたいじゃんか!!
「…本当に迷惑かけてすいませんでした。でもこれで晴れて俺と先輩が恋人になれたわけでして、今日は二人のサラダ記念日…もとい恋人記念日ということで乾杯にうつらせて…」
『はい、ちょっと待ったーーー!!!!』
遙のセリフに思わず待ったをかける。誰が恋人になった!?いつ!?どの瞬間に!?
…お?てか、今声重なった?
「おっまえ…拒否られたんだろ!?」
「玉木…その通り!恋人になった覚えはありません!!」
コソコソ…
「何この茶番。」
「おっもしれぇ☆」
「とうとう翔がキレたかな?(わくわく)」
「…俺に言わせればかなりどうでもいいことなんだが…。」
コソコソ…
熱くなってるのは私と玉木だけだった。爆弾発言をした遙はそんな私達を交互に見てる。
「先輩は俺の気持ち知ってるでしょ?」
「う…そりゃ…まあ。…うん。」
「嫌?」
う…そんな子犬のような瞳で見つめられても…。
「おいおい、白田。流されんな!」
「はっ!!お、おう!!い、嫌!!」
…ん?あれ…おかしいぞ。これはなんだ?嫌って口にしてみたものの…しっくりこない。嫌なの?私、本当に遙の気持ち、嫌…?
「ほらな!遙、好きな人の嫌がることは…」
「ねえ、本当に嫌なの?」
………。
遙が真剣な目で私を見る。…今まで何度遙のこの目を見ただろう。この人に嘘は通用しない。考えなくちゃ。ちゃんと…向き合わなくちゃ。
……遙に好かれて、嫌?
…ううん。遙の気持ち自体は嫌じゃない。だって私も遙のことが好きだし。あ、いや、この好きは人として好きっていうことで、そこに恋愛感情があるかと言われたら…うー、わからない。でも…
「嫌…では、ない…。」
「なっ!?白田!?」
コソコソ…
「おっと…これは翔の負けか!?」
「そもそも敗色濃厚だっただろう。」
「…骨は拾ってあげるからね!」
「ここで引きさがるならそれだけの男よね。」
コソコソ…
「うん…嫌じゃない。でも、今遙の気持ちに応えられるかと聞かれたら…それは……無理。えっと…う、ごめん。」
私は決してプラスな返事はしてない。それなのに。
遙はにっこり笑った。
「先輩、『今』って言った。」
「え?うん。言った…けども。」
「『今』は無理でも、明日は違うかもしれないでしょ?だから俺と付き合ってよ。俺のことが嫌いじゃないんなら。」
…えーっと?これは…あれですか?告白という…やつですか?え、こんな…皆の前でするもの?告白って…。
「いっ意義あり!!」
頭がこんがらがってる時に、玉木の元気のいい挙手。お手本にしたいくらいの挙手でした。
「白田、俺のことは?好きか嫌いで言ったら!?」
「は?…勿論好きだよ。何言ってんの、今更。」
「じゃあ…遙の理屈で言ったら、俺も白田と付き合えるよな?」
…目が点になる。とは、こういうことを言うんだろうか?きょとん?狐につままれる?…うまい言葉が見つからない。
「…それ、宣戦布告ですか?」
「そうとってもらって構わない。」
コソコソ…
「おおっっと!?遂に翔が告った!!」
「これ…茜、告白って気付くかしら…。」
「気付かれなかったらうかばれないな…。」
「ちょ、さすがにそりゃないっしょ~?年頃の女の子よ?」
『いや、白田茜だし。(三人)』
「…そ、ね。」
コソコソ…
「…いやいや、二人共何を言い出すのさ?遙の冗談に玉木までも乗らないでよ。」
「冗談に乗ったわけじゃ…」
「俺冗談言ったつもりないですし。」
「お前…もっと相手のこと考えらんねーの?」
「それは玉木先輩にも言えることでしょ?」
「お前が白田困らせるようなことばっか言うから…」
「それに便乗したのは誰です?」
何やら二人で言い合いを始めやがった。
とりあえず…わけがわからない。
なんでこんな話になったかというと、そもそも遙の恋人宣言からなんだよね?だったらそれを否定したら終わりなんじゃないの?そうでしょ?ねえ、ここ部室なんだよ。これ以上料理放置したらさ、どうやってあっためるのさ?おいしい料理のおいしさが半減しちゃうでしょ?何考えてんの?馬鹿なの?こんなご馳走にありつける日なんて滅多にないんだよ?つーかほんと馬鹿でしょ?馬鹿以外の何者でもないでしょ?
やばい、だんだん腹が立ってきた。今日はお祝いの日なのに…!!!
「うるさーーーーーーーーっい!!!!」
腹の底から声を出した。今まで体育の授業でも応援合戦でも合唱でもこんなに一生懸命声を出したことはない。
狭い部室の中、そりゃあ嫌でも響くわけで。
皆私の声に驚いて口を閉ざした。言い争っていた二人を交互に見て、私は一言言ってやった。
「…いただきます。」
『…いただきます。』
有無を言わせぬ一言。言わせてなるものか。絶っっっっ対に!!!
無理矢理いただきますさせたところで、私は奪われていたフォークを玉木から奪い返し、楽しみにしていた料理に手を付ける。
「…よし、かんぱーい!」
「ほら、茜ちゃん、僕切り分けるよ!どの辺がいい?」
「…食べるか。」
「あ、ちょっと!それは茜のために用意した豚だから!!」
悠斗の乾杯の声に乗じて、馬鹿二人以外がすぐにいつもの空気に戻してくれた。
…大きな声出しちゃったけど…でも、今日は楽しむために集まったんだから。遙の退院祝い、皆で楽しむつもりだったんだから。
ともちんが豚をさばいていく。私のお皿には次から次にジューシーな豚肉が…。
「…ともちん、ありがとう。でも、さすがに全部一人で食べきれないよ…。」
それが九月下旬のこと。
それからやがて二か月が経とうとしている。
遙は相変わらず私に構う。これはいつものこと。ただ…玉木の様子があれ以来おかしい。
私、謝ったんだけどな。
次の日の朝一に(と言っても、遅刻ギリギリに学校着いたから一時間目の休み時間だけども)玉木に話があるって廊下に呼び出して…。
「昨日、ごめん。怒鳴っちゃって…。」
「いや…俺も悪かったし。」
「玉木、庇ってくれたんだよね?遙強引だから…間に入ってくれただけなのに…私怒ったりして…本当ごめん。何せご馳走が目の前だったものだからさー、早く食べ………玉木?」
玉木は笑ってる。いつも笑ってくれる。だけど…今私に向けてる笑顔は…笑ってない。表面上は笑ってる。だけど、どうして…泣いているように見えるんだろう。今まで見たことがない玉木に、私はかける言葉を失った。
「…いいんだ。俺って…そうだよなぁ。」
そう呟いた横顔が、今にも泣き出してしまいそうに思えて仕方がなかった。私は…何か傷つけるようなことを言った?玉木のことを、傷つけてしまった?
「や、白田悪くないって!あいつの暴走がひどいだけだから!…もうチャイム鳴るぞ。…教室入ろう。」
そう言ったのは、いつもの玉木だった。人の好さそうな笑顔。さっきみたいな悲しい笑顔じゃない。
だけど…
それから玉木とはなんだかギクシャクしてしまう。いつも通りって…どうしてたんだっけ?いつも通り…うん、いや、いつも通りに皆で話す。話すんだけど…ふとした瞬間の間が違う。ふとした瞬間に見せる表情がとても辛そうで、それを見つけたら…どうしていいかわからなくなる。
「先輩?」
遙が私の顔を覗きこむ。あまりの近さに遙の顔面に軽くパンチを繰り出した。
「え、ひどくない?この扱い。」
涙目で鼻をおさえる遙。…やっぱり遙って憎めない。私が嫌がることを平気でする割に、それに抵抗することを受け入れてくれる。今だって避けようと思えばできたはずだ。
遙は私に「拒否する」という選択肢をずっと残してくれている。だからこんなにも居心地がいいのだと思う。
最近になってやっとそれがわかってきた。強引な遙だけれど、私は逃げようと思えばいつだって逃げられるんだ。それが遙の優しさなんだ…。
そんな遙を素直に愛しいと思える。
でも…でも。
…自分の気持ちがわからない。それをはっきりさせようとも…思わない。
今、恋愛なんかしてる場合じゃないのはわかってる。だけど…今のこの状況があるおかげで、私は「私」でいられる。ユウマのことだけに縛られないから。考えることがそれだけじゃないから、だからこそ私は「私」の日常を生きていられる。
本来ならこんな宙ぶらりんな気持ちで遙といることは許されない。観覧車事件の前なら、私は遙にはっきり返事をすることができた。もともとそのつもりだったし…遙を想う気持ちは友達以外のなにものでもなかった。だけどあの事件以来、私の遙に対する気持ちは確かに変わった。それが愛情なのか、友情なのかわからないけれど、遙は…特別な存在になった。
遙が作ってくれたこの状況に、戸惑いながらも感謝している自分がいる。
…ごめん、遙。
私が「私」でいるために、遙を利用します。許さなくていいよ。憎んでいい…。
全てが終わるまで、気付かれないように…利用させてもらう。
もう…終わりは近い。