真実。のようなもの。
「先輩は、選ばれるべくして選ばれたんだ。だからこそ、きっと…これがユウマの最期になるんだと思う。」
強い風に体が揺れる。気を抜けばそのまま持って行かれそうな…こんな強い風を感じるのは初めて。
『…だからって諦めないからね!!ふっざけんなっつー…話、だ!』
その場に踏ん張る。何がこれほどまで私の邪魔をするのか…。腹立つ。せっかく覚悟を決めたというのに。
『遙…私は諦めないからね。絶対、あんたの口からあんたの掴んだ真相を聞いてやるんだ!』
自分が意地になってるのはわかってる。意地にもなるでしょうよ。私はいっぱい考えた。悩んだ。その結果今動いてる。だから邪魔されたくない。
小学生の原理だな、こりゃ。
でもやるっきゃない。私は知りたいんだから。知らなきゃ進めないと思うから。
『くっそ…本土遠いってか…ここどこなんだよ!!遙ーーー!!返事しろーーーー!!!ばっかやろーーーーー!!!』
「…ねえ、重傷の人間になんてこと言ってるの?」
後ろから聞こえたあまりに普段通りの声色に吃驚した私は振り返る。慌て過ぎたせいで風の抵抗を考えていなかった。今まで風と格闘していた筋肉が違う働きを見せたせいでバランスを崩す。やばい、体もってかれる!!
「ねえ、だから何やってるの?俺、重傷人なんだって。…いってぇ…ね?本当に動いちゃいけない体なんだってば…。」
あのままだと完全に海に放り投げだされていた私の体を、かろうじて遙が地に繋ぎとめてくれた。遙の胸の中に抱き寄せられる。
「………」
「あ…また怒った?これ、不可抗力だからね?」
遙が慌てて私の体を引き離そうとする。それを制した。私の肩に回された遙の腕をぎゅっと掴む。
「っ痛…」
「………あったかい。」
「…え?」
「あったかい。…あったかい!!」
遙がいる。遙の体温が手の中にある。それが嬉しい。青ざめて意識を手放した遙。そんな彼が今、私のすぐ傍にいる。温かい。話してる。確かに…生きてる。
「バカ…バカ!!バカ!!!」
「…うん、ごめん。びっくりした?」
「当たり前でしょ!?何して…バカ!!」
遙が生きてる。それがわかって私がどれだけ安心したか…きっと遙にはわからない。…バカ遙…。
「ああでもしないと俺の仮説が正しいかわかんなかったからさ。本当に…悪かったと思ってる。」
耳元で「ごめんね」と、遙の小さな声が聞こえた。それは微かに震えていて…怒る気なんて失せるよ…。
「そう、私、聞きたかった。だから遙に会いに行こうと…って、なんであんたここにいるの!?病院は!?」
「えー…今更?先輩の声が聞こえたからさ。目、覚めて。」
遙の腕を振りほどき、真正面から対峙する。遙は今まさに病院を抜け出してきたような恰好だった。患者の着る水色のガウンを着て、頭には包帯。血管の浮き出る腕には点滴の痕。…若干血がついてる。点滴引っこ抜いてここに立ってるみたい…。
「いや、ちょ…大丈夫なの!?」
「まー意識あるしね。大丈夫なんじゃない?」
「じ…ぶんのことでしょうがぁぁぁあああ!!」
いつもと変わらない遙にけが人とわかっていても突っ込まずにはいられない。なんなの。この緊張感の無さは…。
「いやー、先輩に呼ばれてるってわかって、それにどうにか応えようとしたらこのざまだよ。やっぱり先輩の力はすごいね。」
なんて屈託のない笑みで言われる。私の力…?
「何?それ?私力使ってないよ?皆にばれないように事を進めたかったから。」
「うーん、そうだろうね?いつもの先輩の力の波動じゃなかったし。観覧車の時の先輩だったから。」
「観覧車?って…」
顔が熱くなる。そういや私…この人にキスされて…
「あ、先輩赤くなってる。かーわーいー。」
「ば…!?今そんなことはどうでもいいんだって!私が知りたいのは…」
「関係なくないよ?」
突然遙の声が真面目なそれへと変わる。あまりの変貌ぶりに私は思わず彼の瞳を見た。…至って真剣な瞳だった。揺らぎのない…彼本来のもの。
「先輩は今までユウマの力を使ってたでしょ?ユウマの存在がわかったから。彼の力を自分のものにして使ってた。」
…今更何を言ってるんだろう?当たり前のことを言われて、遙の言いたいことがさっぱり汲み取れない。
そんな私の気持ちを察したのか、それともどうでもいいのか…彼は話を続ける。
「そもそもユウマが先輩に目をつけたのは、先輩に彼を超える以上の潜在能力を感じたから…じゃないの?」
「…は?」
遙の言っていることの意味がわからない。せんざいのうりょく?洗剤?脳?緑?
「…だから、ユウマは死にたがってる。俺のばあちゃんの件でもそれは事実だとわかるでしょ?ユウマは死にたいんだよ。それをやり遂げられる人間をいつだって彼は探してる。」
「…うん。そう…だね?だからってなんで私が力を持ってることになるわけ?私何にも特別なことなんてないよ?普通の人間だし…。」
「そう。先輩は普通の人だよね。」
こともなげに遙が言う。だとしたら彼の仮設とやらは一体…?
「と、思ってるだけだ。」
「…はい?」
遙の真摯な目が私を貫く。…そんな錯覚を覚えた。それほど鋭い目をしていた。
「潜在能力なんて、目に見えないとこにあるから潜在っていうんだよ。本人も周りも気付かない…それが潜在能力。」
「…はぁ?」
「だから!」
あまりにちんぷんかんぷんな私に苛立った遙が少し声を荒げて前のめりになった。
「先輩の潜在能力は、ユウマを超えるもの。超えるものってことは、ユウマを消滅させることができるもの。ユウマがこの事実に確証を得ていたかどうかはわからない。なんとなくそう思って先輩と約束を交わしたのかもしれない。それは本人に聞かなきゃわからないことだ。だけど少なくとも俺は確信した。先輩にはユウマとは全く別の力がある。それも強大な…。」
遙の言ってる言葉の意味がわからない。断片的に頭に入ってはくるものの、単語と単語が結びつかない。
「…ハハ、そんなわけないよ。私ユウマに会うまで一度だって不思議な出来事とかあったことないし…」
「じゃあ先輩の力をどう説明する?」
「え…?」
「ユウマの力は直接人を攻撃できない。ユウマ自身が人を傷つけることを嫌っているから。先輩は今はユウマの媒体だ。ユウマ本人と言ってもいい。それから派生する力…つまり俺達が使う力ならば、直接ユウマには関わりないものとして、人にだって危害を加えることはできる。じゃあ何故、先輩自身が人に害をなすことができた?そこに問題は残る。」
遙は今きっと大事なことを言った。言ったんだ。だけど…思考がついていかない。
いつのまにかあんなに吹き荒れていた風が止み、波も落ち着いていた。
音が…ない。
「先輩は自分の身に危険を感じて、力を使ったことがあるよね?一度は先生。そして二度目は…俺。」
ユウマは人を傷つけない。…そうだ。
「…私が…やったってこと?私自身の力で…?」
声が震える。自分が自覚してない力に…恐怖を感じた。私は…何?人間じゃないの…?
遙は小さく頷いた。
私は普通の女の子。
普通の、どこにでもいるような。
お洒落にあまり興味がない分、睡眠と食欲に貪欲な。
そんな普通の女の子。
そう思っていた。
思っていたかった。
「先輩は、選ばれるべくして選ばれたんだ。だからこそ、きっと…これがユウマの最期になるんだと思う。」
遙の声が遠くで聞こえた。私の耳に唯一届くのは、微かに聞こえる波の音だけ…。