ガールズトーク
「…で?遙の話でしょ?」
遙とのデート話が持ち上がってから、気付けばひと月以上が経っていた。あれからも変わらず一緒に帰る私たち。…告白されてすぐの頃は返事もしてないのに一緒にいていいのか…と躊躇っていたんだけど、そんな私に遙は言ってくれた。
「別に今まで通りでいいよ。そもそも急がせる気なんてなかったし。ただ…とりあえず俺の気持ち、知ってて欲しかっただけ。…あ、でもデートはして。」
私としては遙と今まで通りでいられることは嬉しい。だけど、完全に前と同じようにってわけにはいかなかった。気持ちを知ってしまった今、遙の何気ない気遣いや私を見る優しい瞳に気付くようになってしまっていたから。…よくネタだと信じ込んでたものだな、以前の私。一度気付いてしまえばそうとしか思えない態度だった。…本当によく気付かなかったものだな…。
「…で?遙の話でしょ?」
今日はともちんとカフェデートの日。遙とのことを誰にも言えずに悶々としていた私は、ついにともちんに相談することにしたのだ!
しかしながらいざ相談するぞ!ってなると…何から話していいかわからなくて…。だって、「あの人に好かれてるみたい。私どうしたらいいのかな?」なんて…こっぱずかしいにも程がある!当の本人ですら「勘違いじゃないの?」って突っ込みたくなるような…色恋沙汰とは無縁の私なのに…。
それなのにともちんには相談する前にばれていたらしい。驚きすぎて次に続く言葉が出て来ない。
運ばれてきたアイスティーの氷をストローで混ぜるともちん。カラカラカラ…と涼しげな音がする。最近急に暑くなってきたからな。7月になるともっと気温が上がるのかな…なんてどうでもいことを考える。ええ、逃避ってことはわかっています。わかってますけど!それでも違うことを考えて落ち着かなければ!…というか、何故ばれた?
「遙の気持ち知らないの、あんただけよ。」
「ともちん…!今、心読んだ!?」
「…読まずともわかるわ。あんたが鈍すぎんのよ。大体何とも思ってない人と毎日一緒に帰る男なんかいると思う?」
「なんと…そうだったのか…。でも私は遙と一緒に帰るのは帰り道が同じってだけで…」
「いちいち待つわけないでしょ。遙なんかどこぞやの犬みたいに毎日毎日あんたを下駄箱で待って…これで気がなかったら逆にびっくりするわよ。」
「う…」
そういうもの…なのか?うー…そんなん言われてもわかんないよ。だって初めてのことだもん…。
「とにかく、茜はどうしたいの?これから。」
「どうしたいって…遙のことそんな風に考えたことないし、今までと変わらず皆と一緒にいたいと思ってるよ?そんな彼氏とか…私にはまだ早いし。」
…言葉にしてわかった。私は変わることが怖いんだと思う。彼氏っていう存在がどんなものかわからない。ただ漠然としたイメージで、彼氏という特別な存在を作ることが怖い…んだと思う。今まで通り「皆一緒」じゃなんでいけないんだろう。
「…断るってこと?」
「う…ん、そうなるかな…。」
「じゃあ結局今まで通りってわけにはいかないわね。」
「え?」
ともちんの言った言葉の意味がわからなかった。私が断れば皆で一緒にいられるじゃん。今まで通り、何も変わらないまま…。
「好きな人にフラれたら、さすがの遙だって普段と変わらずにいられないわよ、きっと。ちょっと距離置くとか…それで済めばいいけど。」
「そんな…じゃあOKしても、断っても…関係が崩れちゃうってこと?」
「そうね。そうだと思う。」
「そんなの…嫌だよ。」
「遙だって茜の側にいたいと思う。だけど…それだけじゃ嫌だと思ったから、意を決して告白したんじゃないかな…。自分を見て欲しいって思うのは、誰かを好きになったら当然生まれる気持ちだと思うもの。」
…そういうもの?好きな人と一緒にいられればそれでいい…ていうのは、綺麗事なのかな…。私にはわからない。だって好きな人とかいたことないし…って、そうか。ともちん、悠斗のこと…。
「ともちんも…そう思う?」
ともちんに気持ちを告白された後、ともちんの口から悠斗とのそういう話は聞いたことがない。聞いていいのか、聞いちゃだめなのか…経験がない私にはわからなかった。だけど今なら聞ける気がして…思わず口に出していた。
「…うん。自分を見て欲しい。でもだめだったら…って思うと、怖くて言えない。その繰り返しよ。だから遙はすごいと思う。」
「…でも、でもさ。ともちんは悠斗から好きだって言われてるじゃん。だからともちんが悠斗に告白したらうまくいくでしょ?」
「…不安なの。悠斗の気持ちがわからなくて。好きって言ってくれたけど、あれからは全然普通で…。口だけだったのかな?とか、もう私のことはどうでもいいのかも…とかね。私ってこんなに意気地なしだったんだって初めて知ったわ。」
自嘲気味に笑うともちん。少し俯いたその姿がとても切なくて、綺麗で…大人に見えた。私、多分遙に対してこんな風にはならない。…なれない。
「どう、するの?悠斗のこと。」
「とりあえずは保留。だってこれからユウマのことだってあるし、そんなこと言ってる暇ないもの。…って、そんな時期に遙はよくもまあ……いや、気持ちはわかる気はする…。」
ともちんが何やら考え込む。ともちんがこうなると私暇になるんだよな。一人考え込むともちんを前に、私は喉を潤すことにした。甘酸っぱいオレンジジュースが渇いた喉を通っていく。慣れない話をするとこんなにも喉が渇くんだ…。勢い余ってつい飲み干してしまった。…と、そこでともちんが顔を上げた。
「ねえ、茜今気になってる人とかいないの?」
「ぶっ!?あぶな…っい、いきなり何?え、今ともちんそんなこと考えてたの?」
飲み干していてよかった。もし飲んでる途中とかだったらともちんの顔に噴射してるとこだったよ…考えただけでも恐ろしい…。
「遙に特別な感情がないなら、他はどうかなって思って。誰か別に気になる人がいるから、遙の気持ちに応えられないとかじゃなくて?」
「気になる…?今気になるといえば…ユウマのことだけど…」
「そうじゃなくて!それはもうこの際置いておくとして!…誰もいないの?」
置いといていい話ではない気がするんだけどな…。ともちんの剣幕さに怯んだ私は言われた通り考えてみることにする。
……………
………
…
「…だめだ。考えてもわかるような答えは持ち合わせてないみたい…。」
「…まだ、か。人の事も自分のこともここまで鈍いとなると…」
「え?」
「ううん、いいの。そっか…遙は、じゃあ断るのね?」
「うん…そうだね。約束しちゃったからデートだけは一回行くけど。」
「デート!?デートするの!?遙と!?」
「え、う、うん。や、やっぱいけないかな?断る前提だったら…」
「…うーん、いいんじゃない?遙がそれを望んでるんなら。しかし…デート…ふーん。」
ともちんが何やらまたしても考え込む。さっきとは違い、今回のともちんからは何かよくないオーラが出ている気がして…ゾッとした。だって…口元に添えられた手の奥に見え隠れする口角が何やら上がっているように見えたから…。