色ボケ玉木の覚醒
「逃げて。」
正体不明の影に対峙する私たち。…と言っても私には何の出番もなく。
遙を筆頭にともちん、雅史が主な攻撃部隊。防御系に回る龍太。そして相手の動きを読み皆に伝える悠斗。
…手持無沙汰な私と玉木。
玉木を取り込んだ程の相手だからもっと苦戦するかな…とか思ってたけど、こちらの方が優勢だと客観的に見ていてわかる。多勢に無勢ってこともあるかもしれないけど、それにしても皆以前よりかなり強くなったようだ。
この二日間で一体何をしてきたらこれだけ成長するんだろう…?
皆自分の力が何であるか理解し、上手にそれを操っている。仲間内での役割分担がしっかりされていてい、落とし穴が見つからないかんじ。敵はわたしたちの弱点を探っているんだろうけど…いや、この人たち、強いなぁ…。
「皆…すげぇ…」
人外な力を前に玉木とあんぐりと口を開ける。
「本当だねぇ…いつのまにってかんじだよ。」
「あのさ…俺…」
玉木が言いよどむ。視線を寄越し続きを促すと、バツの悪い顔をした。
「何?どうかした?」
「いや…俺、力…なくなったのかもしれなくてさ。」
…?咄嗟に玉木の言わんとすることがわからなかった。力がないって…なくなったって…何?どういうこと?
無言の疑問を汲み取ってくれた玉木が言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「その…あいつらみたいな力、俺の中に見つけらんなくて。お前を守るために何かしたいって思っても全然俺…普通の人間で。何かしたいのに、何もできなくて…で、焦って…。どんどん悪い方に考えていって…力のない俺がこのまま仲間でいることはできないんだ。迷惑になるだけなんだ…」
「そんなことないっ!!」
思わず玉木の言葉を遮った。何を言ってるんだ…こいつは!!力がないから迷惑って?迷惑なわけない。仲間じゃなくなるなんてありえない。今まで私がどれだけ…どれだけ玉木の存在に救われてきたと思ってるんだろう。玉木…本当に馬鹿なんじゃないの!?
「馬鹿!ばーか!!なんでそんなこと…仲間だよ。仲間だよ!!」
うまく言えないよ。悲しくて。力がない…普通の人である玉木が私の傍にいるってことは、玉木に危険な目に遭えって言ってるようなものだ。武器も防具も持たずに敵だらけのダンジョンに入るのと同じ。力がないならこちら側に巻き込まずに済む。玉木のことを考えればそっちの方がいいに決まってる。私だって大事な友達を危ない目に遭わせたいわけじゃない。だけど…だけど…
「…やだ。」
離れるなんて言わないでよ。やだよ。
言葉がうまく出て来ない。とにかく悲しくて。悲しくて、悲しくて…。
私の中で、玉木が…玉木がこんなに大きな存在になっていたなんて思いもしなかった。玉木の服の裾を握る。…言葉にできない代わりに。その手が小さく震えるのを、抑えることはできなかった。
「白田…。」
わかってるよ。玉木が離れたいならそうした方がいい。私は今までありがとうって…手を放すべきなんだ。
近くで繰り広げられている戦闘なのに、どこか違う次元で起こっているもののような気になっていた。私の意識が玉木に集中する。
「玉木が…離れたいなら、止めない。でも…私は傍にいてほしい。力がなくても。力なんかなくても、玉木っていう人が必要だよ。…ごめん、本当なら普通の生活に戻った方がいいってことはわかってる。だけど…やっぱり、今まで通り傍にいて欲しいんだ…。」
駄々をこねる子供のようだと笑われてもいい。私は後悔しないために、ちゃんと自分の気持ちを伝える。伝えても離れていくかもしれない。でもそれは玉木の意志だから。仕方ないって割り切るよ。でも…仲間じゃないとは言わせない。
「やだよ…」
小さく呟く。下を向けば涙が落ちそうになる。でも顔を上げられない。女の涙は武器。…いや、自分の泣き顔なんて悲惨なものでそんなのが武器になるとは思ってないけど、でも玉木は優しいから。泣いたなんてわかると、きっと私の気持ちを汲んでくれるから。そんなのは嫌だから。だから唇を噛みしめた。一滴たりとも涙は零さない。
「…………。」
玉木は何も言わない。
私ももう何も言えない。
…真剣な話をするとすぐこれだ。普段し慣れてないせいで、他のことが疎かになってしまう。
マヌケな私は、戦闘の真っ最中だということを忘れてしまっていた。
「っ!?先輩っ!!!」
遙の声で我に返る。振り返った時には私の目前まで影が迫っていた。
これは完全に私の落ち度。油断していた。皆が私たちを守ろうと駆け寄る姿が見えた。でももう間に合わない。呑み込まれる…!!
何があっても玉木だけは守る。ぎゅっと握りしめていた玉木の服の裾を放した私は、玉木を庇うようにして影と向かい合った。
「白田!?」
影が玉木までも浸食しないように、大きく両手を広げ自分の全てで受け止める準備をする。
「逃げて。」
短い一言を言い終えた瞬間、影が私を取り込んだ。
「白田!!!!」
玉木の声が耳に響く。それと同時に眩い光と、バチィッ…と何か大きな音がした。静電気…いや、そんなものじゃないけど。静電気の音をマイクで何十倍にも大きくしたみたいな…そんな音。
強い光のせいで視界が眩む。影がどこにいるのかは勿論、周囲の景色さえも見えない。何が起こったのか理解する前に、私は誰かに抱きすくめられていた。
「?????」
「ばっか…お前が俺を守ってどうするんだよ!!俺がお前を守るんだろ!?…心臓止まるかと思った…。」
耳元で聞こえる玉木の声。ああそうか。また玉木の腕の中にいるのか。…ここ、落ち着くなぁ…。
なんて的外れなことを考えているうちに、視界が晴れてきた。私を襲おうとした影の姿はどこにも見当たらない。その代わり…少々呆れ気味の皆の顔が並んでいた。
「お熱いねぇ…♡」
龍太の漏らした一言に、反射的に一歩下がった玉木。
「え…あ、うぁ…あ…」
「…日本語を話せ。」
どもる玉木に冷静なツッコミを入れる雅史。続いて思い思いの言葉を玉木に浴びせる皆。
「…バカねぇ。」
「青い春ってやつな☆」
「先輩は渡しませんけどね。」
「茜が絡まないと力発揮できないってお前…どんだけだよw」
「色ボケってやつ~?いいなー♡」
「よくない。馬鹿め。」
「だから先輩は俺のものですってば。」
「はいはい。うるっさいから。茜、打ち上げどこにする?」
…今の話の流れからして、さっきの影はいなくなったってこと?ほんで玉木は…玉木には力があるってこと?全ての答えは玉木に聞けばわかる。後ろを振り返り、赤面中の玉木に詰め寄った。
「え?ああ…俺力あるみたいだな。びっくりした…。」
「何の力?さっきの光がそうなの?」
「そう。はっきりわかった。俺、結界?かな。みたいなの得意みたい。防御的なやつ。お前を守らなきゃって思ったら…できた。」
…テヘペロじゃねぇぞ、コラ。人がどんな気持ちで……!!
「っバカ玉木!!」
玉木にグーパンチを繰り出す。甘んじて受ける玉木の胸に、数発連続で打ち込む。こうでもしないと手が震えているのがばれてしまう。うっかり涙目なのがばれてしまう。…よかった。あー!!よかった!!
涙が引っ込んだ頃、やっと手を振り上げるのをやめた。
「…打ち上げは焼肉でよろしく。食べ放題じゃなくて単品注文でね。」
再び顔面蒼白玉木を無視して皆踵を返す。
「とりあえず別荘戻って腹ごしらえな☆」
「もーお腹ペコペコだよ~。」
「まだ修行は終わってないわよ。」
「今の戦いの反省をしなければ。違うフォーメーションの方が効率よく勝てると思うが…。」
「えー!?先にご飯食べようよ…私お腹に何か入れないともう動けない…。」
「どうせお前は食事しても頭は働かないだろう。」
「なっ!?失礼すぎやしませんか?…(あんまり言い返せないけど)」
「雅史先輩、とりあえず何か食べましょう。俺の先輩のためにも!」
「誰があんたのだ!…玉木、おいていくよー!」
「…せめて食べ放題にしてくれ…。」
こうして力をつけた私たちは、そろって別荘に戻って行ったのでした。
めでたし、めでた…し……?