選択肢は二つじゃない
「…マジで頼む。俺…皆傷つけるのだけは嫌だ。今ならまだ…俺が俺でいられるうちは…少しはこいつの力抑えられるから…だから!」
「なんで…そんなこと言うの?ずっと助けてくれてたのに…」
今の玉木の状況を見れば…そんなこと考えなくてもわかる。でも聞かずにはいられない。どうして…と。
「やだよ、私。…やだよ。」
何が嫌って…言わなくても、玉木にはわかるよね?嫌だよ。私…絶対、嫌だから。
玉木は何も返してくれない。揺れる影に邪魔されて、玉木の表情がわからない。ねえ…今、どんな顔してる?私の声、ちゃんと聞こえてる?
近付こうと一歩足を踏み出した。
「っ痛!!」
見えない壁が私と玉木の距離を隔てさせる。近くに玉木はいるのに。数歩先に玉木はいるのに…どうしてこんなにも遠い…?
「お願いだよ、玉木…。戻ってきてよ…!!」
叫ぶことしかできない。だって…嫌だよ。このままだったら…私、玉木と戦わなきゃいけない。玉木に纏わりつく影は、明らかによくないもので。このままにしておくことはできない。きっといずれ強大な力を持って、私たちの前に立ちはだかる存在になる。私の中のユウマの力が…そう確信してる。
どうして玉木にそんな悪いものが憑いたのかわからない。というか…今はぶっちゃけそんなことどうでもいい。とにかく今は、玉木を信じたい。玉木が自分で影を取り払ってくれなきゃ…私………
「こんなはずじゃなかったんだけどな…。俺、わかってるよ。お願いだから白田…今のうちに、こいつを消してくれ。」
「消してって…そんな簡単に言うなら自分でやんなよね!」
きっと玉木はわかってる。わかってるから私に頼むんだ。…頼まれたって、私絶対やんない。本当にやだ。何考えてんの…バカじゃないの?できるわけないじゃん…できるわけないじゃん!!
「…マジで頼む。俺…皆傷つけるのだけは嫌だ。今ならまだ…俺が俺でいられるうちは…少しはこいつの力抑えられるから…だから!」
荒げた玉木の声に玉木の本気を知る。その声色からどれだけ切羽詰まっているかわかった。いつ自分が乗っ取られるかわからない…そんな状況にまで来てしまっているんだと悟った。だからって…私に手を下せって頼むのはどうかしてる。だってできるわけない。…できるわけないよ。
「…嫌。絶対、嫌。」
「白田…!!」
「馬鹿玉木!!!」
玉木は自分に憑いてる霊を自分ごと消せって言ってる。私が本当にそうしたら、玉木だって無事じゃ済まない。たぶん…死んでしまう。それを私にやれって…やれって言うんだ。本当に…ばっかじゃないの!?アホか!?いや、もうアホ過ぎて泣けてくるわっ!!!
…そんな気持ちでグルグルなってた私は、森中に響き渡るような大きな声を出していた。涙が止まらなくって、ぐしゃぐしゃの顔で玉木を睨みつける。
「仲間でしょ!?私の!!私の仲間なんだったらねぇ!!根性見せなさいよ!!何こんな…こんなへぼい霊に憑かれてんの!?しかも死亡フラグ立てちゃってさ!ばっっっっっっっかじゃないの!?アホか!!馬鹿でアホなのか!!救いようないわっ!!」
肩で息をする。こんなに感情込めて怒鳴るのは体力がいる。腹から声を出すなんて、普段の私からは想像つかないよ。スポ根とか興味全くないのに…なんかそんな空気出してるよな。もう…玉木も馬鹿だけど私も馬鹿みたいだ。バカはバカ同士、馬鹿力を出せばいいんじゃないかと思う。…短絡的思考ですよ、わかってますよ。だけど…
「諦めんなっ!!もがいてもがいて…もがきまくれよ!!バカ玉木ーーーーーーっ!!!!」
止まんない。止まんない。涙も怒号も。…ひたすら叫ぶ。その間もどんどん影は玉木を包んでいく。そんなのおかまいなしだ。とにかく、玉木が諦めてることが嫌だ。当の本人が諦めてちゃ、うまくいくもんもいかないじゃないか!!ほんっとにバカ玉木がっ!!!!
「先輩っ!!」
ずっと叫び続けていた。というかまぁ…玉木をなじっていたんだけど、その声を聞いて皆が駆けつけてくれた。気付けば私の周りを囲むように皆がいた。
「翔、お前…黒くね?」
「ほんとだぁ!!ウヨウヨ動いてて気持ち悪いねー」
「玉木…あんたバカじゃないの?またなんかウジウジ考えてたんでしょ。」
「…それ、わかめ思い出すな。…うっぷ。」
「え、雅史先輩わかめ嫌いなんですか?おいしいのに…」
……拍子抜けって、こういうことなんだね。緩んだ涙腺が徐々に復活してくる。
私一人なら…たぶん、玉木の言う通りにしないといけなかったと思う。解決策はそれ以外になかったはずだ。でも…私、そういや一人じゃなかったわ。そうだった、そうだった。皆いるや。…いるんだ。
「…玉木、あんたも根性見せなよね。」
皆の登場によって気持ちにかなり余裕ができた。道は二つしかないと思っていた。
玉木を殺せずに霊に完全に乗っ取られた玉木と戦うか。
玉木を霊ごと殺して、仲間を一人失うか。
…違うよね。うん、違った。
この二択が気に入らなければ、新しい選択肢を作ればいい。私一人じゃ思いつかない選択肢でも、皆がいれば選択肢は広がる。その中の最善を選べばいい。もし最善と思える選択肢がなければ、強引に作る!それぐらい強い気持ちで挑まなきゃ…最初から諦めていたら最悪のシナリオに進んでしまうんだから!!
「バカ玉木。…これ終わったら一発殴らせてね。皆一発ずつ玉木を殴っていいことにしよう。うん、そうしよう。」
玉木に向かって投げつけた言葉。これが玉木にとって希望へと続く言葉になればいい。そう願って…。