過去
「…いいの。後悔、しない。…いいのよ。」
どうでもいい。とにかく、大事な人に危害を加えた存在を消し去りたい。その一心だった。
「ユウマ…早く。私に全部力ちょうだい。私があんたの代わりに終わらせる。」
『茜…だけどそれは…』
「いいから!!…お願い…。」
ユウマの力はこの人に効かない。そう言っていた。なら、ユウマじゃなく、私の力にしてしまえば…きっと大丈夫。この人もユウマに力をもらった人だ。同じ条件なら戦える…そうあってほしい。例え私が壊れてしまっても。
『茜…ごめん…。』
その言葉の直後、何かが全身を駆け巡った。それは今まで感じたことのないものだった。骨が軋む。火がついたかのように熱い。全身の血が沸騰しているかのよう。筋肉が分解されていくような…自分の体じゃないような感覚に陥る。
…苦痛に耐えている間も、私の心は復讐に燃えていた。友達を失った悲しみは怒りとなり、標的にそそがれる。ユウマの力を手にしたら、すぐに消してやる。相沢遙を巻き込むことになっても…それでもいい。
私の中で何かが狂おしいほどに巡っていた。…しかし、それは長くは続かなかった。
ふいに体が楽になった。それと同時に今までの激情はおさまっていた。ふいに涙が流れた。
「…ユウマ…。」
全て…いや、私がわかったのは一握りかもしれない。だけど、わかってしまった。彼の抱える痛み、後悔、苦しみ…そして、闇。
「約束って…こういうこと…?」
『…何を言っているの?さぁ……一緒に、消えましょう?』
女の人がほほ笑みを浮かべると、一気に空気が変わった。戦闘態勢に入ったのだ。
さっきまでの私なら食ってかかってる、絶対。…だけど、ユウマのこと、この人のこと、見えてしまった今では、確かにあったはずの…憎悪にも近い怒りは煙のように霧散していった。
そして思い出した…私とユウマの約束…。
「…あなたは私に勝てない。」
『…何を言っているの?』
「勝てないよ。あなたじゃ。ユウマは私と共にあるから。」
わざと怒るように仕向ける。…この人は……この人は、ユウマのことを愛していた。ユウマも、この人のことを大事に思っていた。
2人の出会いは今から100年以上前に遡る。
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「お姉ちゃん?どこ行くの??」
「きゃっ、ちょっ…しーっ!!」
「?何がしー?」
「いいから!!子供は寝てる時間でしょ?さっさとおうちにお入んなさい。」
「お姉ちゃんだって子供でしょ?私も連れてってよー。」
眠い目をこすりながら幼子が姉の着物の裾を掴む。とうに皆寝静まっている時間に2人の声がひそひそと小さく響く。
「もう…皆には内緒だからね?」
ひかない妹にため息を吐きながら、自分を引っ張る手を離し繋いでやる。そして目的の場所へと妹と一緒に歩き出した。
「どこ行くの?」
「…秘密の場所。いい?絶対に誰にも言ってはだめよ?もし秘密を守れなかったら…。」
「う…い、いわないよ!」
そんなやりとりをしながら夜道を歩くと、やがて河川敷に出た。いつも子供たちが遊ぶその場所は、昼のイメージとまるで違っていた。何か出てもおかしくないような雰囲気に、妹は姉の手をきつく握りしめた。
「…あ、いた。」
「え?誰が…」
『今日も来たの?』
「…ごめんなさい、会いたくって…。」」
『…。今日は小さなお供もいるんだね。』
目の前の人物に目を奪われた。見慣れぬ衣装、遠くで響くような声、…そして、赤く光る髪の毛。どれをとっても異質なその人に、妹は姉の後ろに姿を隠した。そんな彼女に向かって、異質なものは優しい笑顔を向けた。
『今度から止めなくてはいけないよ?お姉ちゃんはここに来ちゃだめなんだ。』
言葉の最後の方では、悲しげな笑みに変わっていた。なぜそんなことを言うのか、なぜそんな表情をするのか、もちろんわからない妹だったが、その時の異質なものの顔を忘れることができなかった。
そして、それからも姉は何度か姿を消すことがあった。妹が10歳を迎える頃には、姉の方は許婚がいるような年齢に達していた。結婚を急かされてもなぜか姉は首を縦に振らず、先延ばしにしていた。
妹は感じていた。一度会ったあの笑顔…あれが姉の心を惑わしているんじゃないか。その疑念はいつしか確信に変わり、ついに夜遅く家を抜け出す姉の後を追った。
(お姉ちゃんは私が守るんだから!!)
そんな正義感をみなぎらせながら尾行していると、いつぞやの河川敷で姉が足を止めた。息を潜めて様子を窺っていると、ソレは姿を現した。
『…もう来るなって…言ったのに…。』
「…いいの。後悔、しない。…いいのよ。」
妹がいる場所からは2人が何を話しているのか聞こえない。もう少し近づこうと足を一歩踏み出したところで、体が固まって動かなくなった。
目の前で2人の影が重なった。あまりの出来事に動けなかった。
…きっとこの人たちは想い合っているんだ…。そう思えるほど、お互いの目は優しく、愛おしそうに触れ合う。…胸の中が少し変なかんじがした。ちくって…指に針が刺さるみたいな…ほんとうに些細な痛みだけれど、確かに感じた。
目を奪われ、数分も経っただろうか。やっと体が動いてくれそうな気配を感じ、妹はその場を立ち去ろうとした。…そこで悲劇は起こった。
今まで優しく姉に触れていた唇が、姉の首に移動した…その刹那、鮮血が散った。
「!?」
言葉を失った。動きかけていた筋肉がまた硬直する。目の前で起こっていることを理解しようとしても、全く頭が回らない。黙って見ていることしかできない。
そのまま、姉の命が消えるまで動けなかった。声をかけられるまでは…。
『…君は俺を殺してくれる?』
「!?…あ、…うぁ…!?」
妹の体を淡い光が包む。
『家族を殺されて悲しいでしょ?…俺のこと、憎いでしょ?』
「うぅ…なん、で…お姉ちゃん…を…?」
『…俺は、殺人者だよ。…それだけだ。』
「お姉ちゃん…を、返して!!」
妹の中にどす黒い感情が芽生え、それと同時に爆発した。この人を殺す…憎い、憎い…死ね…!!
訳もわからずに、自分の中にある全ての力、感情、それを怒りの矛先に放出した。こんなに激しい感情があるなんて…妹は自我を失い、ひたすらぶちまけた。光が男を貫く。ものすごい轟音と目がつぶれそうになるほどの光。妹は無我夢中だった。
…辺りに静寂が戻る。妹は立っていられずにその場に倒れこんだ。
『…だめ、だったね。生きてる…。』
そんな妹を見下ろす男には、傷ひとつついていない。
「…はぁ…はぁ…っ、なん…で…」
『今ので君に流れた俺の力は使いきったよ。これからは全部忘れて…幸せに暮らしてほしい。お姉ちゃんの分もね。』
「…なんで…殺したの…?好きなんじゃ…ないの??」
『…愛していたよ。心から…愛してた…。』
「じゃあ…なんで…。」
『…もうお眠り。次に目覚めるときには、俺のことは忘れてるよ。…ごめん。幸せに…。』
「ま、待って…!!あなた、名前…教えて…。」
なぜそんなことを聞くのか、自分でもよくわからなかったが、妹の口から咄嗟に出たのはその問いだった。だが、男はそれに答えることなく、妹の頭に手をかざした。…そして徐々に意識がなくなる…目を閉じる寸前に、男が姉を抱きかかえて涙を流しているのが見えた。…そこで完全に意識は途切れた。
その後、妹は普通の生活に戻る。姉の許婚だった人と結婚をし、子供を育て、祖母になり曾祖母になり…そして命が消えかけるその時、ふと思い出してしまった。長年忘れていた感情は行き場を失い、凶悪性を増してしまった。
それが、今、決着をつけようとしている。女の人に注がれたユウマの力は、あの時消えておらず、少しずつ強まっていたんだ。死を目前にして蘇った記憶と力…それが死してなお女の人を傷つけている。終わらせないといけない。女の人のためにも、ユウマのためにも…。




