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約束  作者: りっこ
第4章 名をもって
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相沢遙という男

「気をつけた方がいい。」




私の発した言葉は、あの人の中の触れてはいけない部分に触れたようだった。もともと恐ろしかったオーラはさらにどす黒さを増し、全身が恐怖で震えるのを防げない。立っているのもやっとだ。筋肉が硬直している。


『…ユウマ?そう、言ったの…?』


想像以上に冷たく響く女性の声。金縛りに遭ってるみたい…瞬きすらできない。否定も肯定もできずに、ただ相沢遙の後ろに浮かぶその人を見つめる。できることなら目を逸らしたのにそれすら許されない。


『そう…、彼はあなたに名乗ったのね…。』


それだけ言うと彼女は笑った。“笑った”といえるものでは到底なかったのだけど。


『出てきなさい。』


低い、底冷えするような声。彼女が誰を求めてるのかって…それは間違いなくユウマなわけで。これが私に投げかけられている言葉じゃないってわかっていても、聞いてるだけで怖い…。相変わらずユウマは出てこないし。


『…そう、姿を見せないのね…。』


怖い…のは怖い。だけど、そう呟いた彼女に淋しさ?悲しさ?を感じた。なんて思っていると、ユウマが消えたように、彼女の姿が周囲に同化し始めて、やがて周囲の音が聞こえ始めた。…現実に戻ってきたんだ。


やっと全身の力が抜ける。血が一気に回り始めて眩暈がした。そのまま倒れそうになる寸でのところを、相沢遙に抱きとめられる。


「大丈夫…?」


その状況に気付くとすぐに体を離した。まだ軽く眩暈は続いているものの、敵に身は任せられない。


「…何なの?あの人、何がしたいの…?」


恐怖で声が掠れる。自分の声じゃないみたい。女の人の気配が消えた今も、寒気が止まらない。


「あなたに憑いてる霊を消したい。」


「それはさっき聞いた…じゃなくて、なんであんなにユウマにこだわるの?ていうかそもそも誰なの?」


「…先輩は彼のこと知ってる?彼が何者で何のために存在しているのか。」


「…知らない。」


私は知らない。ユウマは何も語ってくれないから。でも、でもこれって、私の命も危ない話であって、そうなると知らないわけにはいかないっていうか…吐け、コノヤローってなってもおかしくないよね?


「俺もそんなものだよ。まあ俺の場合は物心ついたころにはあの人が側にいたから、先輩よりかはいくらかわかるけど。とりあえず、あれ、俺のひいばあちゃん。」


「…は?」


「だから、あの人俺のひいばあ。ちょうど俺が生まれるのと入れ替わりみたく死んだから憑きやすかったんじゃない?…憑依システムなんて知らないけど。」


…いや、なんか重要なことさらっと言ったよね?え、なんて?


「…先輩、1時間目さぼろー。完璧間に合わないし。」


いつの間にそんなに時間が経っていたんだろう…。あんなに早い時間に家を出たのに、もう今からじゃHRはおろか、1時間目にも間に合わない時刻になっていた。


うん、これでよかった(学業的にはNGだけど)。こんな中途半端に言われちゃ真面目に授業なんて受けられるわけがないもん。


私と相沢遙は駅を出てこじんまりとした昭和な雰囲気漂うカフェに入った。制服姿をとめられるかとちょっとドキドキしたけど、マスターは何も言わず暖かい店内へ通してくれた。…と言っても今日はさすがにがっつり食べれる気がせず、ドリンクだけを注文する。


「へぇ…珍しいね。食べないの?」


「こんな状況で食欲あるわけ…ってなんで知ってんの?」


「皆の記憶を見たから。先輩すごい食べるよね。あれにはびっくりしたよ。」


ああ…記憶操作か、便利…っていやいや、そういう問題じゃない。なんて奴だ!!人の思い出を覗き見するなんて!!


という憤怒の表情をしていたんだろうな。相沢遙は弁解しだした(といっても全然悪びれてない…)。


「俺だって人殺したくないから。様子見のために近づいたんだ。1番近くで先輩を見れるって言ったらやっぱ彼氏かなって思って。」


…ぬけぬけと言ってくれるものだ。なんか、変わってるなこの人。なんか毒気抜かれる。怒る気も失せてしまった。


「あー…先輩が知りたいのはひいばあちゃんのことね。て言っても直接会話したことないからほとんど知らないんだけど。さっき先輩に話しかけたの見てびっくりしたし。」


「え?だってずっと一緒にいるんでしょ?」


「うん。そこにいるのはわかるけど、こっちに何か働きかけてくるわけじゃないし。学校で先輩に会うまで、ひいばあちゃんがなんでここにいるのかとか考えたこともなかった。でも会った瞬間、あーこのときのために俺に憑いてたのかって思ったよ。」


「それで…その目的がユウマを消すこと?」


「あの2人昔何かあったんじゃないの?それで恨み晴らすためにこの世に留まったとか。…どーでもいいけど…。」


「…ちょっと待て。どうでもいいってことはないでしょうよ。あんなに強い思いを目の当たりにしといて、人の命かかっといてんのに。もっと言うことあるでしょ?することあるでしょ?知ろうともしないわけ?」


あまりの無関心に腹が立ってしまい、一気にまくしたてた。私が語気を荒げても、相沢遙は表情を崩さない。いつものように無表情。…なんなんだ?こんなに起伏がない人、初めてかも…。まだよく知ったわけじゃないけど、これが相沢遙って人間なのかな。


「…先輩、あついね。」


「………はい?」


返ってきた言葉は全くもって想像していなかったもので、思わず拍子抜けしてしまった。今これ会話成立してるのかな?


「…いや、あなたが普通なのかも。俺感情が欠落してるんだと思う。皆が楽しそうに笑ってるの見ても、何がそんなにおもしろいのかわかんないし。基本的に誰かに共感したことない…と思う。」


「え…テレビ見て爆笑したり、おいしいもの食べて笑ったり、悲しいことあったら泣いたり…とかは?」


「ない。」


相沢遙は少しも考えるそぶりを見せずに即答した。私は1日3回は笑ってるな…(三度の飯)。こういう人もいる…ものなのか?それって…どうなんだろう。楽しいとか、あんまり感じないのは…辛くないのかな?


「別に。初めから持ってない感情だから、別にないままでも構わない。」


「…私、今口に出したっけ?」


「表情で会話できると思うよ、先輩は。」


…おおう、そんなに顔に出てんのか。両手で顔の筋肉をほぐす。


「そろそろ行こう。これじゃ2時間目も間に合わない。」


そう言ってさっさと席を立つ相沢遙の背中を慌てて追いかけた。…ここは奢りらしい。くそう、そんなことならもっといっぱい頼んでおくべきだった…と、そこで気付く。私、相沢遙に対する敵対心がかなり薄れている。きっと今までなら奢ってくれると言われても辞退していた。敵なんかに借りを作るのは嫌だから。友達とはいかないまでも、もう普通の知り合い程度に思っている自分の順応性に驚く。


私って…単純だな。


2人並んで学校へ行く。下駄箱で靴を履き替え、それぞれの教室へと向かう。…とそこで、ふいに相沢遙が私を呼び止めた。


「…気をつけた方がいい。多分、ひいばあは何か仕掛けてくるよ。」


そんな不吉な言葉を残して階段を上っていった。…このままで終わるわけないと思ってたけど…マジですか…。

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