初彼…!?
「へー………って、ええぇぇぇえええええっっっ!?!?!?」
部室での重苦しい沈黙…耐えられない。だってそこにいる人、私知らない。いや、顔知ってるけど、でも、なんでこんなになじんでるのかわかんない。
「…嘘、先輩、俺のこと忘れた…?」
無表情がぽそりと呟く。…初めて聞く声。うん、やっぱり私知らないよ、この人。
「忘れたってか…知らないよ。誰?なんでここにいるの?」
「…お前やっぱ熱あんじゃね?」
「昨日食欲なかったのってかなり体調悪かったんだね…。」
「違うよ、体調とかって話じゃ…」
「ちょっと私保健室連れてってくるわ。」
反論しようとしたところをともちんに強制連行される。
「ちょっとともちん!?私大丈夫だって…!!」
なおも無理矢理腕を引っ張られる。どういうこと?何が起こったの?さっきまで皆普通だったのに…あの嫌な視線に関係ある…?
「龍塚先生、まだいらっしゃいます?」
保健室の扉を派手な音を立てて開ける。中にはいつもどおりマイルームであるかのように寛ぐたっつんがいた。
「おう、どうした?」
「茜が変なんです。診てもらえます?」
「だから!!私はおかしくないってば!!」
有無を言わさず、たっつんの前に座らせられた。体温計を渡され、喉の状態やら血圧やらいろいろ診られた。
ピピピッという電子音が鳴る頃には腕組みをしていたたっつん。体温計の表示を見て首を捻る。
「…どこも悪くないと思うんだが。」
そりゃそうでしょうよ!!私はいたって健康体なんだから!皆の方がおかしいっての!!
「…じゃあなんだろ?脳になんかあるのかも…。」
「何、そんなに深刻なのか?」
「だって、遙のことわからないっていうんですよ?おかしくないですか?」
「…記憶障害ってことか?ほぉー…相沢を忘れるなんて…重症だな。」
…あの人、相沢遙っていうのか。…っていやいや、そこよりも!!
「私はどうもしてないってば!!どうかしたのは皆の方だよ!!あの人何!?なんであんな普通に皆の輪の中に入っちゃってんの!?」
2人顔を見合わせる。そして私に移った視線はこう語る。私の方がおかしいのだと。
「…ね?重症でしょ?」
「うーん…誰か本当のこと話したか?」
「いいえ、龍塚先生に診てもらってからと思って…。」
「な、何?ほんとのことって…」
たっつんが私の目を見て静かに告げた。
「相沢はお前の恋人だ。」
…………………は?
「…えーと、ハイ??」
「遙は茜の彼氏だよ。」
「へー………って、ええぇぇぇえええええっっっ!?!?!?」
…冒頭の叫びはこういったわけである。
「ってそんなわけないじゃん!!今日初めてあの人の名前知ったんだよ!?ないない、なんでそんな話になったの!?」
「…このように遙に関する記憶がすっぽり抜けてるみたいなんです…。」
「うーん、順序立てて話してやれ。一時的なものだと思うが原因もわからんし、一応医者に診てもらった方がいいかもな。」
「…そうしてみます。じゃ、今日はもう茜連れて帰ります。」
衝撃的な会話に未だついてけない。口を挟めずにともちんにされるがまま、学校をでる。
………ほんとどうなってんの??意味が分からないんだけど。
ともちんは私を時折気遣いながら、いつもの駅前マックではなく、駅から少し外れたところにある小洒落たカフェに入って行った。考えがまとまらないままその後ろについていく。
「ホットコーヒーと…」
「ホットサンド、ジンジャーエール…チョコレートパフェと…あと、チーズケーキください。あ、食後にデザートとかじゃなく全部一緒に持ってきてください。」
店員さんにメニューを渡された私は悩みつつも素早く注文した。そして改めてともちんに視線を移す。自分の頭でいくら考えたって無駄だ。だって普通に考えてありえない話だもん。彼氏どころか好きな人だってまともにできたことないのに、初めて言葉交わした相手が友達公認の彼氏?んーなわけあるかいな。
「最初に言っとくよ。私はいたって正常だよ。何がどうしてこんな話になってんの?」
ともちんの目を真正面から見据えて真顔で宣言する。あまりにきっぱりとしたその態度にともちんは一瞬怯んだみたいで、すぐには言葉を発さない。…負けるもんか。私はおかしくない。
「…なんで茜の記憶が飛んでるのかわからないけど…。とりあえず最初から話すと、冬休みにうちの別荘に行ったでしょ?そこで私の婚約者候補として来たのが悠斗、雅史、龍太、九条さん、そして遙の5人。」
「…はい?ちょっと待ってよ!おかしいよ、それ!!4人しかいなかったじゃん!!」
思わず口を挟む私にともちんは一睨み。「最後まで黙って聞け」という無言の圧力に屈してしまった私…だって、やっぱ、…ともちんって、怖いだもん…。
「そこで意気投合した2人は私そっちのけでずっと一緒にいたんだけど、…年明け前に茜と龍太が乗った船が操縦不能になったところを遙が助けに行って、それきっかけにしてあんた達は付き合うようになったのよ。」
…ともちんが怖くて今は口出ししないけど…でも明らかに捏造じゃんそんなん!助けに来てくれたのは玉木と九条さんだし、そもそも相沢なんて人いなかった!!
「遙はあんたのために親の反対押し切ってうちの高校受験したんじゃない。やっと一緒にいられるって喜んでた矢先に…まさか記憶がなくなるなんて…。」
哀れみの目を向けられるけど…全然悲しくない。だってそんな事実ないんだもん。痛くも痒くもないわ。
「…ねー、私を龍太から助けてくれたのは玉木だよ?そんでともちんと九条さんの助けがなかったら島に辿り着けなかったわけで…相沢って人には助けてもらった覚えないんだけど…。」
「は?龍太から助ける?茜何言ってんの?」
「え?あの時龍太に憑いてたおばけが私を殺そうとしてたじゃん。」
「……茜、やっぱり今から病院行こう。そんな非現実的なこと言うなんて…ちゃんと精密検査してもらうわよ。」
「えっちょっとまっ……!!」
まだ飲み物しかきてない!!私の食料たちにまだ対面できてないよ!?悲痛な声をあげる私をよそに、ともちんは即座に行動した。カードでお会計を済ませると私の手首を掴み、どこかへ電話しだす。ツカツカとものすごいスピードで私を引っ張って数分後、黒塗りの車が目の前で停まった。突然の事態に頭がすっからかんの私にともちんは笑った。
「いつもならこんなの使わないんだけど、今は非常事態だからね。さ、乗って。」
…ほんと、何者ですか?
病院に連れて行かれた私は一通りの検査を受けさせられ、家に辿り着いた頃にはもうヘトヘトだった。お腹空いたし頭はぐるぐるでまとまらないし、あーもう、なんだってんだ!?
ともちんが家に連絡してくれていたみたいで、私は何も話してないのにお母さんがしきりに心配をしてくる。「遙くんのこと、早く思い出せるといいわね…」なんて涙ぐんで言われても…いやいやいやいや。私がおかしいのか?いや、絶対ない。でも、皆が皆私がおかしいと言ってくると、そうなのか…?ってちらっと思ってしまう。…だめだ、1人にならなきゃ。こんなの絶対おかしいんだから。
食事を早々に済ませ、ちょっと落ち着きたいから部屋には近づかないでね、と念を押し、1人自室にこもる。静かな空間、満たされたお腹、やっとちゃんと考えられるような気がする。
ともちんは奴のことをなんて言ったっけ?私の彼氏(考えたくもないけど)、ともちんの婚約者候補の1人、私を龍太から守った人…いや、違ったな。操縦不能の船から助けた…ってそうだ!!肝心なこと忘れてた!!ともちんは幽霊の存在を否定した!!今までのことを忘れてるのは皆の方なのかも…。突然現れた相沢遙…奴が皆の記憶を捏造した…って考えるのはあまりに短絡的過ぎる?でも、もしそうだとしたら…?部室へ向かう前のあの嫌な視線…それで皆から私を引き離している隙に催眠術(?)で皆の記憶を塗り替えた。…だとして、その目的は何?私を殺す?…いや、殺すことが目的ならそんなまだるっこしいことしないか。現時点で力の差は歴然だもん。じゃあ…何?………だめだ、わかんないや。でも、やっぱり相沢遙が今回の主犯とみていいだろうな。怪しい人他にいないし。…目的がわからない以上、どう動いていいかわからない。それにともちんたちがどうなってるのか、これからどうなるのか…本人と話してみる…?こ、怖いけど…だって想像だけでは何もわかんないんだもんな。…やるしか、ない、よね…?
公園で感じた視線の正体に自ら近づくなんて、ほんとに嫌だけど…このままじゃらちがあかない。私を殺すつもりじゃないんだって言い聞かせてないと今にも挫けそうなこの決意を胸に、私は眠りについた。…もちろん、ぐっすりは寝られなかったよ…。