玉木どんまい
[力の解放を…!!!!]
突然聞こえた声。それは声というより頭の中に直接響いてきた。その瞬間体が熱くなり、全身の血が沸き立った気がした。
バリンバリンバリン
耳をつんざくような破壊音に思わず目を瞑った。その音が消えてから恐る恐る目を開けると、窓ガラスが粉々に砕け散っていた。
ヌル…
腰が抜けて床に手をつくと、何か温かいものに触れた。視線をやると私の手は赤く染まっている。
そうだ、ハナゲイダー…!!あのおぞましい存在を思い出した私はその姿を探…さなくても近くに倒れていた。もろに破片を浴びたハナゲイダーは血だらけになって私の足元にいた。
「あ…」
すーっと意識が薄れていく最中、玉木の顔が見えた気がした。助けを求めようと手を伸ばしかけ、そこでプツリと意識が途切れた。
瞼が重い。なんだろう、この倦怠感。でも起きなくちゃ。また遅刻してしまう。そしたらまたハナゲイダーの罰則が…罰則?
一気に気持ち悪い記憶が蘇り、悲鳴と共に跳ね起きた。掛けてあった布団を体を隠すように手繰り止せ、これ以上下がれないところまで下がる。
誰かが近づいてくる…
「いやっ来ないで!!ほんとにやだ!!…ぶっ殺すぞコノヤロー!!」
恐怖より怒りが勝り、最終的に殴りかかった。…クリーンヒット!!
「ざまぁみろ!!…ってあ、あれ?」
私の怒りのこもった右ストレートは、ハナゲイダーではなく玉木の左頬に命中してしまった…。
「ご、ごめん!!って…なんで?ハナゲイダーは?」
周囲を確認する余裕が出てきて、自分は保健室のベッドに寝かされていたと知る。
玉木は涙目で頬を押さえている。…ちょっと大袈裟じゃない?
「おま、助けた奴になんちゅー仕打ちを…」
「だからごめんって!玉木が助けてくれたの?…ほんとありがと」
玉木はバツが悪そうに頭を掻く。
「正確に言えば…助けたわけじゃないんだ。俺、やっぱなんか心配で引き返してきたら、指導室の方からすげー音したし、すぐ駆け付けて…そしたら窓ガラス割れてハナゲイダー倒れてるし、お前は意識飛ぶし…んでとりあえずたっつん(保険医)とこ連れてきただけ」
龍塚先生はカーテンの横から顔を出し、玉木に氷嚢を渡す。…先生、そんなに強く殴ってないと思うよ、私…。
「花田先生(ハナゲイダー本名)は傷がひどかったから病院に運ばれたよ。玉木から大体話聞いたけど…何があったか話せる?」
思い出すだけで鳥肌が立つ。あんなおぞましい体験二度としたくない。つーか思いだしたくもない。
二人の視線に気付いた私は気が進まないにしてもとりあえずは話すことにした。
「うーわっあいつやっぱキモい。お前よく無事だったな」
「ほんとによかったよ…。でもなんで窓ガラスがあんなに割れたんだろ?野球部とかかな?」
「いや、一度に全部の窓は割れないでしょ。しかし花田先生が楯になってよかったな。白田が無傷で何より」
あれ、ほんとだ。あんなに破片が散ったのに私自身に傷はひとつもない。…それだけハナゲイダーが私に覆いかぶさってたのかな…オエッ。
「見たところ外傷ないし精神も安定してるようだけど…病院どうする?行くなら送っていくが。」
「あー…体なんともないんでいいです。家帰ります。」
ベッドから降りようとしたら手で制された。
「家に連絡したからもうすぐお母さんが迎えに来られるよ。それまで横になっときな」
「お母さんが来るんですか!?てかこのこと知ってるんですか!?」
「そりゃあ報告せにゃならんだろ?ご両親には改めて校長達が謝りに行くと思うけど」
うわぁ…めんどくさい。ハナゲイダーさえ処分してくれたらそれでよかったのに…。
「私は白田が起きたこと校長に伝えてくるから。玉木、白田についててやれ。」
と、さっさと出て行ってしまった。…うーん、龍塚先生の淡泊な性格好きだわ。
「しっかしお前も女だったんだなー」
玉木が妙に感心した声で…って何をいいだすんだ?
「なによ?」
「いや、血見て気絶するとかさー…そんなかんじじゃないじゃん?」
「うーん…血のせいじゃないと思うけど。だって別に血怖くないし。むしろスプラッタ系の映画好きだしね。」
「うーわー…俺だめ、無理なやつ。指導室入った時怯んだもんな…結構血出てたし。」
「血が苦手なのに助けてくれたんだ?それは感謝しますよ。」
玉木が一瞬黙って何か口を開こうとした時、
「茜ー!!!!!!」
ガラガラピシャン
激しい音とともにおかあさんが保健室に現れた。私より取り乱してるみたい。
玉木が慌ててカーテンを開けると今にも溢れんばかりの涙をたたえた母の姿が目に入った。
私を確認すると至るところにぶつかりながら近づいてきた。(途中ガーゼとか落として、ゴミ箱にも躓いていた)
「茜〜」
私を抱きしめわんわん泣き出す。…あなたが襲われた本人ですか?
おかあさんの背中を擦り私は大丈夫だから、と言い聞かせる。
しばらくするとやっと落ち着いたようで、今度はおもむろに体をチェックし出した。
「どこも痛くない!?怪我とかしてない!?な、殴られたりとかは!?」
普段はおっとりとしている母、こんなに剣幕な姿は見たことがない。少々気圧されながらも頷く。
「よかった…」
また抱き締められた。…心配かけてごめんなさい。こんなに大事になるなんて思わなかった。
母の肩ごしに居心地悪そうな玉木を発見した。そうだ、置いてきぼりの状況を作ってしまった。
「ごめん、玉木。ついててくれてありがと。もう帰っていいよ。」
その声でやっと玉木の存在に気付いた母は(カーテン開けてもらったのに視界に入ってなかったみたい)玉木を振り返った。
「あなたが茜を助けてくれたの…?本当にありがとう、感謝のしようがないわ…」
「あ、いえ、俺は別に…。じゃあ帰ります、白田、またな。失礼します。」
「うん、ほんとありがとね。バイバイ。」
玉木の後ろ姿を見つめる母、心なしか目がうるんでいる。これはまたとんでもないことを考えてる気がする…
「彼、玉木くんて言うの?…茜の恋人になってくれないかしらー」
何を言いだすんだ…。白けてしまったじゃないか。
「おかあさん、玉木はそんなんじゃないから。ほら、帰ろうよ」
保健室から出るとちょうど龍塚先生と校長、教頭に鉢合わせした。その場で頭を下げまくるお偉いさん二人に(龍塚先生は私に調子はどうか?とか聞いていた。)母は今回は何もなかったことだし、と頭を上げてください。と静かな声音で言っていた。
玄関まで見送りに来たお偉いさんに最後に笑顔でこう言い残した。
「うちの子は未遂だったけど、被害に遭われた生徒さん他にもいらっしゃるんじゃないでしょうか?…泣き寝入りするしかない方もいるってこと、お忘れなく。(てめーらわかってんだろうな?あんな奴を野放しにしてきたおまえらにも責任あるんだからな。ちゃんと処分しろよ?)」
…心の声が聞こえた気がした。