おじいちゃん先生からの情報
「いい加減にしろよ。」
普段の悠斗からは想像もつかないほどの低く冷たい声。廊下にいる私まで背筋がピンと伸びる。…なんだ、この緊張感。
僅かに開いたドアの隙間から、固唾を呑んで見守る。…がしかし、死角になって2人の姿は見えない。うー、中が気になる。
「あんた私にこんなことしてただで済むと思わないことね。今に下僕たちが…」
「やってみろよ。」
…いつになく強気な悠斗。ともちんたじたじ。チャラ男も男の人だったんだなと、今更ながら思う。
沈黙が2人を包む…こっちが耐えられない。ここで見守ってるだけじゃなくて、私にも何かできることないかな…。じっとしてられないよ。
「あ、そうか。」
いいこと思いついてしまいました。悠斗がともちんを拘束してるうちに私はあのドレスの持ち主について調べよう。もしかしたら脱がせるって方法以外で何か解決策が見つかるかも。
「玉木、ここにいて2人を監視してて!雅史、行くよ!」
何か後ろで言ってるけど、動き出した私には聞こえない。雅史を連れ出し、職員室へ向かう。
校内全体がピンク色なのに対し、職員室はとても陰気なムードに染まっていた。…問題が絶えず、心身共に疲れているんだろうな…ちょっと同情する。
その中で呑気にお茶をしているおじいちゃん先生を発見。ターゲットは彼だ。…この状況で普段と変わらない彼は偉大だと思う。
緑茶をすすり、お茶菓子を美味しそうに頬張るおじいちゃんに近づく。今日のお茶のお供は豆大福らしい。…おいしそう…。
「清田先生。」
不意にかけられた言葉に餅を喉に詰まらせるおじいちゃん。ちょ、大丈夫!?慌てて背中をさする。
雅史がお茶を差し出すとそれを一気に口に含み、ゴクン…と大きい音をたてて飲み下した。喉につかえた餅は見事流れていったようで、落ち着きを取り戻すおじいちゃん。
「ほ、なんだね?」
いつも笑っているように見える顔。彼の皺は全て優しい皺。たまにこの人って生まれた時から怒ってるんだろうなー…ていう皺の刻まれ方をしている人を見かけるけど(眉間とかさ…失礼承知で物申してみた)、おじいちゃん先生は人生を穏やかに笑顔で過ごしてきたんだろうなーって想像ができるような、そんな優しい顔をしている。あー…落ち着く。
当初の目的を見失い、のほほ~んとリラックスしていると、横から小突かれた。お、いかん、そうだった。おじいちゃん先生はこの学校に一番長く勤務している先生。きっと演劇部のこともわかるはず。そう思って職員室まで来たんだった。
「あのー…つかぬことをお聞きしますけど…、昔、演劇部の人が亡くなったりしませんでしたか?…その、じ、自殺…とか?」
「ほ…演劇部…?」
おじいちゃん先生は腕を組んでなにやら考え込んでしまった。うーん…覚えてないのかな。そりゃ年に何百人ていう数の生徒を送り出してるんだもんね。でも亡くなった生徒なら記憶に残ってると思ったんだけどな。
……………
「あの…?」
おじいちゃん先生はさっきから微動だにしない。かれこれ5分は経ってると思う。雅史と顔を見合わせ、こりゃ寝てしまったんじゃないだろうか、と先生の肩を揺らそうと手を伸ばした時。…バチィッッ!!とものすごい勢いで先生が開眼した。…無駄にドキドキしてしまった。
「なにか思い出したんですか!?」
尋常じゃない程の目の開き方に期待を膨らませて先生の言葉を待つ。これはいい答えが聞けるかもしれない。
「…ほ。演劇部には自殺した生徒なぞおらんよ。」
「え…」
期待してただけに残念度もハンパない。思いっきり肩透かしを喰らってしまった。
「そうですか…。」
ありがとうございましたー、と言って職員室を出ようとした私たちをおじいちゃん先生の言葉が引き止める。
「1人、事故死はしたなぁ…。あれはなんとも…なまんだぶなまんだぶ…」
グルンと180度回転し、おじいちゃん先生に詰め寄る。私たちが欲しいのはその情報だよ!!
「詳しく教えてください!」
「ほ。…うーんと、なんだったかなぁ…。ほ…ほうほう!龍塚先生なら詳しくわかると思うぞい。ほ。確か事故が起こった時、先生はここの生徒だった…気が…ほほ。」
龍塚先生の代に起こったのか!!そんなに昔じゃないじゃん。何十年って前の話だと思ってたよ。では早速保健室へ行こう!!
――― 一方その頃、部室前では玉木が悶々としていた。なぜ茜が自分じゃなく雅史を連れて行ったのか…それがどうも腑に落ちない。かなり仲良くなったと自負していただけに、ショックだった。
監視を頼まれたものの、それどころではない玉木であった。