下僕…?
「…何事?」
信じられないものを目にして動けずにいた私。肩を叩かれてやっと我に返る。正気に戻してくれた玉木に問う。
「俺が聞きたいって…。白田もわからないんじゃお手上げだよ…。」
玉木もなんだかんだで心労が耐えないなぁ…。面倒見がいい人は大変だ。
…じゃなくて。今考えるべきことはともちんのことだ。
なんでこんなことになってるんだろう。ほんと何事!?
クラスの男子がともちんを囲んでいる。それも全員が目をハートにしてひざまづいているのだ。
しかもともちんの格好…胸のとこめっちゃ開いた(チラ見えとかそんなレベルじゃない!!サービスしすぎ!!…あー、ボインうらやましい…)ロングのぴったりフィットの黒いドレスは、パンツが見えそうなところまでスリットが入っている。…それを着こなすともちんって…。
…いかん、話がずれた。とにかく普段しそうもない服装で、普段ならありえない状況の中にいる。なんで?
思い当たる節が全くなくってただただ混乱するばかり。
どう声をかけていいかわからずにいると教室の異変に気付いたナルシーが飛び込んできた。まずい!!
「春日ー!!お前なんて格好してんだ!?制服はどうした!?今すぐ着替えて…ッ!?」
怒鳴るナルシーに近づいたともちん。彼女の人差し指はナルシーの唇にあてられる。
「せんせ、怒っちゃや…。せっかくの男前が台無しよ?」
ナルシーを含めその場にいた全員がポカーンとなるのもおかまいなしに(男子共は相変わらずだけど)、どこから取り出したのか、バラの形をした一口サイズのチョコをナルシーの口に放り込んだ。
「何をす…!?………女王様…。」
………は!?ナルシー、今なんて??
ナルシーは他の男子同様、目をハートにしてひざまづく。
どうなってんの…?
玉木が状況を整理できずにいる私に耳打ちする。
「なあ、あのチョコが原因じゃね?あれ食べると春日に惚れるとか…あいつならそんなチョコ持ってても違和感ないし。(なんでもありな気がする…)」
「惚れ薬ってこと??だとしてもなんでともちんがそんなことを?する理由がわかんないよ。」
「…なんにせよ、あのチョコには絶対近づくな。原因はあれに間違いない。放送で全校生徒に伝える。これ以上は見るに耐えん。」
わお、びびった。雅史もまだまともだったのか。…ぜひともそうしてほしい。ともちんの下僕(そう見えてきた)がもっと増えれば…女子は黙ってないと思う。今だってあんまりいい目で見てないってのに。(いや、そもそもいい目で見る人はいないけど)
善は急げ…ってことで雅史が校内放送でこの異常な状況を淡々と流した。
「…ということだから、春日十百香には近づくな。奴のチョコを口に含むな。以上。」
…短くない?今のでちゃんと伝わったのかな…?
私の予感は的中してしまった。
放送を聞いた人々がおもしろがって教室に詰め寄る。下僕の数は増える一方…。
「ちょ、雅史、なんとかしてよ!」
「何故俺が?」
「もとはといえばお前のあんな放送のせいだろ!!」
ぎゅうぎゅう詰めになった教室で玉木と一緒に雅史に言い寄る。責任とってこの事態を収拾してもらわないと。
「まずは何故春日がああなったか、だ。原因がわからなければ解決のしようがない。」
「それわかれば苦労してないっての!」
押し問答を続けていると、いつのまにか私の危惧していたことが起こっていた。
人で溢れかえる教室の中央、ともちんの前に仁王立ちしている今どきありえない、すごい縦ロールの髪の女。
「あなた、その変なチョコで大事な、大事なバレンタインという行事を邪魔するの、やめてくれないかしら?」
きたー…。絶対誰か言ってくると思ったんだけど…またすごいのきたな…。キャラ濃いわー…。
「あら、それは失礼…。てことは、あなたもどなたかに恋をしているの?」
図星だったようで顔を真っ赤にして否定する縦ロール(あだ名それしか思いつかない)。…なんか、かわいいかも。
そんな縦ロールにそっと耳打ちするともちん。
真っ赤だった縦ロールの頬は、今度はほんのりピンク色に染まり、ともちんから何かを受け取る。
それが何なのかわからないけど、縦ロールはそのままそそくさと教室を後にした。
…なんだったんだ?