ハナゲイダー
−−−1ヶ月前
「遅刻よー」
文字通りガバッとベッドから跳ね起きる。
目覚まし時計は誰が止めたのか既に8時過ぎを指していた。
「もっと早く起こしてよー」
下から起こしたわよーとか聞こえるけどかまってらんない。
やばい、完璧遅刻。あと1回で罰則だよ。寒くなるとどうしても起きれないんだよなぁ…て言ってる場合じゃない。早く支度しないと。
まだ冬本番ではないけど徐々に深まりつつある。きっとあと1週間もすれば雪がちらついてくる。
紺のセーラー服に白いカーディガン、上からダッフルコートを着こみ、髪をろくにとかしもせず階段を駈け降りる。
「おかあさん、イヤーマフは!?部屋になかったー」
「ソファーの上よ。あなたまた置きっぱなしだったわよ?」
「おとうさんに似たのー。いってきます」
気をつけてね〜という声を後ろに玄関を勢い良く開けた。寒い…けどかまってられない。
駅への道をひたすら走る。肩で息をしながら改札を通る。制服姿は…あんまり見当たらない。そうよね。時刻は既に8時30分。遅刻確定の時間帯。通勤客の中に埋もれながら電車を待つ。
特急を見送り各停を先頭で待つ。あと2分。待ってる時間が1番寒い。白い息を吐きながら手を温める。そしてふと視線を上げると、目の前にナニかがあった。最初はわからなかった。ソレはとてもぼやけていたから。
目を凝らさないと周りの風景に消えてしまう。私はなぜこんなにも儚いものに気付いたんだろう。
なぜだか怖いかんじがしなくて、私はソノ正体を見極めようと寝呆けた目をこする。
再び目を凝らすと…既にナニかは消えていた。
その後すぐ電車が来たので深く考える間が奪われてしまった。二駅先が高校の最寄り駅だったから、あっという間にまたダッシュしなければいけなかった。結局学校へ着いたのは9時前だった。
運が悪いことに担任は生活指導の先生…。こってりしぼられてホームでの出来事は忘れてしまっていた。
「遅かったじゃん。つーか罰則がハナゲイダー(担任、いつも鼻毛出てるためこの呼び名)の肩揉みとかマジウケるんだけど。」
「最悪だよ〜、放課後生徒指導室だって…本気やだ…」
親友ともちんがポッキー食べながらやってきた。昨日はアンドーナツ…いつも何かしら常備してる。
「俺も付き合ってやろうか?」
2人でまったり喋ってたら玉木が加わる。こいつは何かと話に入りたがる。
「いや、子供じゃないんだし付き添いいらないって。」
「けどさ、ハナゲイダーセクハラの話とかあるじゃん?肩揉みとか…確実狙ってるだろ。」
噂は聞いたことあるけど…私にそんな気起こさないでしょ。髪ぼさぼさで、あ、今日顔洗ってないや。…こんなガキに手出すやつはいない。
「あくまで噂でしょ?放課後すぐだし他の先生もいるから大丈夫だって。つーか私だよ?その気になる奴はいないだろ」
ともちんも玉木もそれもそっかと頷く。…自分で言ったけど…でも、さ。
そして放課後。
結局玉木の付き添いは断った。ついてくって言ってくれてたんだけど、やっぱ悪いし。下駄箱で玉木と別れて私は約束通り指導室に向かう。
その道中、ふと視線を感じた気がした。誰かに見られてる。辺りを見渡すけど特にこっちを見てる人はいない。
気のせいか…。
コンコン…
「せんせぇ、白田です」
「入れ」
失礼しまーすと足を踏み入れた瞬間、ギクッとした。
他の先生の姿がない。セクハラの文字が頭によぎる。
「ほい、罰則開始。」
私に背を向けいつもと変わらないハナゲイダー。やっぱ考え過ぎか。
「…先生、他の先生は?」
「会議やら所用やらで出払ってる。いいからおまえは手を動かせ、手を」
はーい、と返事してマッサージを始める。
ハナゲイダーはそこ強く、とか、もっと右とか、すごい細かく指示してくる。
うーん…面倒だな。
そこをもっと強く、と言われたのでありったけの力を入れて押すと
「あぁんっっっ」
…ハイ?聞き間違い?
特に様子は変わらないので聞き間違えたんだなぁと深く考えずにマッサージを続ける。
…ちょっと待って?このオヤジ、何?
さっきから気持ち悪いぐらい喘いでる。やっぱ聞き間違いじゃなかったみたい。
さすがに続ける気にはなれなくて手を止めてドアに走ろうとする。けれどそううまくはいかなくて…
手首を掴まれた私は逃げることができない。
浅い息を繰り返すハナゲイダーは私を振り返りにやりと笑った。
「優しい俺だから罰則がこんなもんで済むんだぞ。白田は遅刻多いからなぁ…進級もどうかなぁ…」
…やっぱりあの噂本当だったの!?振りほどこうと藻掻いても、奴の鼻息が近くなるだけ。
「さぁ今度は俺がマッサージしてやるからな」
やばい、これかなりやばい、誰か!!助けてー!!!!!!