悲しみよりも
「ごめんなさい!!」
次の日、朝からがっつり頭を下げられてしまった。龍太は取り憑かれている時のことをきっちり覚えていた。だけど幽霊の存在には気づいているわけではないようで、自分がなぜあんな行動に出たのかわからないようだった。
「なんであんな状況で船を出したんだろ…茜ちゃん、ほんとごめんね!!しかもなぜか気失ってるし…あーっもうほんとごめん!!」
完璧に体を乗っ取られた時(船を出してから)のことは覚えていないみたい。その方がいいよね。
「いいよー。頼んだのは私だし、てか逆にごめんね。」
頭を上げさせると大きな眼は涙で潤んでいた。…やっぱワンコだなぁ。頭をクシャクシャーってしたくなる。
「まあ大事にならなくてよかったよね。」
九条さんが龍太の頭を撫でてやる。その笑顔に堪えていた涙が溢れ出し、「九条さーん!!」と大きな胸に飛び込んでいく。そうだ、九条さんにもお礼を言っておかなくっちゃ。昨日はそれどころじゃなかったもんね。
「ほんとに助かりました。私たち運転できないし、どうなるかと思ってたんで…。ありがとうございました。」
「十百香ちゃんが血相変えてヘリを出すって言い出した時はびっくりしたけどね。虫の知らせってやつかな?誰も怪我してないし、結果よければ全てよしってね。」
のほほ~ん…と言ってのける九条さん…はぅ…癒されるぅ。…せっかく癒されてたのに、ほのぼのとした空気を一気に壊す人物が現れた。
「ふーん…お嬢様は友達思いなのかー。いーじゃんいーじゃん。」
…朝からチャラいなー。隣をちらっと見ると、ともちんはうんざりした顔で明後日の方向を見ている。朝から相手にしたくないんだろうな。同感。
「早く俺の番回ってこないかなー。ね、お嬢様?」
しれっとともちんの肩に手を回すチャラ男。容赦なくその手を叩き落とすともちん。あー見ていてスカっとするなぁ。その調子だよ!!
「そっか、今日は僕か。なんか頭の中がぼやーっとしてて忘れてた!!」
今まで九条さんの胸で項垂れていた龍太がピョコっと顔を上げる。そっか、お見合いはまだ続行なのか。まだ三日目だもんね。…なんかすごく長く感じるなぁ。…てか龍太、一人称変わってる…「俺」は幽霊の影響だったのかな?まあ「僕」の方が合ってるしね。
そしてともちんと龍太はどこかへ出かけて行った。…こんな毎日毎日出かけるなんて疲れるだろうなー。ともちん、大丈夫かな?(単に私が出不精だからそう感じるのか…?)
さて、今日は何をしよう。…久しぶりに一人になりたいな。でも屋敷にいたら誰かに捕まりそう。外って言っても迷子にならずにいれる場所ってなー…あ、あるじゃん。
私は再びシェフ(何度口に出してもいい響き…シェフと結婚したいかも)の元へ行って、ランチのおねだりをした。うーん、事件が解決した後にゆっくりできるのはいいな。固まった気持ちと体を伸ばすのは大事だよね。(そんなに固まってないけど、なんとなく)
またもやバスケットを受け取り、(そういや三連チャンだな…なんかすいません…)外へと飛び出した。昨日と打って変わって今日のお天気のいいことといったらない。ぽかぽか陽気…お昼寝するにはたまらない、いいお天気。そのまま九条さんに連れられて行った通りの道を進んでいく。お散歩もできて一石二鳥だな。…と一人るんるんだったのに…。
「どこ行くんだよ!」
もー…一人になりたかったんだってば。
「散歩だよ。心配しないでも行ったことある場所だし、ちゃんと一人で帰れるから。」
「お前の言葉は信用できない。」
一刀両断。大丈夫といくら言っても聞いてくれない。玉木は私の後をついてくる。…はあ。一人の楽しみが…。
お店の前まで来ると玉木が「…なんかわかんないけど、いいな。ここ。」とぼそっと言ったから、まあ二人でもいっか、て思えた。
お店の中に入ろうとドアに手をかけた…けど気が変わり、そのままテラス席へと続くドアの横にある階段を登る。(つっても5段しかないけどね。)今日は暖かいから外でお茶しよう。
腰をおろして、周りの庭を眺める。うん、やっぱり雰囲気いいなぁここ。なんか温かくて優しい気持ちになれるような、そんな場所だ。
シェフにもらった水筒から、紅茶を注ぎ(いつも変えてくれるんだなぁ。細かい。)玉木の前にもコップを置いてやる。「ありがとう」って言われた。…うん、やっぱり誰かとここに来るのもいいかも。
何を喋るでもなく、ここの空気に身を委ねる。なんだか心地いいな。満たされる…ってこういうことなのかも。あまりのまったり感にウトウトしていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「来てたんだ。」
九条さんはそう言いながら、玉木の隣に座る。若干眉間に皺が寄った玉木だが、もちろんそんなことに気づく九条さんではない。
「ここ気に入っちゃって。」
九条さんにも紅茶を注ごうとしたら、「僕はこっち」と自分の持ってきたバスケットから水筒を取り出し、アツアツのコーヒーを注いだ。用意周到だな。ってことは九条さんもここでランチするつもりなんだ。
「あ、そういえば昨日どこ行ったんですか?」
「ああ、恋人のところ。何も説明せずに来ちゃったからね。十百香ちゃんには事情を話しに行くのに付き合ってもらったんだ。」
ゴフォッ…
玉木が盛大に紅茶を噴き出す。危うく私に被害が及ぶところだったじゃんか!!汚いなーももう!!玉木に非難の目を投げかけると、「ごめん」とむせながら謝ってくれた。
「何も言ってなかったんですか?そりゃ彼女も怒ったでしょ。」
「そうでもなかったよ。『じゃあ二週間後にな』って。やーもう、いい子なんだよねー。」
九条さんの顔がいつもに増して優しくなる。彼女めっちゃ想われてんなー。
「九条さんの彼女ってなると、やっぱりどこかのお嬢様なんですか?」
「全然。普通に働いてるよ。僕、十百香ちゃんのおじいちゃんと仲が良いって話したよね?うちの両親、結婚相手は家柄で決めるって古い人でね、彼女との仲をよく思ってなかったんだ。」
「え、そうなんですか?」
お金持ちってだけでいいなーって思ってたけど、お金持ちにはお金持ちの大変さがあるのかもしれない。いや、当たり前なんだけど。九条さんは昔を思い出したのか苦笑する。
「一時期すごい悩んだよ。大好きだけどこのまま一緒にいても彼女のためにはならない…僕が手放しさえすれば、彼女は新しい人生を歩めるんじゃないかって…。そんな時、次郎吉(おじいちゃんの名前)さんは『好きなら手放すな。幸せにできないかもしれないって悩むくらいなら、二人で幸せになるにはどうしたらいいかって悩め』って僕の背中を押してくれた人で、今もいろいろと力になってくれてるんだよ。」
「へー…そうだったんですか。…なんか、いい人ですね。」
「僕たちは境遇が似ていたからね。次郎吉さんも若い頃、同じようなことがあって、結局好きな人と別れてしまったんだ。その後、どんなに忘れようとしても結局忘れることができなくて、なんとか両親を説得して別れてから何年か経った時、やっと迎えに行ったんだ。これで一緒にいられる…そう思ったけど、彼女は既に他界していてね…交通事故に巻き込まれて死んでしまったんだ。」
九条さんはそこで区切ると、大きな窓から店の中をのぞきこんだ。
「彼女の夢だったんだって。将来自分の店を持ちたいってずっと言ってたんだ。次郎吉さんと付き合ってる時からずっと、こういうの(九条さんはメニューを指した)手作りしてて…ここに置いてある小物は彼女が作ったものらしいよ。ちょっと古いでしょ?」
おすすめと書かれたカードを、メモスタンドごと手に取る。確かに紙は古びていた。こないだ見たかんじではそういう加工なのかとしか思わなかったけど、ところどころ黄ばんだそのカードからは、結局二人が一緒になれなかったという悲しみよりも、ずっと想い続けた温かさのようなものが伝わってきた。
「…そうだったんですか…。だからここはこんなにも温かい…ていうのかな?なんだか落ち着くんですよね。優しくなれる場所ってかんじがします。」
すごいな…人を想う気持ちって。それが形になればこんなに温かいものになるんだ。亡くなったその人も…嬉しいだろうな。生きてる間は結ばれなかったにしても…こんなにも大事に想ってもらえて。
「この話聞いて、決心することができたんだよ。彼女を幸せにしようって。今は両親を説得してるんだ。もう5年経つけど…僕は諦めないよ。」
そう言って笑う九条さんがとても強い人に見えた。ただ優しく笑ってるだけなんだけど…強いって思ったんだ。