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約束  作者: りっこ
終章 
110/111

幸せな一日

「生まれて来てくれて、…本当にありがとう。生きていてくれて、ありがとう。…ユウマ、誕生日おめでとう!」









細い体で畑を耕す女。その傍らには同じように痩せた子供の姿があった。


「ふう…休憩しようか。」


手ぬぐいで汗を拭いながら、母親は子供に声をかける。すると子供は母の手を引き畦道に座らせると、自分は再び畑へと戻って行った。


「おれ、まだやる!」


満面の笑みでクワを持つ手に力を入れる。あの時の赤子は母親想いのいい子に育っていた。7つの誕生日まであと2週間。他の子供たちが病で死んでいく中、彼は今まで病気という病気にかかったことがなかった。


「あんたんとこの子はまだ健康なんだねぇ…よかったねぇ。」

「何か秘訣があるのかい?」

「うちの子も産まれたら、あんたんとこの子と一緒に遊ばせとくれよ。ご利益があるかもしれない。」


2つ、3つ…年を重ねる毎に周囲から羨望の眼差しで見られた。子供が病にかからない秘訣は?と聞かれ、母親は丁寧に過去のことを話していた。あの時出会った神様のおかげだと。それを聞いた母親たちは子が産まれると、産後間もない体に鞭打って神社への道を急いだのだった。


それが5つ、6つ…子の年齢が7つに近づく頃には周囲の視線は厳しいものになっていた。


「…あすこんとこの子はまだ病に倒れないのか?」

「うちの子は3つで死んだというのに…!」

「なぜあの子供だけ病にかからない!?」

「神に会ったなんてでたらめだろ!?」


ただ一人無事の子供は、周囲から疎まれる存在になってしまった。この親子の他に神と名乗る者に会った者は一人もいなかったからだ。


周りから孤立してしまった親子だが、それでも仲睦まじく安らかな日々を送っていた。母は子のため、子は母のために日々を過ごしていた。


そんなある日のこと。


「母ちゃん!これ、どうしたの!?」


お腹が空いた子供は夕飯を待ちきれずに、囲炉裏にある鍋の蓋をこっそり開けて思わず叫んでしまった。


「こら!まだ開けないの!」


母の叱責に慌てて蓋をした子は、うっかり垂れそうになっていた涎を拭う。


その様子を見ていた母は微笑を浮かべ、子供の前で膝をつき目線を合わせた。


「…あなたのお父ちゃんはね、戦で亡くなってしまったの。住んでた家は焼き討ちに遭って、お母ちゃんは命からがら逃げだして…。ずっと辛かった。大好きなお父ちゃんにもう会えないんだって、それが受け入れられずに…ただ、息をするだけの毎日。…それを変えてくれたのが、あなたよ。」


子は母の顔をきょとんと見つめる。父が死んでいることは聞いていた。なぜそれを今再び話すのか、その意図が読めずにただ母の目を真っ直ぐ見つめる。


「あなたが宿っていると知ってから、毎日が変わった。この子を何としても育て上げるんだという目標ができた。生きる力をもらった。でも…」


子の手を両手でふわりと包み込み、自らの頬に当てる。


「やっと落ち着いたこの場所では病が流行していて、だけど私には行く所が他になくて…どうしようもなくて、神様に頼んだの。この子を助けてくださいって。そうしたら応えてくださったのよ。だからあなたは今も元気でいられる。神様のおかげなの。」


年齢にしては小さな子の手を優しく擦りながら言った母に、ふてくされたように言葉を返す子。


「…でも、みんな神さまなんかいないっていってる…。」


今まで自分が元気なせいで周囲の大人から罵詈雑言やら嫌がらせを受けていた子には、神の存在など信じられるものではなかった。


「いるわ。…ねえ、気付いてる?今日が何の日か…。」


「…?」


母の問いかけに首を捻る子。小さな子の冷たい頬に両手を添える母の瞳には涙の膜が張っていた。


「生まれて来てくれて、…本当にありがとう。生きていてくれて、ありがとう。…ユウマ、誕生日おめでとう!」


母は子を強く強く抱き締めた。これでもう病に怯えることはない。ユウマは7年の時を生き抜いたのだ。


「…本当に?おれ、…えっと…」


「もうあなたは大丈夫!流行病に勝ったのよ!!」


ユウマは知っていた。昨日遊んだ子供が翌日には病に臥せっていたこと。発症から一日で命を落とす者もいたこと。長年の闘病の末、骨と皮だけになってこと切れる者がいたこと。


周囲から疎まれている間も自分もいつそうなるかわからない、その恐怖が常にユウマ自身の身にまとわりついてた。


ユウマの大きな目から涙が零れ落ちた。母と同じように涙でくしゃくしゃになる。


「…っ母ちゃん…母ちゃん!!」


親子は抱き合って思う存分泣いた。囲炉裏からは白飯の炊けるいい匂いが漂う。炊き立ての白飯など、ユウマは生まれてこの方食べたことがない。いつも粥、米すらなく小さく切った芋を煮るだけの時もあった。

泣き疲れた頃には炊けたばかりであろう白ごはんの香りが食欲を誘う。親子は腫れぼったい目を更に細くしながら、ご馳走を口に運ぶのだった。


とても穏やかな時間が流れる。





…が、それも長くは続かなかった。

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