むかしむかしの話。
『七つだ。』
遙か昔。小さな村の小さな子供の話。
その村には流行病が蔓延していた。子供にだけかかるというその病は、何が原因なのか、また何が薬となるのか…何もわからない奇病だった。はっきりわかっていることは二つ。七つを迎える前の子供がかかること。七つを迎える前に皆死ぬこと。それだけだ。
村人は大いに苦しんだ。大人は何もできずに、小さな墓標が増えるばかり。いずれ人々は神頼みをするようになる。小さな村の小さな神社。廃れた神社には神主がおらず、村人が交代で掃除をするなどしているだけの神社。ご神体があるのかどうかもわからないような神社。それでも人々は神を頼るしかない。
そうしてまた一人。神社への道を急ぐ母子がいた。
「大丈夫だからね!きっと…あんたは大丈夫。神様が助けてくれるから…!」
乳飲み子を抱いた若い母親が神社への道を急ぐ。
「きっと病気なんかに負けない、強い子になるから!母ちゃん、そう神様にお願いするからね?」
『…ふーん。』
「え…?」
ふいに聞こえた声に、母親は歩みを止める。
四方見渡したところで、そこにあるのは雑木林だけ。誰かがいる気配だけで、その人物の姿を見出すことはできない。
「…誰!?」
『この先の神社の主さ。』
母親の問いかけに堂々と答える声の主。それからはおよそ神々しさも威厳も…神様的な雰囲気は感じられなかったが、警戒していた母親の緊張はみるみる解けていった。
「…神様?」
『……何の用だ?』
二度目の問いかけには答えず、神は質問で返した。
「病気が…病気が、この子を…皆死んで、病気が…!」
何を言っているのか理解できない。ずっと張りつめていた緊張の糸が切れたことで、感情がうまくコントロールできないでいるようだった。
『…女、その赤子を助けたいか?』
「!!はい!!」
『ならばこれを持って行け。』
そう声がしたと思ったら、目の前に人型の紙切れが現れた。
『それに赤子の名を記せ。そいつが身代わりとなる。』
「っあ、ありがとうございます!!ありがとう…ありがとうございます…。」
母親は感激して、涙を流した。何度も何度も姿が見えない相手に頭を下げる。
『七つだ。』
「え?」
紙切れを赤子の産着に大事にしまっていた母親に、神が声をかけた。
『その子が七つを迎えたら、その札を返しに来い。』
「七つ…わかりました。必ずお伺いいたします!本当に…本当にありがとうございます…」
母親は何度も振り返り、頭を下げながら帰って行った。
そうして女の姿が見えなくなると、代わりに赤い髪を持つ男が木々の間から現れた。
「…くくくっ、簡単に騙されやがって。神社に神なんているかよ!あそこは昔っから俺の住処なんだ。お前らは俺を崇めてたんだよ!あんな札に力なんてねーし。ふっ、本当人間ってアホだな。」
心底おかしそうに腹を抱えて笑う男。
その笑い声が消える頃には、男の顔は真剣なものに変わっていた。
「…しかし流行病か…。病のせいで村人の数が減ってる。食料の調達が年々厳しくなってんだよな…どうにかしねーと。…まあ、とりあえずあの女がもう一度来たら喰ってやるか。運よくガキが助かったら7年待たなきゃなんねーけど、途中で死んじまっても怒鳴り込んでくるだろ。十年以内に一人か二人喰えるなら十分か。」
そう呟くと男は神社の方へと姿を消した。
この男を信じた母親は、七年後にもう一度ここを訪れることになる。小さな子供を連れて――――――