約束
「ん。約束!」
『…うん。約束。』
『いつから自分が存在しているのかわからない。気付いたら、ここにいた。』
ユウマは、彼の腕の中で静かに眠ったように息絶えた女性の髪を、優しく撫でる。とても大事な人なんだろう…見ている人がそうわかるように、とても優しく。
『何故存在しているかもわからない。毎日一人で何をするでもなく過ごしていた。そんな時、始めの一人に会ったんだ。名前は…カヨ、だったかな。』
ユウマは遠い目をして語り出した。
『初めて感情というものを教えてもらったんだ。一人じゃない、それにどれほど救われたか…当時の俺はからっぽの存在だったから。』
ユウマは既に私を見ていなかった。いつもなら子供の私にもわかるように言葉を選んでくれるのに、今はそれがない。彼の話す内容をちゃんと理解できない。それでも、独白のように呟くそれを黙って聞くことにした。
『俺は彼女を愛した。彼女もまた、俺を愛した。これからは二人で生きていくんだと、信じていた。だけど、…俺が壊してしまった。どうしようもなく喉が渇いて、彼女の内に流れる液体が無性に恋しくなった。俺は…欲望に負けて、彼女を殺した…。』
それが最初の一人。
ユウマはその後も話を続けた。愛し愛されては、殺し…また一人になる。その繰り返しで現在に至る。そういう話。
『愛す人がいなければ、喉は渇かない。それでも愛してしまう…。いや、血を吸うために愛すのかもしれない…でも、愛さずにはいられない。そして、何人も殺してしまった。彼女も…』
ユウマはそっと頬に触れた。今回、犠牲となった女の人の…。
『俺は…何のために、存在しているんだろう…?なぜ愛する人を殺さなきゃ、生きていけないんだろう?なんで…生き続けなければいけないんだろう?…どうして…』
そこで彼の声は止まった。彼女の頬に透明の滴がおちる。まるで彼女が涙を流しているようだった。
「…悲しいの?」
『…うん。』
「どうしたら悲しくなくなるの?」
『…これ以上、人の命を奪いたくない。奪うくらいなら…俺が死にたい…。』
「死んだら、悲しくないの?」
『…悲しいとさえ、思えなくなるだろう?』
「そっか…」
ユウマの流す涙が、月の光に反射して光る。光っては落ち、光っては落ち…宝石が降ってるみたいだな…なんて、呑気に思ってた。
彼が悲しいのは私も嫌。
幼い私が出した結論は…
「私が殺してあげる。」
彼に死をプレゼントすることだった。
『…え?』
「今は子供だからできないけど、大きくなったら殺してあげる!そしたらもう、悲しくならないでしょ?」
『…茜が、俺を…?』
「うん!もう誰も殺さなくていいように、私が殺すの!」
『…茜なら、できるかもしれない。子供の君が、ここに来れたんだ…きっと…』
ユウマは何か考え込むように、目を伏せた。それから顔を上げ、笑った。それは私が見たいと思っていた、彼の本当の笑顔だった。
『うん、俺を殺して。』
「死」も「殺す」ことも、それがどういうことだとか、理解していない。そんな私は彼の笑顔が見れた、それだけで殺すということが彼にとってとてもいいことなんだと思えた。
彼の目の前に小指を差し出し、彼にも催促する。
「ん。約束!」
『…うん。約束。』
小指が重なる。
「ゆーびきーりげんまん…」
星が見守る中、状況にそぐわない明るい声が辺りに響く。
「ゆーびきーった!嘘ついたら針千本飲まないとだめだからね!」
『そうだね。…待ってるよ、俺。茜を、ずっと…。』
小指を離したあとも、ユウマの顔には微笑が浮かんでいた。それに浮かれた私は、事の重大さに気づくこともなく満足気に笑い返したんだ。
…こうして、私達の間で約束が交わされた。