目撃者
『もう何度繰り返したかわからない。俺は、人の命を奪わないと、生きていけないんだ…。』
ユウマが私を見て笑った。…ううん、嘲笑ったんだ。
『少し、遅かったみたいだよ?』
彼の周りには、黒い霧のようなものが漂っている。禍々しい、黒い霧。
「ちょうどいいよ。きっと、『今』は『昔』から決まってた。」
『…馬鹿だね。』
「ユウマもね。」
私達はお互い目を逸らさなかった。睨み合ったまま、会話を重ねていく。…でも、それももう終わる。私達に残された選択肢は、一つしかないから。
『茜が馬鹿で助かるよ。』
「私はユウマが馬鹿で困ってるよ。」
『…そろそろ始めようか。』
「…そうだね。」
空気が変わった。お互いに相手の動きに注意する。どちらが先に動くか。動けばもう、あとは戦うだけ。その一歩を…私が踏み出した――――。
真っ暗な道を走る。道が見えなくて体勢を崩すことも厭わずに。だって呼ばれてる。悲しい声が私を呼んでいる。行かなくちゃ。傍に、行ってあげなくちゃ。幼い私は、私を呼ぶ声に応えるべく暗闇を懸命に進んだ。
声の主が誰かなんてわかっていた。
それはいつも笑っている人。それはいつも笑っていない人。
大丈夫。私が傍にいてあげる。
必死に足を動かす。そして一際大きな木を越えたところで、木々に埋め尽くされていた視界が一気に晴れた。そこはもう馴染みと言っていい程に何度も訪れたことのある場所。…ユウマのいる場所。
「…ユウマ?」
あまりにも悲しい声だった。もしかして怪我をして動けないのかな?それともただ寂しくて泣いているのかな?ここに来るまでにいろいろ考えた。
彼の赤い髪は見えない。いつもなら草原の中にぽつんと浮かんでいるのに。
いつもは昼。でも、今は夜。心細い私は、助けるつもりで来たのに、今じゃ助けて欲しくて大きな声で彼の名を呼んだ。
「ユウマ―っ!!」
『…茜?』
声が返ってきた。ユウマはここにいる。安心した私は彼の姿を探す。すると草原の緑の中に、埋もれるように存在する赤を発見した。
なんだ、座っていたから見えなかったんだ。
当然、私は駆け寄る。
『来たらだめだ!!』
それを制止する大きな声。怯んだ私はその場に立ちどまる。
「…ユウ、マ?」
今まで彼が声を荒げるところなんて見たことがなかった。いつも穏やかな彼の切羽詰まった声。…やっぱり、何かあったに違いない。私の予想が当たったんじゃないのかな?怪我して動けなくて、でも危ないから来ちゃだめとか…そういうことなんじゃないかな?
『…こんな夜にどうしたの…?家に帰りなよ。』
私を突き放すような言葉に、決起した心は折れかける。…いや、ここまで来たんだ。この目で確かめなきゃいけない。彼の無事を。何もないならないで、その時は家に帰ればいいんだから。
近付いたら、ユウマは怒ってしまうかもしれない。でも…いつもと違う彼の様子が気になって仕方がない私は、意を決して彼のいるであろう場所まで走った。
『だめだってば!!』
「ユウマっ!!だいじょう…ぶ…」
私の胸まで届きそうな草をかき分けて進む。その先に彼がいた。彼と、彼女が。
『…だめだって、言ったのに…。』
ユウマの腕の中には、青白い顔をした女の人がいた。生気がない。
「ユウマ…その人…っ!!血が…!!病院!!」
その女の人は、首元から血を流していた。怪我をしたんだ。早く助けないと!
『手遅れだよ。もう死んでる。―――俺が、殺した。』
「?何を…」
何を言ってるの?そう聞きたかった。でも、声が震えて出て来ない。
『もう何度繰り返したかわからない。俺は、人の命を奪わないと、生きていけないんだ…。』
ユウマはぽつぽつと自分のことを話し出した。それは子供の私には理解できないところも多く、なぜユウマがこんなに悲しい思いをしているのかわからなかった。ただ、彼が背負っているものはとても大きく、それが彼をとても悲しませているということだけわかって…だから、私は彼の願いを叶えてあげることにしたんだ…。