運命 -Destiny-
注・この作品は東条 幸人様から受け継いだ作品です。
独断ではなく、ちゃんと交渉を致しました。
楽しんで頂ければ幸いです。
「………ここは」
辺りを見渡す。パニック状態の頭では何も浮かばないが、取り合えず、自分の居た世界でない事が解る。
見渡す限りの住宅地や電柱が林の行列になっている。
「俺、ジャングルに来る夢でも見てんのか…?」
手を握って感触を確かめる。夢ではないとは理解しがたいが、納得できる自分の腕の力。
地面に手を着けて立ち上がる。草の感触に音。完璧に夢とは程遠いくらいしっかりとしている感覚。現実だと理解しようとするが頭が拒絶する。
「う…そだろ?」
自分の着ている服を見ても選んだ服。白と黒のラグラン。肩の部分から黒になっているのが目立つ。その上に赤いジャンバー。そして青いジーパンに白いベルト、まるっきり変った所はない。
しかし、背景が変り過ぎている。
後に振り向いても、前を見ても、同じく林。もう森と言った方が良いだろう。
空には見た事もない金色の鳥が飛び、そして森には生き物の鳴き声が響いている。光りは上にある太陽が頼り。届かない場所は文字通り真っ暗だ。
少年が見渡して状況を判断しようとした時、物音を立てて木陰に隠れていたそれは襲い掛かって来た。反射神経が鈍かったら、その一撃を避けられなかっただろう。
地面を砕き、草を飛ばし、木々を薙ぎ倒す。
「な…」
驚きの余り絶句する。前に居るのは顔がイノシシ、そして二足歩行で自分と同じ背の高さの化け物が槍を持って息を荒立たせている。
一撃避けたのもつかの間、もう一度振り被って槍を放って来る。
右に跳んで間一髪擦れ擦れで避ける事が出来た。体勢を立て直してもう一度化け物を凝視する。鎧を着けて槍を持ち二足歩行。有り得ない姿で足が震える。
冷汗が背中を流れ、服を濡らす。
対抗しても殺される。何しろあの体型で動きが速い。
「お前!ラノベ読者を舐めるな!こんなファンタジーな展開、普通は正義が勝つんだよ正義が!」
化け物を指差して叫ぶ。2時間で読める壮大なファンタジーを読んでいれば普通だ。
例えば『灼眼の○ャナ』とか『いぬ○みっ!』を読んでいればこんな展開普通だ。何より主人公の待遇は向こうの方が凄く濃い。
無論、イノシシの化け物は怯む所か更に息を荒立てている。
「ちぃ!逆効果!」
向いている方向を変えて全力で走り出す。倒れている木々や動物の死体を跳んで避け、スピードをなるべく落さず逃げ続ける。
何所まで走っても追い掛けて来る足音は消えない。逆に近くなっているような気もする。
「剣とか手から出ないのか!? えーい、何でも良いからこの状況を逃げ延びる方法はないのかぁ〜!!」
心臓が揺れる感覚。走り続けられるのも時間の問題だった。
突然、後頭部を激しく痛々しい衝撃と音が襲う。力が出なく痛みも感じない。
結論は直ぐに出た。化け物の持っていた槍が頭に当たった。それだけの事で少年の体から力も意思もなくなった。
それからどれだけ気絶していただろうか。
耳鳴りがする。だが、それより大きい刃の交差する激音。
「聞け!我が剣の咆哮!」
高く響く少女の声が響く。視線を向けると、青い胸までのジャケットと大きいベレー帽に全身のタイツを身に纏った正義が溢れんばかりの黒い瞳の少女が化け物に剣を振るった。
見事な上段からの振り下ろし。化け物の着けている鎧が弾け飛び、血も出ない。余りにも切れ味が良いのだろうか。それとも、化け物に血はないのだろうか。
肩までは伸びていない黒髪。少女には恐ろしく似合っていた。
剣を素早く腰にある鞘に収めると少年に駆け寄った彼女は顔を覗き込んで来た。
「おい!大丈夫か貴公!目を覚ませ!」
少女は少年の方を掴むと揺すり始める。ドンドンと少年の顔が青褪めて行く。
「ちょ…や、止めてくれ…死ぬ」
助けて貰ったのは嬉しいが死んでしまっては意味がない。
少女はホッと安堵で息を吐き出すと手を差し伸べて来た。自力で立てそうにない少年はその手に掴まる。まだ鼓動が収まらない。この手があの化け物を倒した。小さな包み込める手と華奢な体。正義感満ちている瞳があるが、桜色の唇に白い頬。きっと自分と同じくらいの年なのだろう。
「済まない、大丈夫か?奇声が聞えてもしやと思って着て見たのが正解だったな」
助けられたのがよっぽど嬉しいのか、その顔には化け物と戦っていた時とは違う表情が浮かんでいた。可愛い、本気で思ってしまった自分に頬を上気させる。
「いや、サンキュ。助かった」
「さんきゅ…?暗号か?」
自分の居た世界とは違う格好。剣など持っている自体不思議な話しだ。綺麗に張り付いている黒いタイツは横に青いラインが入っているだけ。御洒落と言ったら青いジャケットと大きなベレー帽。
「え…いや、ありがとうって礼だ」
略した言葉は通じないが日本語は通じる。可笑しな話しだ。
「それにしても、貴公は見慣れない服を着ているな」
その綺麗に澄んだ瞳を煌かせて剣士の少女は言った。服に興味があるのか少女は少年を興味深そうに見ている。少年が奇怪な行動を見ていると気付くと少女は咳き込んで少年に向き直った。
「人には名乗るのが情と言う物だな。わたしの名はレイチェル・カルマ。姫様直属の騎士団を率いている」
姫様と気になる単語を無視して少年は溜め息を吐いた。
「俺は…雨笠。雨笠 零人。零人が名前だ」
ここは、知らない世界。いきなり飛ばされていた世界そこで出会った少女、レイチェルも少し特徴的だった。ここは何所なのだろう?答えは返って来ない。