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向島真理:同級生の男子です。その正体はグレンイエロー。ハーフらしく、地毛が金色です。彼方善一さんを「ハニー」と呼ぶ変人です。キモいです。超キモいです。
「や、やっと、見つけた」
酸素、酸素が欲しいです。空気中に21%しか含まれていないからって馬鹿にして済みません。あなたがいなかったら僕は生きていけません。いや、本当に。
だからお願いです。常田政次に酸素をください、空気様。
「あ、足早いんですね、常田くん」
「やっべー、熱っちー! 心も身体もヒートアップだ、高鳴る 鼓動は恋の予感だ。そして俺は君の胸にフォーリンダウン!」
「あっ……ん、ダメだよ真理くん。常田くんが見てる」
「口ではそう言ってても、身体は正直だね。ふふ、そんな君がスキっ!」
「あぁ、マーイスイーットダーリン」
持久力をつけよう。42,195キロを全力疾走しても尽きないくらいの持久力を。そして、持久力がついた暁にはこの変態たちを蹴り殺そう。心にそう誓いました。
向島真理のせいで楓さんと昌良を見失った僕は街を虱潰しに駆け回り、ようやく楓さんたちを発見しました。タイムは二時間十九分二秒。こんなに疲れたのはファンシー☆テイルに入る切っ掛けとなった事件以来かもしれません。
あ、ちなみに向島真理は僕の中で昌良と同列の扱いになりました。つまり同級生の男子プラス馬鹿ってことです。
はー、と息を吸って。ぜー、と息を吐く。はーーーっ、と息を吸って。はっ、と息を吐く。ふぅ、だいぶ呼吸が楽になってきました。呼吸法って大事ですね。鶴来さんに習ってて良かったです。
「さて、善一さんと真理。あなた達が何をしてても気にしないんですが、邪魔するなら帰ってください」
正直、本気で邪魔だからなぁ。この男×男。
「そんなつれない事言うなよー。分かった。ちゃんと協力するから!」
「ま、大船に乗ったつもりでいてください。ちなみに、僕の座右の銘は『人の不幸は蜜の味』です」
使えるモノは何でも使うのがファンシー☆テイルの方針です。本人たちも乗り気のようですし、使わせて貰おうじゃないですか。グレングリーンとグレンイエローを。
「まず作戦を考えます。そのために情報が欲しいので、二人とも、自分の得手不得手を教えてください」
敵の情報を手に入れ、且つ、その敵を操って敵を討つ。なんか、久しぶりに悪の戦闘員っぽいですね。本当に、本当に……。長かったなぁ。
「はーい、俺から言うぜ!」
まずはグレンイエロー、真理ですね。
二人には見えないように腕時計のボタンを押します。忘れているかもしれませんが、この腕時計は花音さん作のファンシー☆テイル支給品。戦闘スーツと同じく無駄に高性能で、録音機能なんてものもついちゃってるんです。
「俺は頭を使うより体を使う方が得意だな。あ、それとアクシデントに強い! これでも、咄嗟の判断力と実行力は評価されてるんだぜ」
ふむ、能天気馬鹿かと思っていたら中々の自己評価ですね。こういうタイプは「俺は何でもできる!」っていうのが多いので、ちょっと意外でした。
「次は僕ですね。僕は幼い頃から家の道場で鍛えられていたので、ある程度武術の心得があります。頭を使うのも苦手ではないんですが……、実は一度戦闘になるとそっちに集中しちゃって、頭使うことができなくなっちゃうんですよ」
あはは、と善一さんは軽く笑いますが僕は笑えません。頭を使うことができる武術家。それはある意味、どちらかに特化した人物よりもやっかいです。その理由は多々ありますが、今は割愛しましょう。
二人の自己評価を聞いてしばし思案します。
……なるほど。グレンジャーも一筋縄ではいかないみたいですね。僕の正体が昌良にばれなかったことを改めて喜んでおきますか。
あれ?
そういえば……。
「あの、つかぬ事を伺いますが」
「はいはい、何でしょう」
「昌良と一緒にいる彼女、誰だか知ってます?」
もちろん楓さんのことです。なぜこんな質問をするのか、それは推して知るべし、です。昌良が楓さんを初めて見たのはいつだったのか、とだけ言っておきましょう。
「知ってるぜ。一年C組の神功楓ちゃんだろ。俺、世界史の授業で一緒だからよく見かけるよ」
「僕は昌良から聞いて知りました。同じ学校の一年生ですよね」
ふぅ。どうやらファンシー☆テイルの隊長ってことはバレてないみたいですね。昌良は確実に気付いてるはずですが、気にしていないのか、素で忘れてるのか。後者の確率が高いです。
さて、気付いてしまった以上ちゃんと突っ込まなきゃいけませんよね。三、二、一、ハイ。
「二人とも、僕と同じ学校だったんですか!?」
「おういえー! その通りさ、マイブラザー。っていうか体育一緒じゃん」
「あの……、この前の登校日。僕、壇上で話してましたよね。まさか見てなかったんですか?」
…………………………。
はっ!?
い、いけない。現実の奇怪さやら気付かなかった事への自己嫌悪やらで脳内の情報処理が止まってハングアップしてました。楓さんもこんな風に固まってたんですね、納得です。超納得です。
「って、そうだ。楓さん!」
慌てて振り返り楓さんを探します。……いた。良かった、今度は二人に気を取られて見失う、って失敗をしないで済みました。
楓さん、見失わなかったのはいいけど昌良と仲良くお喋りしている楓さんを見ていると悲しくなりますね……。
手を繋いで歩いたり、転びそうになった楓さんを昌良が抱きかかえたり、一つのカップにストローが二つだったり。あれ、変だな。涙が止まらないですよ?
あ、そっか。楓さん、笑ってるんだ。あんなに楽しそうに、あんなに嬉しそうに。昌良とデートして、それを喜んで……、僕も見たことないくらいとびきりの笑顔で笑ってるん、ですね。
……長いため息をつきましょう。
はーーーーー。
賢しいって嫌ですね。本気だと思っていた恋にすら本気になれない。
僕はただ、楓さんにとっての一番を考えることしか出来ない。そして、楓さんにとっての一番は『好きな人』です。今まで一緒にいたんです、それくらい判ります。痛いほどに、判るんです。
だけど、心がこんなに痛いから。ちょっとだけ卑怯な言い訳をしてもいいですか?
『僕は一足先に成長したのさ、自分の幸せよりも彼女の幸せを優先できるくらいにね』、なんて……、卑怯な。言い訳。
「ねぇねぇ、ハニー。あれって」
「うん、間違いないね。マイスイートダーリン」
アレだ。貴様等、実は自殺志願者ですか?
ならちょうどいいですね、今ここに一人の怒りと悲しみのエグゼキューターが誕生しました。そっ首落とすくらいお手の物だ、遠慮せずにかかってこいや!
「ほら、あっち! あっちの女子に注目してろよ、セージ! 面白いもんが見れるぜ」
って、あれ。二人とも楓さんと昌良に注目してると思ったら、昌良の後ろに座ってる女性を見ていたみたいですね。
あの女性がいったいなんだと言うん……、
「あっ、あっ、荒竹昌良! 好きだぁぁぁーーーーーーー!!」
で、……しょう、か?
気のせい、ですかね。昌良の後ろに座ってた女性が突然立ち上がって大声で告白しました。その、楓さんとデート中の昌良に向って。
「紫藤ちゃん、今日も元気に素直にヒートってるね!」
あの、もはやカオスと化しているんですが一つだけ確認しておきたいことがあります。この話って、ラブコメでしたっけ?
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