Ⅶ
どうやら俺達は仮面を付けた何らかの集団に拉致されたようだ。
全員が殴られ気絶させられるなり眠らされるなりあらゆる手段で連れて来られ、意識を失う前に男女様々の声を耳にしているらしい。
話を聞く限りでは場所も状況も異なっている。
共通していることは「思い出せ、時間はある。そして後悔しろ」という言葉と、それを残していったのが先程モニターに映ったあの仮面を被った人間であった事、八月九日の午後四時以降に仮面の人間が現れた事。
他に共通点は見当たらない。
よって此処に集められた人間同士の間に関係性はないと思われる。
俺達と集団の間には何かしらの関係性があることは明確ではあるが。
その”何かしら”は拉致された理由や、仮面の人間達が誰なのかという事に繋がってくる訳だから、何か情報があれば良かったんだがな……。
闇野がうーん、と唸り数秒の間が空く。
全く見当が付かないとでも言っているような溜め息が聞こえた。
「実際に会ってみない事には分からないよね。じゃあ取り敢えずこの問題はおいといて……」
「おいおい、こんなたらたら話してていいのかぁ? 仮面の野郎はタイムリミットがどうのとか言ってただろうが。聞いてなかったのかよ」
哀田が口を挟む。
床にあぐらをかき、本日二本目となる煙草に火を付けている。
……他人の事言えた立場じゃないだろう、と溜め息を吐いた。
すると――
「先程から思っていたのだけれど、その有害物質を僕の前で吸わないでもらえるかな。不快でたまらないよ」
そこに津河井がさらに口を挟めた。
その口調には純粋な嫌悪が滲み出ている。
哀田も察したのか、元から険しかった顔つきをより険しくした。
「別にいいだろうが。禁煙マークなんか何処にもねぇんだし」
と言いながら煙を吐く。
路上に捨てられたゴミでも見るような視線を送る津河井。
十一人の間に不穏な空気が漂い始める。
「ちょ、お前らやめえや」
その空気を感じ取ったらしい氷石が止めに入った。
だが津河井はそれを無視して、哀田に近付き見下ろす。
哀田は煙草を人差し指と中指の間に挟み、不機嫌そうに顔を上げた。
「ちっ、なん――」
ぱしっ
文句でも言おうとしたのか、口を開いたのと同時に煙草が叩き落とされた。
突然の事になんとも間抜けな表情を浮かべている哀田。
津河井が片足を浮かばせ煙草を踏みつける。
靴底が床に擦れ、キュッと音を立てた。
「”僕の前で”と言っているのだよ。馬鹿は耳まで悪いのかい?」
そしてふん、と鼻で笑った。
――痛い程の沈黙。
まずい。直感的にそう悟った時には既に遅かった。
「……ッ!! てめええええ!! 喧嘩売ってんのかよ!!」
哀田は銃口から撃ち出された弾丸の如く立ち上がり胸倉を掴んだ。
胸倉を掴まれた津河井の身体は宙に浮かび上がり、靴の爪先が床を探る。
「……っ! かはっ」
首が絞まり苦悶に喘ぐ津河井を恐ろしい剣幕で睨み付けている。
こんな緊急事態にまで面倒事を……
半ば呆れながら横目に見ていると、稲垣の足が動いた。
「やめなさい、二人とも」
哀田の腕を掴みながら稲垣は言う。
「こんな事をしている場合ではないよ、分かるね」
「……ちっ」
稲垣の真剣な眼差しに負け目を逸らしぞんざいに腕を下ろした。
突然自由になった津河井は倒れ込み、咳き込む。
御月と闇野がその背中を支えてやろうと駆け寄るが、奴は二人を振り払い立ち上がった。
「ふ、ふん、三流の人間が僕に触れるなんて……。汚らわしい」
服の埃を手で払う。
というより、”三流の人間”の汚れを落としているように見えた。