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Eleven geniuses  作者: 雪氷
第四話 ~第二の罪 自己保身~
26/32

大変遅くなってしまいました……。申し訳ありません。

「怜也さん、少し、良いですか?」


次の部屋へと向かう為通路を引き返している途中、背後から声を掛けられ、歩みを止める。

この声は御月か……。


「何の用だ?」


振り返り尋ねた。

そこには真剣な眼差しで俺を見上げる御月。


「あ、歩きながらで大丈夫です。……でも、少しゆっくりで」


御月は緊張しているのか、せわしなく自分の長髪に指を絡ませている。


「……構わないが」

「ありがとうございます」


俺が許諾すると御月は小さく頭を下げそう言った。

仕方なしに、御月の歩調に合わせ再び歩き出す。

だが、彼女はすぐに話を切り出そうとしない。

俺達は無言のまま一歩、また一歩と踏み出す。

……一体何だというのか。

御月の意図が読めずに苛立ちが募った。

前を歩く他の奴らの背中が徐々に遠ざかっていく。

十メートル程だろうか。奴らとの距離が空いた時、御月はぴたりと立ち止まった。


「……どうした?」


その行動を訝しく思い、御月を振り返る。

御月は何かの決心を固めたような表情で口を開いた。


「あの、怜也さん。怜也さんのご家族はご健在ですか?」


その余りにも突飛な質問に思わず御月を睨む。

何故よりによって最も聞かれたくない事をこんな危機的状況下で、初対面の人間に聞かれなくてはならないんだ。


「不躾な質問ですみません……。でも、知りたいんです、教えてくれませんか?」


俺の表情が余程厳しいものになっていたのか、御月は慌てて言葉を繋いだ。

しかし俺は表情を崩さずに問う。


「それはこの状況を打開する為に必要な事か? 違うだろう? それなのに何故そんなくだらない事を知りたがる?」

「……それは、教えてくださったら、分かります」


何だその根拠の無い理由は。

そう口にしたかったが、御月の、真剣で何かを確信しているような表情に気圧される。

”断る”と言ったところで、そう簡単に引き下がるようには見えなかった。

……仕方がない、手短に終わらせてしまおう。

俺は一つ、大きな溜め息を吐いた。


「……母は俺と暮らしていて、父は死んだ。姉は何処に行ったのか分からない」


事実だけを淡々と述べる。

御月の表情が若干変化するが、それがどのような意味を持つのかは分からなかった。


「お父さんはどうして……?」

「……交通事故だ」


沈黙。

俺はこれ以上何も話したくなかった為、口を閉ざす。

御月は目を伏せて悲しげな表情を浮かべていた。

そんな表情をする理由が分からず顔を顰める。

片親が他界しているのは珍しいものでもないし、ましてや会ったばかりの他人の事だ。

どうでもいい事この上ない。御月にとってもそうだろう。

恐らく、この後「可哀想」だのと適当を言って同情するに違いない。


「……十一年前、怜也さんが六歳の時ですか?」

「なっ……!!」


御月の口から出た思いがけない言葉に目を見開く。

その通りだった。俺の父が交通事故死し家族がバラバラになったのは、俺が六歳の時だと小学生の頃母に聞いた。

生憎、俺には八歳以前の記憶が殆ど無い為、それが確かなのかは分からない。

何故、それを! そう声を荒げたい気持ちを抑え込みギロッと睨み付けた。

しかし先程とは違い御月は慌てる様子を見せず、視線をそらさない。


「……姉は四歳上ですよね」


俺には確かに四歳上の姉がいた。

しかし、一部の人間に”姉がいた”とは話した事があるが”何歳上か”など誰にも話した事はない。

それなのに、何故見知らぬ他人のこいつは知っている?

背筋に冷たいものが走った。


「……お前、何者だ」


俺はあくまで冷静に尋ねる。

握り締めた拳にはじんわりと汗が滲み、気持ちが悪い。


「怜也さん、私、あなたを見て、また名前を聞いてそうなんじゃないかって思ってたんです。それで今の話を聞いて、確信に変わりました」


唾を飲み込み次の言葉を待つ。

……もしかしたら。

そんな期待と失望を僅かに抱きながら。


「あなたが、私の弟、だと」

「……っ!」


その言葉を聞いて、息を呑んだ。

信じられないという思いと信じたくないという思いが交差し混乱する。

そんな中突如、朧気だった過去の記憶がフラッシュバックした。


――「だいじょうぶだよ、怜也。お姉ちゃんが、まもるからね」

いつの日か、泣きじゃくる俺を慰める姉の優しい声。

俺の頭を撫でる、優しく暖かい手。

そして、いつか見た赤い、赤い夕日。

夕日に染まった遊園地の中、家族四人笑いながら手を繋ぎ並んで歩く光景。

右手には父の手、左手には姉の手。

隣で笑う姉の顔は、今正に眼前に立っている御月怜南の幼き頃の顔だった――


……そうだ、これは俺の数少ない家族の思い出だ。とうに失われた暖かな家族の温もり。

どうして、今まで忘れてしまっていたんだろう。


会いたいと願いながらも、会えずに十一年もの月日が流れてしまったのだからもう会う事はないだろう、と諦めていた姉という存在。

俺にとって、家族だと認める事の出来る唯一の存在が、今ここに。

どうして、どうして、こんな場所で。


「姉ちゃ……」


思わずそう言いかけて口を閉ざす。

その言葉が聞こえたのか、御月は顔をぱっと明るくさせた。

御月の髪がふわりと舞い、こつ、と足音が近付く。

御月との距離が狭まったその瞬間――


「――!」


――突如抱き付かれ身を固くする。

人の暖かな体温がシャツ越しに伝わり、香水のような甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

俺は対応に戸惑い、手は居場所を失って宙を彷徨う。

だが御月はそんな様子の俺に構わず、俺の背中に回した手に力を込めより強く抱きしめてきた。


「思い出してくれたんですね……!! 私、私、ずっと会いたかったんですよ。だけど、探しても探しても見付からなくて、もうこのまま会えないんじゃないかって思ってたんです。それなのに、またこうして会えるだなんて……!」


御月はそのまま俺の顔を見上げ、目に涙を浮かべながら言う。

嬉しそうな反面、どこか悲しそうに見える表情だと感じた。


「……御月、本当にお前が、俺の姉、なのか?」


未だ信じられず、そんな問いが口を突いて出る。

思考が全くと言っていい程まとまらない。自分でも驚くくらい動揺している。

それに対し御月は何度も小さく頷いた。


「はい、怜也さん……!」


そして怜南は涙声で、満面の笑みを浮かべながら答えた。

その笑顔を見た途端、よく分からない感情が胸に込み上げる。

今まで忘れていたような、今の俺にとって理解しがたいような感情だ。

それの表し方が分からず、眉間に皺を寄せる。

俺はきっと、恐ろしく妙な表情をしている事だろう。


「こんな場所じゃなかったら、もっと嬉しかったんですけど……」


怜南はそう呟くと少しだけ悲しげに顔を歪ませ、顔を伏せる。

……それもそうだ、何せ此処はたった今人が一人死んだばかりの場所なのだから。

俺はその頭にそっと手を乗せ、ぎこちない動きで撫でた。

……慣れない事はするものではないな。

ふと冷静さを取り戻して、自分の行動を気味悪く思った。


「……話したい事は山のようにあるが、時間がない。今はとにかく次の部屋へ向かおう」


若干の気まずさに耐えきれず、そう口にする。

怜南ははっとすると、慌てて俺から離れた。


「は、はい、そうですね。皆さんに心配掛けちゃいますし」

「……ああ」


何となく、顔を見られたくなくて怜南に背中を向ける。

そして何事も無かったかのように動揺を押し隠し、再び歩き出した。


……


次の部屋、”魚座Ⅰ”の部屋の前に到着する。

そこには既に俺達以外の姿が。他に行く所もないのだから当然だが。

全員が神妙な顔をして俺達を振り返る。

すると、神之崎が怜南の前に駆け寄ってきた。


「怜南ちゃん、れ、怜也、くん、遅れてたみたいだけど、どうしたの? 大丈夫……?」


神之崎は俺と怜南の顔を交互に見ながら、そう投げかける。

俺がそれに対し何も答えず無言のままでいると、怜南が口を開いた。


「少し話してただけです、大丈夫ですよ」


そう言って笑顔を見せた事で安心したのか、神之崎はほっとしたような表情を見せる。


「……残り時間は?」


ふと思い立って尋ねた。

闇野がこちらに顔を向ける。


「さっき僕が見たときは二十一時間三十二分だったよ」

「そうか」


そう返事をすると、闇野はうん、と小さく頷いてまた扉の方に向き直った。

……一人に掛けられる時間は二時間弱ってところか。


「……じゃあいいか、開けるぞ」


柊が口を開く。

魚座のマークの下にある鍵穴に鍵を差し込まれた。

それが捻られ、カチャリと解錠の音が静まり返った廊下に響き渡る。

空間に緊張が走った。

俺は一つ溜め息を吐き、扉の向こうに待つものを見据える。

……俺は、こんな所で死ぬ訳にはいかない。こんな目に遭わせた奴を全員、警察につき出し正当な裁きを与えるまでは。

そして、姉との再会を真に喜ぶまでは。


「……行こう」


誰かの一言で、ドアノブが捻られた。

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