Ⅰ
第四話始まりました。これからもよろしくお願いします。
……
「嘘だっ、栄幸、栄幸っ……!!」
僕はモニターの映像を見て泣き叫んだ。
状況が、全く理解出来なかった。
信じられなかった。
先程まで、確実に生きていた彼。
彼は、今、血に塗れてモニターの向こうに倒れている。
――死。
それは、確実な死だった。
「何で、なんで……!!」
「大丈夫か、由都!」
誰かがそう言って僕の背中をさする。
「どうして、僕は、あの時、ちゃんと、話をしてあげられなかったんだ……!」
――あの時の光景がフラッシュバックした。
中学一年生の頃街中で偶然出会った、僕と栄幸。
栄幸が言い放った言葉。
「――由都なんて大嫌いだ。馬鹿で考えなしのくせに、僕に持ち合わせていないものを全て手にしている君なんか大嫌いだ! ……だから、だから、もうこれ以上、僕に関わらないでくれ!」
そう言って、走り去った栄幸の背中を僕は呆然と眺める事しか出来なかった。
親友だと思っていたのにそんな風に思われていた事が、あまりにもショックで。
何で、何であの時、栄幸を引き止めて話をしなかったんだろう。
僕は、知っていたのに。分かっていたのに。
走り去る栄幸が泣いていた事。突然態度が豹変した理由を。
”栄幸は真面目だから、自分を追い込んでしまっただけ”、”栄幸はそのままで良いんだよ”、何故そう言ってあげられなかったんだろう。
そう言ってあげられていたら、こんな結末にはならなかったかもしれないのに。
「どうして、僕は……」
視界が滲む。
目からはぼろぼろと涙が零れて止まらない。
ああ、もう、取り戻せはしない。
あの時行動出来なかった過去の自分への、後悔が溢れ出る。
「ごめんな、栄幸、ごめんな!!」
どれだけ泣き叫ぼうとも、僕の声は栄幸に届く筈はない。そんな事は分かり切っていた。
死者は、どんな技術をもっても生き返る事はないのだから。
でも、それでも、僕はただひたすら栄幸に謝り続けた――。
――
部屋の外に出ると、扉が自動的にバタンと閉じられた。
なんとなしにその扉のドアノブを捻ってみる。
だが、既に施錠されており開きそうにはなかった。
「……」
死臭のない廊下は心地よいものだと謎の安堵を覚える。
しかし、廊下は喧騒に包まれていた。
最初に目に入ったのは、悠川だ。
「ぼくは、悪くない、ぼ、ぼくは悪くない、ぼくは悪くない、ぼくは……」
奴は、床にしゃがみ込み頭を抱えぶつぶつと自分自身に暗示を掛けていた。
それも比較的大きな声で。
このまま放置したならば、何時間もこのままでいるに違いない。
面倒だな、どう対処すべきかと思考を巡らせようとした時、悠川の傍に、腕を組んで立っていた闇野が眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「何それ。自分だけ責任逃れするつもり?」
その言葉を聞いた悠川はびくりと身体を震わせ、恐る恐るといった様子で顔を上げる。
「ひっ、ななな、何だよ、いきなり……」
「あんただって多数派に従うって言って同意したじゃん。それなのに自分は悪くない、って何なの? 大の大人のクセして、そうやって自分の背負い込んだものから逃げ回ってる人見るとすごく腹立つんだよね」
責め立てるようにたたみかける闇野。
喧嘩を売ってどうするんだ、と呆れるが、どうにも口を挟む気にはなれなかった。
二人の奥に目をやると、ぎゃあぎゃあと騒がしい声と顔を歪めた人間達が。
どうやら他でも面倒事が起きているようだ。
「ににに、逃げ回る、だって……? な、何も、しし、知らないくせに……!
そ、そそ、そっちこそ、子供のくせに、あんな状況で、よく平然と! は、ははは犯罪にでも関わってるから、そそそんな態度で……!」
悠川は焦点の合わない目でギロリと闇野を睨み付ける。
その目にも臆することなく、闇野は怒りの表情を露わにした。
「僕を犯罪者扱いするつもり!? 心外だよ! 僕は仕事柄ああいうのを見慣れてるだけで!!」
「ししし仕事柄って、十四歳の子供が、何を……」
悠川の疑問にあっ、と口を閉ざし、一瞬目を伏せる闇野。
仕事柄死体を見慣れている……?
となると警察関係者か? その中でも刑事か解剖医である可能性が高いな。
だが、十四歳の中学生が関われる事ではないだろう。いや、事件解決能力が高いのならば年齢など関係ないか……。
若干の興味を引かれ、闇野の次の言葉を待つ。
闇野はキッと悠川を睨み付け言った。
「……赤の他人に僕の個人情報全部教える訳ないじゃん。しかもあんたみたいに見た目からして怪しい人になんて、特にね」
「なっ……! ぼ、ぼくだって好きでこんな!」
バッと立ち上がり拳を震わせる悠川。
……後々分かる事か。まあ、焦って聞く必要もない。
少し失望しつつも、奴らのやり取りを窺う。
「あんた、貧困地帯の人でしょ? 見た目と態度からして丸分かり。
だって、そんな格好じゃ平民地帯にすら住めないよね。それにそのびくびくした態度って、あそこの治安が最低レベルで常に周囲に怯えて暮らさなきゃいけないからでしょ。あんな所に追いやられるなんてあんたこそ犯罪でもやったんじゃないの、違う?」
「……!!」
闇野は視線を落とし、悠川の震えている拳に目を向けた。
「殴りたかったら殴ればいいよ。別に僕は困らないし」
無言で睨み合う二人。
悠川が殴りかかろうとした時に止めればいいだろうと考え、俺はじっと待ち構える。
俺は言葉で人を落ち着かせたり、抑制したりするのは苦手だからだ。
……今までの経験上、俺の言葉は人を苛立たせるらしい。
すると、背後からカツカツと駆け寄るヒールの音。
「やめてください、ライさん、リヴァさん! 言い争ってる場合じゃないでしょう!?」
御月が二人の間に割り込み、二人を牽制した。
二人はそう言われ冷静さを取り戻したのか、ばつが悪そうに目を伏せる。
……大丈夫そうだ。後は御月に任せよう。
御月が仲裁に入った事で言い争いが沈静化したのを見て、その横を通り過ぎる。
その次は柊と神之崎、そして才條。
才條は仲裁役のようで、神之崎の頭を撫で、鬼気迫る表情をしている柊の肩を押さえていた。
「……もうやだぁ! リサ、かえりたい、かえしてよぉ!!」
そう大粒の涙を零しながら泣きじゃくる神之崎と、
「うるせえ黙れ!! あんただけじゃねーんだ、みんなそう思ってんだよ!!」
ヒステリックに怒鳴る柊。
「二人とも落ち着きなさい。大丈夫よ」
「うわあああああん、ひっぐ、えぐっ」
「泣いてたって状況は変わんねーだろうが! いい加減泣くのやめろようるせーんだよ!!」
……こいつらには男の俺は関わらない方が良さそうだ。
そう判断し尻目に掛けながらその横を通り過ぎる。
……問題は哀田と稲垣だ。今は氷石が仲裁に入ってはいるが、この二人は乱闘を起こしかねない危うさを孕んでいる。
その時、氷石だけでは止める事は出来ないだろう。
面倒ではあるが、俺も仲裁に入らざるを得ないか。
……人が死んだばかりだというのに、よく人と争う程の余裕があるなと思わず呆れてしまう。
まあ、俺達は赤の他人同士だ。疑心暗鬼に駆られ感情的になるのも仕方がないのだろう。
「君の言動の所為で津河井くんは殺されてしまったのだよ!? それなのに後悔も何もしていないというのかね!!」
稲垣が恐ろしい剣幕で哀田を睨み付けた。
「知らねぇよ! つーかー何で俺の所為にしたがるんだよテメェはよ! ルールはルールだっつってんだろうが!! ゲームの鉄則だろ!!」
哀田も負けじと睨み返し、言い放つ。
ゲームという言葉にぴくりと反応した稲垣。その赤い隻眼はギラリと冷たく輝いていた。
その刹那――
「ふざけるな!!!!」
――耳を劈くような怒号。
思わず目を瞑った。
「がっ……!!」
「……!」
直後、哀田の苦しげな悲鳴。
瞑った目を開くと稲垣の左手が哀田の首を捕らえていた。
余程の力なのだろう、稲垣の左腕はぶるぶると震えている。
先程までの稲垣の穏やかな雰囲気はどこへやら、それも同一人物なのかと疑う程だ。
「ゲームだと……? 人の死をそんな軽い言葉で済ませるつもりかい、哀田くん!! 人の命を、何だと思っているんだ!!!!」
「……ッ! かっ、は、」
ぎりりと哀田の首が締め上げられる。
「海音!! やめるんや!!」
氷石が慌てふためいて、稲垣の手を哀田の首から引き剥がそうと腕を押さえるが、奴の腕は微動だにしない。
加えて稲垣は氷石の存在すらも感じていないようだった。
……このままでは、稲垣が哀田を殺してしまうかもしれない。
だが、止めるには力技では無理そうだ。となると今の対応を見る限り氷石は頼りにならない。
……仕方がないな。出来るだけ気に障らないよう言葉を選んで対処するか。
俺は小考した後稲垣の眼前に立ち、向き合う。
”邪魔をするな”という恐ろしい程の殺気に満ちた目を向けられたが大したことはない。
ふう、と溜め息を一つ吐いてから口を開いた。
「稲垣、お前誰も死なせたくないんじゃなかったのか? ……そのままだとお前が、哀田を殺してしまうぞ」
「……」
俺の言葉に動揺したらしい稲垣は目を泳がせる。
「……っは、はあ、命が、どうとか、」
背後から息も絶え絶えな哀田の声が聞こえ、思わずそちらを振り向いた。
稲垣の左手は未だ哀田の首を掴んではいるが、その手に先程の力はこもっていないようだ。
何とか、殺させずに済みそうだとまた溜め息を吐く。
「んな、沢山人殺してきましたー、みてぇな目ぇしてる奴に言われたくねぇな!!」
「ッ!!」
哀田の言葉に、稲垣は素早く腕を引っ込めた。
不意に自由になった哀田は少しだけよろめき、荒い呼吸を繰り返す。
脂汗を滲ませ噎せながらも睨み続ける哀田に対し、呆れた。
……寧ろ感心すべきなのかもしれないな。
「いい加減にしてくれないか。こんな不毛な時間は無駄だ、無意味だ。……それに、お前がそんな態度を取り続ければ津河井の二の舞になるぞ」
未だ反抗的な態度を取ろうとする哀田に忠告してやる。
流石に死にたくはないのか、首をさすりながら黙り込む哀田。そして俺を睨み付けると、俺の肩を突き飛ばし距離を取った。
その行動で、普段絡んでくる不良共の事を思い出し少し苛立つ。
いつもならば売られた喧嘩は買うのだが生憎そんな時間はない。
「どうしたんや……? 大丈夫か?」
氷石の声が耳に入り、そちらを振り返る。
そこには眼帯をしていない方の右目を手で覆い、脂汗を浮かべた稲垣が。
肩は小刻みに震え、何か思い出したくないものを思い出しそれを拒絶するかのように、首を横に振っている。
明らかに様子がおかしい。哀田に”人殺し”呼ばわりされた所為だろうか。
……人殺し、か。稲垣がそうである可能性は否定出来ないな。
実際、氷石は犯罪者であると判明しているし、それに津河井も人を貶めるような真似をしていたようだった。
星科の態度から見ても、俺達は何らかの形で恨まれているが為に集められたと考えていい。
それならばこの中に殺人者が混ざっていたとしてもおかしくはないだろう。
犯罪者と同列にされるのは癪に障るが、俺とて恨まれる心当たりが全くない訳ではない。……馬鹿な不良共にこんな真似が出来るのかは念頭に置かずに考えると、の話だが。
「……あ、ああ、すまない。私は、大丈夫、大丈夫だ」
「全然、大丈夫そうには見えへんのやけど……」
短い沈黙の後、稲垣は冷静さを取り戻したようで汗を拭い立ち上がった。
幾分表情は暗い。
とにかく、いざこざは終息した。漸く次に進める。
振り返ると、柊や神之崎、闇野、悠川は不満げな表情をしつつ口を閉ざしていた。
言い争いは終わったらしい。
その四人の後ろに、御月と才條が立っている。
「皆さん、もう争うのはやめましょう」
御月が、真剣な表情で声を張った。
この場にいる全員の視線が御月に注がれる。
「確かに私達は今会ったばかりで、信用出来ないのも仕方がないと思います。ですから信用して欲しい、だなんて言いません。自分の為に、自分が生きる為に全員で協力しませんか。問題に解答があるなら、協力し合って全員生き残れる筈です。……先程のように争って一人を切り捨てるような事をしてしまえば、救えた筈のものも救えなくなってしまいます」
そう言って御月は苦虫を噛み潰したような表情で足下に視線を落とす。
「……栄幸さん、助けられなくて、ごめんなさい」
ぽつりと呟かれた言葉には後悔の念が強く感じられた。
その後悔を心に留めるように、拳を握り締める御月。
「私はもう誰も、犠牲者を出したくありません」
「……」
御月の切実な願いに沈黙が訪れる。
……御月の言う事はもっともだな。自分が生きる為に協力、か。それならば全員動かざるを得ないだろう。
その沈黙は誰かの溜め息によって切り裂かれた。
……闇野だ。
首に掛けているヘッドフォンを触りながら、頭を俯かせている。
「まあ四の五の言っても仕方ないし、僕は同意。僕だって、死にたくないからね」
「リヴァさん……」
御月がほっとしたような表情を浮かべて、闇野の方を見た。
「みんな、そうでしょ?」
闇野が俺達を振り返りそう促す。
それに対し、俺は小さく頷いてみせた。
他の奴らは頷く奴もいれば無言のまま顔を俯かせている奴もいる。
何も反応がない奴らを無言の肯定と見なしたのか、闇野は力強く頷くとにこっと笑った。
「怜南さん、そういう事だから」
「リヴァさん、ありがとうございます……!」
「ううん、感謝するのは僕の方だよ。……僕、冷静じゃなかった」
恥ずかしそうにして頭を掻く闇野。
御月は顔を綻ばせ、安堵しているようだった。
「って、やってる場合じゃないね。そうと決まれば早く行動しよう」
「はい。皆さん行きましょう、次の部屋に」
御月の掛け声を皮切りに、俺達は次の部屋へと足を進めた。