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Eleven geniuses  作者: 雪氷
第三話 ~赤い涙〜
24/32

一ヶ月ぶりです……。遅れてしまい申し訳ないです。

長く掛かってしまいましたが、今回で津河井過去編終了です。

……


考査が終了した次の週の月曜日。

今日はその結果とクラス表の発表だ。生徒玄関をくぐり抜けると、液晶の前には既に人だかりが。

しかし、以前のようなざわめきは一切無く静まり返っていた。

人混みをかき分け、液晶の前に立つ。

顔を上げれば、”1位 津河井 栄幸 1000/1000 S”の文字。二位とは十点近くも離れている。

ほっ、と安堵の息を吐いた。

……星科はどうなったのだろう、そう思いクラス表を上から順に目を通す。

しばらくして、星科の名前を見つけた。

”32位 星科志慈 925/1000 A”の文字。

この数週間で随分と落ちぶれたものだなと、心の中で嘲笑う。

ふと気付くと、隣には呆然とした表情の星科がいた。


「A、クラス……」


星科はそう小さく呟き、信じられないといった顔で瞬きもせず文字列を眺めている。

その顔は真っ青で、今にも失神してしまいそうな様子だった。


「……志慈、大丈夫かい」


僕は心配をしている風を装って声をかける。


「あ……、うん、だ、大丈夫。……。僕が、実力不足なだけ、だもんね。もっと、努力しなきゃ……。あ、これ……、プロファイリングのデータ」

「ああ、確かに受け取ったよ」

「一つの事件に対して、複数の考察をあげておいたから今度こそは大丈夫だと思う……。じゃあ、またね」


そう言ってふらふらと立ち去る背中を眺め、ふ、とほくそ笑む。

考査はあと三回。順調に落ちれば十一月中にはDクラスだろう。

十二月の考査で退学を命じられ奴は終わりだ。


星科の背中が見えなくなると、僕は先程手渡された記憶媒体を指で摘んだ。

この莫大な数の解決済み事件のプロファイリングに目を通す気は更々ない。

奴に実力があるのは理解しているが、これを読むのは時間の無駄だ。何の得にもならない。

そのまま辺りを見回し、ある物に目を付ける。


「……データチップは金属ゴミだったな」


ホールの隅にいくつか並んでいるゴミ箱のうち、プレートに”金属ゴミ”と表示されたゴミ箱にそれを投げ入れた。

ぱぱっ、と手を払い踵を返す。

そしていつものように教室へと向かった。


……


同じ事を繰り返し続け、ひと月、またひと月と経てあっという間に十一月末になった。

月初めに星科はDクラスに落ち、計画は至って順調。星科が僕を一度として疑わず信用しきっている事には驚きだが。

そのままでいてくれるのなら、そのまま僕を信用したまま消えてくれるのを望む。その方が、気が楽だ。

明後日からは十二月の考査が始まる。奴がこれからいくら努力したところでCクラスに這い上がるのは無理だろう。

そして奴は退学。ようやく僕の平穏な生活を取り戻すことが出来そうだ。


「さてと、帰るとするか」


課題が一通り終わり、誰もいない教室でそう独りごちる。

窓の外を見ると酷い雨が地面を打ち付けていた。

先程までは晴天だった筈なんだけれど。

傘を持ってきていない事に気付き、溜め息を吐く。

この酷い雨の中をずぶ濡れになって帰るのは体調を崩しかねない。

仕方がない、タクシーでも呼ぼうと考えて端末を操作する。


「……栄幸君」

「……!」


不意に声を掛けられ、手を止めた。振り向くと教室の入り口に疲弊しきった様子の星科が。

生気のない目に、目の下に黒く縁取られたくま、それに加え髪は肩下程までに伸びていてまるで浮浪者のような出で立ちだと感じた。

入学当初の好青年のイメージはもうどこにもない。

……全く、驚かせないで欲しいものだ。


「志慈か。君もまだ残っていたのかい?」

「……」


こちらをじっと見据え、言葉を発しない星科。その気味の悪さに少しだけ悪寒を感じる。

すると、奴は自分の鞄の中に手を入れ探し物をするかのようにごそごそと動かし始めた。

一言も話さない星科に対し、一体何だというのだと苛立ちを覚える。


「……これ、どういう事か説明して貰えるかな」


星科が鞄から取り出した物を床の上にばら撒いた。

ぱらぱらと音を立て、沢山の”それ”が床に跳ねて四方に散る。

”それ”は僕がいつも捨てていた筈の記憶媒体、データチップだった。


「……それは」

「……今日の昼の事だった。事務員の一人に、”このチップ、君のだったんだね? やっと判明したよ”、そう呼び止められて。金属ゴミに出される記憶媒体はね、個人情報保護の為に中身を確認してデリートしてから捨てるんだって。

その作業の際にこの中身を見た事務員が、開かれた記録が無いのを疑問に感じて、捨てちゃいけないものなんじゃないかと思ってずっと保管してたって言うんだ。でも名前の表記がどこにもないから、返せなくて、そうしたら最近、僕が消し忘れた僕の名前があって、僕の物だと分かったらしい。……それでね、いつから保管してたのか、聞いたんだ。返ってきた、答えは……」


少しの間の沈黙。

星科は唇を震わせながら、深く息を吐くと言葉を続けた。


「……四ヶ月以上、前から、だって」

「……」


僕は星科に背を向け、窓の外を眺める。

相変わらずの土砂降りだ。天気は早々変わるものではない。


「それって、さあ、僕に、プロファイリングの協力して、って言ってくれた、時、だよね……?」


雨の音に混じって、こつ、こつ、と足音がゆっくり近付く。

端末を眺めると、時刻は既に六時を回っていた。


「最初から、僕の、プロファイリング、全く見てなかった、なんて、そんなんじゃ、ないよね……?」


足音が背後に迫り、止まる。


「僕、信じてる、から、本当の事話してよ……!!」


ぐいっと肩を掴まれ、強制的に星科と向き合う形になる。

星科は目に涙を浮かべ、必死そうな表情をしていた。

僕はその顔を見下ろし、眼鏡を中指で押し上げ口角を吊り上げた。


「バレてしまっては仕方がないね。本当の事を話すよ」

「……!!!!」


星科の顔が、絶望に歪んだ。

星科の手を思いきり振り払い、突き飛ばす。

小さく悲鳴を上げて倒れ込む星科に、僕は侮蔑の念を込めた目を向けた。


「君のプロファイリングになど、目を通すわけがないだろう」


くくく、と小さく笑いながらはっきりと告げる。

星科は口をぱくぱくとさせ、声も出ない様子だ。何とも間抜けな顔をしている。

そのような星科の様子が可笑しくて、可笑しくて、僕は堪えられず声を出して笑ってしまう。

そしてたたみかけるように、僕は言葉を続けた。


「プロファイリングの件だけではない。全て、君を蹴落とす為に仕掛けた罠だ。見事に騙されてくれた様子で、本当に有り難いねえ、はははは!」


声を出して笑う僕を、信じられない、信じたくないといった目で見つめる星科。


「……どういう、こと、う、そだ、嘘だ!!」


星科は必死に声を絞り出す。


「残念ながら、嘘ではない。まず初めに言っておこうか。プロファイリングの協力要請があったなどという話は僕の嘘だ」

「!!」

「僕は君の時間を奪い精神肉体共に衰弱させる為、君に莫大な数の既に解決している事件の資料を与えプロファイリングさせていたのだよ。

よって君がそれにかけた膨大な時間は無駄で、無意味で、全く無価値だったという事だ。正に、ゴミ箱に入るのに相応しいゴミという訳だな。

そのゴミに時間を費やしてしまった所為で勉学もままならず睡眠も取れず、だったのだろう? それを君は自分自身の実力不足だと思い込んでいたようだが、全ては僕の嘘が原因だ。それなのに君は全く僕の事を疑っていなかったようで非常に心苦しかったよ」


星科は涙をぼろぼろと零し、頭を抱えて俯いた。

その手はぶるぶると震え、汗が滲んでいる。


「そん、そんな、そん、な」

「ああ、そうだ。入学してまもなく、君が”友達”から避けられるようになった事があるだろう? あれも僕が仕組んだ事だ。

あれは君を孤立させる為にね、君の”友達”に、君への不信感を募らせるように僕が少しばかり刺激を加えてあげたのだよ。

”星科志慈は君達を見下している”という嘘を吐いてね。その直後だったかい、彼らが君を避け始めたのは。ははは、全く容易なものだったよ!」


耳を塞ぎひたすら首を振る星科の横を笑いながら通り過ぎ、その背後からさらに言葉を投げつけた。


「僕は入学当初から君が邪魔で邪魔で仕方がなかったのだ。そして、今年中に君を退学に追い込む為の計画を練り、今まで誰にも疑われないようにやってきた。

気付かなかったかな? 気付く筈もないけれどね。まあ何にせよ次の考査で君は退学を命じられ、終わりだ」


教室の出口へと歩みを進める。

扉の前に立つと床に座り込んでいる星科を振り返り、嘲笑った。


「今までどうも有り難う、志慈。役立たずの無価値なゴミは、相応しい場所に帰りたまえ」


扉がシュッと音を立てて開き、廊下に一歩足を踏み出す。


「――なんでっ、友達だって、言ってくれたじゃないか!!」


教室に響き渡る星科の叫び。

それに対し、大きな溜め息を吐いてから答える。


「”友達”……? 君を利用する為の嘘に決まっているではないか。そのような甘い言葉だけで容易に他人を信用するなど、君は無能で低俗な人間と同等だな!

ああ、こう言った方が理解しやすいかい? 『僕は君を”友達”などと思った事はない。”友達ごっこ”をしていただけだ』」

「う……、そんな、あ、てるゆ」

「もう君に用はない。二度と僕に関わるな」


涙を目に溜めこちらに顔を向ける星科に背を向け、廊下に出ると、扉は自動的に閉ざされた。

口角を吊り上げたまま、扉に向かって小さく呟く。


「……さようなら、志慈」


……


考査は無事終了。

いつも通りの結果に満足し、いつも通りSクラスの教室に入り、いつも通りの席に着く。

恐らく今頃、星科が退学を命じられているところだろう。

そう考えただけで、思わず笑みが零れてしまう。


「……! ……だ! ………ろ!」

「…………ない! ……が、……!!」


ふと、廊下が騒がしい事に気付く。

授業を始めようと教壇に立っていた教師も気付いたらしく、不快そうな表情を浮かべていた。


「様子を見てくる。少し待機していろ」


教師がそう言って前方の扉に向かう。

しかし、それよりも早く後方の扉が開かれた。

そこに立っていたのは――


「ツガイテルユキいいいいいいいいいい!!!!」


――血に染まったシャープペンシルを片手に、憎悪に顔を歪ませ怒号を上げる星科だった。


「……!!」


飛び出そうな程に見開かれた目は充血し、額には血管が浮き出ている。

全てを暴露した時の面影は一切ない。

あるのは、肌で感じる程の憎悪と殺意。

思わず身震いをする。


「おまえっ、おまえのせいで、ぼくはあああああぁぁあぁああああぁあぁあ!!!!」


そう叫びながら教師の制止を振り切って突進してくる。

――まずい、予想の範疇を超えた行動だ。

出来る限り遠ざかろうと教室の隅の方へと走った。


「ゆるさない、ゆるさないゆるさないゆるさないころすころすころすころすころす!!!!」


――駄目だ、逃げ場がない!!

辺りを見回して武器になりそうな物を探すが、対抗できるような物はない。

このままでは、確実に――


「うわあああぁあぁぁあぁあああ!!!!」


いつの間にか、星科が目の前に。

雄叫びと同時に、振り上げられたシャープペンシル。

冷や汗が額を伝う。

――刺される!

本能的な危険を感じ、左腕で顔を覆った。


「――がっ……!!」


と、同時にゴッという鈍い音。

どしゃりと倒れ込む星科。

その背後には無表情のまま椅子を手にしている教師。

何とか助かったと、安堵してその場に座り込む。


「……津河井、お前が相当にあくどい手段を用いてこいつを蹴落としたのかを理解した」


教師のその一言がぐさりと突き刺さった。

罪悪感がじわりじわりと脳内を浸食していく。

……そうだ、僕は。


「しかしそんなことはどうでもよい。怪我はないか」

「……はい、ありません。とんだご迷惑をお掛けしました」


差し出された手を握り、立ち上がる。

制服を軽く払い倒れている星科に目を向けた。

奴は苦しそうに顔を歪め、目の縁から一筋の涙を流す。


……僕は、本当に。罪深い事をしてしまった。


数名の教師が訪れ、星科を教室から引きずり出していく。


――それが、僕が最後に目にした星科の姿だった。


……


僕は、本性が暴かれた挙げ句に”一番”を盗られる事を恐れて、友人になろうとして近付いてきた人を欺き、精神を狂わせ、罪を犯させた。

それが、許し難い、人道から逸れるような行為をしているという自覚はあった。

いつも罪悪感が心を押し潰すからだ。勿論、それが消えた事なんて、一度たりとも無い。

それなのに、僕は、僕自身の立場が奪われ本性が露見する事の方を恐れた。

空っぽ。空虚。虚無。

そんな僕の存在が無意味で無価値な塵芥のようなものだと知られる事の方が恐ろしかった。

 

どれだけ恨まれようとも、憎まれようとも、嫌われようとも僕は僕を隠し通す事を優先した。

おかげさまで僕は嫌われ者となり、疎まれる存在になった。


寧ろ嫌ってくれた方が僕にとっては都合が良かった。

人間として最底辺の僕に、人と笑い、手を取り、感情を共有し合い、幸せになる権利はないのだから。


「僕は救われてはいけない、人を近寄らせてはいけない、手を差し伸べさせてはいけない」


その決意を理解してくれる人なんて必要ない。

僕は死ぬまで僕を隠し通す。


「凡人のくせに僕に近寄るな」「僕は特別な存在であり、君達とは違う」


そう口にして人を遠ざけ、傷付ける事。

――それが、後悔しかない津河井栄幸という僕の人生への、せめてもの贖罪だ。


次回から第四話となります。これからもよろしくお願いいたします。

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