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Eleven geniuses  作者: 雪氷
第三話 ~赤い涙〜
23/32

「――おはよう栄幸君!」


背後からの明るい声に、ぴたりと歩みを止める。

その声の主がぱたぱたと足音を立てながら肩を並べた。


「……おはよう」


そちらに顔を向け、挨拶を返す。


「突然で申し訳ないんだけど、学校着いたらさ、犯罪心理学のレポート見て貰いたいんだよね。良いかな?」


星科のその言葉を次の段階へ進むためのチャンスと見て、行動を起こした。


「ああ、構わない」

「やった! ありがとう!」


僕が許諾の意を示すと、星科は嬉しそうに顔を綻ばせた。

……そろそろ、頃合いだろうか。

意を決して、”ある言葉”を口にする。


「当然ではないか。だって、僕達は”友達”だろう?」


そう言って作り笑いを浮かべた。

……食い付くに違いないと思いつつも、心配になり星科の様子を窺う。

ぴくり、肩を震わせて立ち止まる星科。

まさか、怪しまれたか?


「……栄幸君から言って貰えるなんて、思ってもみなかったな」


星科は顔をこちらに向けると、驚きを孕んだ声で小さく呟いた。


「……何だい、不満かな」


僕が不満そうに顔を顰めた事に気付いたのか、慌てて両手を胸の前で振り、僕の言葉を否定する。


「いやいや、寧ろ逆! すごく嬉しいよ。……友達、か、へへ」


顔を伏せてしまった為表情は見えない。しかし、ひしひしと伝わってくる喜びの感情。

……認めて貰えた、という喜びからか?

予想以上の喜び方だと感じた。

それだけこの三ヶ月間、僕が努力をしたという事か。

この調子なら疑惑の念を持たせずに計画を進められそうだ、と安心する。


「志慈、僕からも頼み事があるのだけれど、いいかな」


ぱっと嬉しそうな顔をこちらに向ける星科。


「何? 何でも言ってよ」


言ってから、後で話した方がいいなと思い直す。


「……先程言っていたレポートを見終わった後に言うよ」

「うん、分かった!」


そしていつものように校門を潜り抜け、生徒玄関へと向かった。


……


「……とても良質の内容だと思うよ。教師も文句の一つも言わないだろう」

「本当? 良かった! 少し心配だったんだよね、この範囲」


内容をざっと眺めて適当に褒め言葉を述べ、二十枚綴りのレポートを返す。

星科はほっと安堵の溜め息を漏らすと、レポートをファイルにしまい込んだ。


「それで、今朝言ってた栄幸君の頼みって何?」

「ああ、そうだったね」


僕は姿勢をより正して、袖を捲り腕輪型端末を操作する。

ちらりと様子を窺うと、星科は不思議そうな表情をしていた。


「今まで話していなかったけれど、僕は実際に勃発している事件のプロファイリングを任されているのだよ。プロファイラーから直々に事件解決に助力して欲しいと言われてね」


僕がそう言うと、星科は目を丸くし、えっ、と小さく声を漏らした。

その目には、驚きに加えて仰望の念が感じられる。


「すごいね!! 警察からオファーが来たって事?」

「そういう事になるね」

「いつから?」

「中学二年生の時から」

「今まで何件ぐらい?」

「……数えられる程の数ではないな」


星科は興味津々といった様子で、容疑者を尋問する刑事のように質問を投げかけてきた。

奴もまたプロファイラーを目指しているからだろう。


「へえー、すごいなあ……。僕、プロファイラーになるの夢なんだよね! こんな身近にいるとは思ってなかった! どんな事件が一番印象に残ったとか聞いてもいい?」

「そこで、なんだけれど……」

「……?」

「協力して貰えないかな、プロファイリングに」


僕がその言葉を口にすると、星科は驚きのあまり言葉を失っていた。

口をぽかんと開け、間抜けな表情をしている。


「実の所、人手が足りていなくてね。プロファイリングが出来、また信用出来る人間がいればその者に協力を要請してくれないかと、上司から言われていたのだ」


そう嘯き、奴の反応を待った。

数秒間を置いて星科は口を開く。


「えっ、僕が!? いいの?」

「君だからこそだよ。君は信用の出来る人間だと思うし、それに先程のレポート然り、君は素晴らしい考察力を持ち合わせている。協力者として最適な人材だと、僕は思った」


煽てて、奴を乗り気にさせる。

星科は憧れの職業への参与、”君だからこそ”という自分が特別であり、認められたという喜びから確実に話に乗ってくるだろう。

全く単純で分かり易い奴だ。


「も、勿論だよ!! 今まで憧れてるだけだったのに、関われるなんて、本当に嬉しい」


星科は目を輝かせ身を乗り出して即答した。

予測していた通りに事が進みすぎて、若干心配になるくらいだった。


しかし、ここでの協力は僕の計画上のみで実際は何の意味も持たない。

僕以外のプロファイラーとして関わる事もなければ、事件解決の助力にもならない。

奴に”仕事の協力”として与える資料は全て過去に僕がプロファイリングし解決したものだけ。

それらの事件は表立ったものではないので解決済みだとばれる事は無いだろう。

なのでどれだけ素晴らしい結果を出したとしても、奴の行動はただ後を追っているだけで、全て無意味で無駄で無価値だという訳だ。

日に日に与える資料の数を増やし、奴の行なったプロファイリングが正しかろうが正しくなかろうが全て否定し、徐々に徐々に、プロファイリング以外に使う時間を奪い、追い詰めていく。

星科は自分を認めて欲しいと躍起になり、執着する筈だ。

もしも、「やりたくない」という類の事を言い出したら、決して止めさせないように言葉を選ぶだけの事。

そして、睡眠時間の搾取や成績の低迷で精神的に衰弱した所で、切り捨てる。

その結果、奴が不登校になるか、自主退学せざるを得ない状況下に追い込ませたら、僕の計画は成功だ。

そうなれば、今の所星科以外に脅威となる人間は思い当たらないし、首席になれるのは間違いない。


「ありがとう、栄幸君! 僕、力になれるように頑張るよ!」


星科は僕が何を考えているかなど知りもしないのだろう。

今までにない程の喜びを表した笑顔をこちらに向けていた。


「ああ、頼むよ」


それに対し、僕は笑みを貼り付け答えた。


……


三週間後。翌日に考査を控えた月曜日の放課後。

僕は五十程度の過去の事件資料が入った記憶媒体を手にして、教室で星科を待っていた。

まだ来ないのかと少し苛立つ。

腕輪型端末に表示されている時間を見ると、既に五時を回っていた。


「……ごめん、遅くなっちゃって」


そう言って現れた星科は目の下にうっすらと”くま”を作っており、そしていつもの微笑はなく、暗い表情をしていた。

教師に呼び出されたと言っていたが、恐らく成績の事だろう。

ここ一週間、毎日、毎時間の小テストで満点を取れない者として、晒し上げられていた事を思い出す。


「……別に構わない」


星科の異常に気付かないふりをして、気にしていないと装いつつ答える。。


「次のデータを渡したかっただけだからね」


そう言って、小さなプラスチックケースに入っている記憶媒体を手渡した。

星科はゆっくりとした動作で受け取り、それに記載されているコードを腕輪型端末のレンズにかざしてスキャンし始める。

そしてホログラムに表示された情報量を見て、目を丸くした。


「……これ、全部、僕が?」


そう言って、小さく溜め息を吐く星科。

それもそうだ。

何せ、今まで三十程度の資料を渡しプロファイリングを頼んだが、僕はどの結果も認めず”最初から考え直して欲しい”とやり直しの宣告をし続けて来たのだから。


「ああ、以前の手直し分もまとめて頼むよ。来週の月曜日までに」


そう告げ、立ち去ろうと背中を向ける。


「ちょ、ちょっと待って! これは無理だよ、僕、最近頼まれたものにばかり時間とられちゃって、それで、成績落ちちゃってさっきも呼び出されたし、明日の考査の勉強も殆どやってないんだ……」


引き止められ、振り向いた。

星科は本当に余裕がないといった表情をしている。


「せめて、もっと時間を……」

「……何だって? ”頼まれたものばかりに時間をとられて”だと? まるで頼んだ僕が悪いとでも言いたいような言い方ではないか」


僕はあからさまに不機嫌そうな表情を作り、星科を睨んだ。

星科は慌てたように首を振る。


「ち、違うよ! そうじゃなくて……」

「”もっと時間が欲しい”? 馬鹿な事を言わないで貰いたいな。事件解決は時間が経てば経つほど困難になるのだよ。それにプロファイリングを遅らせるという事は、捜査の手を滞らせ、犯人逮捕が遅れる事になる。

そして犯人は新たな事件を起こし、市民の安全を脅かすのだ。分かるだろう? 自分の都合でどうこうしていい問題ではない」

「……」

「”プロファイリングの所為で成績が落ちた”とも言っていたね。僕はこの通り勉学面でも仕事面でもどちらも両立させている。

という事はただ単に君が実力不足なだけだ。それなのに、僕やプロファイリングの所為にしないで欲しい」


僕ははあ、と大きく溜め息を吐き、眼鏡を押し上げた。

星科は無言のまま俯いて何も言わない。


「……君は出来る”友達”だと思ったんだけれど、どうやら勘違いだったみたいだね。君には失望したよ。もう協力は頼まない」


……さて、奴はどう出る?

くるりと背を向け、鞄を手に持ち教室から出ようと一歩を踏み出す。


「待って!!」

「……」


星科の、僕を呼び止める声に顔だけをそちらに振り向かせた。

星科は今にも泣き出しそうな表情をしている。

……ここで泣かれても困るんだけれど。

僕は眉間に皺を寄せたまま、星科の言葉を待つ。


「ごめん、そう、だよね。僕が頑張れば良いだけなのに、栄幸君の所為にするような事、言ってごめん。僕、頑張るから、努力するから……! 

全部、来週までだよね、ちゃんと、間に合うように、やってくる」


そう言って必死に”友達”を繋ぎ止めようとする星科は無様で滑稽で、思わず笑いが込み上げた。

笑みを悟られないように顔を俯かせる。

しっかりと釣り針に掛かってくれているようだ。

あとは、このまま続けて、奴がDクラスまで落ちるのを見届けるだけ。

僕の完全勝利は目前。

もうすぐ、もうすぐだ。


「……すまない。キツイ言い方をしてしまって」

「いや、栄幸君が謝る事じゃないよ。気付かせてくれてありがとう、僕、頑張るね。じゃあ、また、明日」


僕が謝ると星科はそう言ってへらっと笑い、急いで教室を出て行った。

残された僕は、その背中を見てふん、と鼻で笑う。


「馬鹿のくせに出しゃばった事、存分に後悔するといい」



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