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Eleven geniuses  作者: 雪氷
第三話 ~赤い涙〜
18/32

……


僕は運動はからっきしだった。

芸術も全く理解できなかった。

だから勉強に向かった。

答えが明確な勉強ならば出来る、という謎の自信があった。

勉強が出来るという能力を身に付ける、そう決めた瞬間から、寝る間を惜しんで勉強に励んだ。

国語、算数、理科、社会、英語、今まで授業以外で全く目にしていなかった新品同様の教科書をぼろぼろになるまで繰り返した。

参考書をこっそり沢山買って、それもぼろぼろになるまで繰り返した。

一年間で学ぶ筈の事を二週間で学び、さらに上の学年で学ぶ筈の事を三週間で学んだ。

それに、あらゆる辞書を踏破した。

僕に能力が身についていく事を感じていた。


「……僕は無能なんかじゃないんだ」


スタンドライトに照らされた参考書を見ながら、そう言って笑った。


……


「栄幸くんが学年修了の学力テストで、県内一番を取りました!! みんな拍手!!」

「うわ、すっげーマジかよ! 栄幸って頭良かったんだな!」

「すっごーい!!」


拍手が教室を埋める。

みんなが僕を賞賛する。

僕は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


「あはは、なんか照れるなあ」


そう言いながら首筋をかいた。本当に、照れくさい。

すごい、すごい、みんなが僕の能力を認めてくれる。

僕が無能じゃないと教えてくれる。

僕の居場所はこれだ、出来ることはこれだ、そう確信する。


「すげーな栄幸ー! 前まで僕とおんなじくらいの成績だったのにー!」


隣に座っていた由都がそう言って僕の肩を小突いた。

そういえば、そうだったなあ。


「へへへ、僕、頑張ったから」


僕は本当に頑張ったんだよこの半年間。

だから、由都とは違うんだよ、みんなとは違うんだよ。

僕は誰よりも勉強が出来るんだ。

県内一番なんかまだまだ序の口。

次は全国一番だ。僕は同年齢の人全ての上に立つ。

僕にはその能力があって、また、そうなるべき存在なんだから。


……


「もう六年生かあ、時の流れは残酷……」

「本当にそうだよね。僕も驚きだよ」


由都の言葉に、眼鏡を押し上げて、あははと笑う。


「栄幸はさ、結局中学どうすんの?」

「僕は藤神高等学園付属の中学校を受験する」


僕がそう言うと、由都はげげっといった表情をして、溜め息を吐いた。


「そりゃそうだよなあ……、五年の時から学力テスト全国一位連覇者だもんね……」

「そんな大袈裟に言わないでよ」

「あーあ、同じ中学行けば中学校生活数百億万倍楽しめると思ったのにー」

「数百億万倍って……。億か万いらないでしょ」

「あ、そっか」


そういう由都は、僕と違って受験のいらない公立中学校に進学するらしい。

相変わらず、運動は出来るけど勉強はダメで、受験なんて恐ろしいものやってたまるか! と嘆いていた。

それが由都らしくて、思わず笑ってしまった事は彼には秘密だ。


「まあ、色々大変だと思うけど、受験勉強頑張ってな!」

「うん、頑張るよ。まずは明日の学力テストだけどね」


僕の言葉を聞いて、はっと思い出したように頭を抱える由都。

毎度毎度の事だけれど、とても面白くてついついからかってしまう。


「うえええええ、僕明日休むわ……」

「仮病禁止」

「……ごほっ、ごほっ、あれ? 風邪かな……」

「嘘ばればれ」

「嘘じゃない!」

「わ、そんな大声出して元気いっぱいだね由都くん」

「栄幸ひどい! あと何その口調キモい!」

「あはははは」


僕が腹を抱えて笑っていると、由都はギャーギャー文句を言いながら僕の頭をすっぱたいた。


……


今回の学力テストの結果も当然全国一位。

当然満点。

みんなが僕を賞賛する。

拍手が僕を包み込む。

視線が僕に釘付けになる。

全て当たり前だ。


「お前、こんだけ頭良かったら将来の夢どんなものでも叶えられるじゃん!」


誰かが言った。

……将来の、夢?


「やっぱ社会にコーケンするような仕事?」

「医者とか? 学者とか?」


それを皮切りに僕が将来何になるかを全員が話し始めた。

僕の、将来の、夢?

……そう言えば、なんだろう。一度も考えたことがなかった。

今考えてみても、特になりたいものは一つも無かった。

何故だ、何故、何もない? 沢山、”勉強”、したのに。


「俺はパイロットになりたい!」

「お前の夢は聞いてないっつーの!」


それに対するみんなの笑い声が僕の耳に突き刺さる。

みんなは、何故、そういとも簡単に答えられる? 僕に、夢は、ない。


「で、栄幸は何になりたいの?」


由都がにこっと笑って僕に問うた。

僕は何も答えられず、俯くしかなかった。


……


……僕は空っぽだった。

中身が何もないただの空っぽの人間だった。

ただひたすらに”勉強”をしていただけだ。

賢くなった気になっていただけだ。全てを知った気になっていただけだ。

僕にとっての”勉強”とは、自分の中の劣等感を打ち消し、優越感を得て、”勉強”が出来る自分という居場所を手に入れる為だけの、なんともくだらない行為だった。

僕は僕自身がいかに愚かだったのか、気付かされ、絶望した。


『……結局ねえ、そういう人って居場所を得る為に頑張ってるだけなんだよね、ただ優越感を得る為だけなわけ』

『……それに自分自身が気付いた時、虚しくなって死んじゃうの』


いつだったか、耳にした言葉が脳裏を過ぎり、心に突き刺さる。

……虚しい。

僕には何もない。

何も、何も、何も、何もない。

尊敬されるような所も、称えられるような所も、褒められるような所も、何一つもなかった。

僕は「みんなとは違う」と人を見下していたクズだ。

僕は「由都は馬鹿だなあ」と人を嘲笑っていたクズだ。

僕は、クズだ。

そう、


「ぼ、僕は、ぼくは、ぼくは」


――僕は、最底辺の人間だった。


そして僕は嘘吐きになった。

空っぽの自分の本性を隠し通す為に、傲慢で横柄な態度を取り、人を見下した、人を嘲笑った、人を貶した、人を蹴落とした。

どんな形でもいい、隠してしまえと考えて。

……それが原因で、僕は多大な事件を起こしてしまった。


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