Ⅶ
「皆、君を殺す事に決めたみたいだよ、残念だったね」
「い、い嫌だ……! 僕は、そんな、父さ、ん、母さ」
星科の言葉に反応し、津河井はぶるぶると首を振って言った。
……本当に死ぬのだろうか? 先程の銃はモデルガンではなかったのか? 未だにそう疑う自分がいる。
どんな結果であれ、事実を受け止めると覚悟した筈なのだが。
心臓の鼓動が焦燥感を煽る。
早く教えてくれ、この状況は一体何なのか、何が目的なのか。
「さようなら栄幸君。今までどうもありがとう」
星科は口角を釣り上げ、濁った目に輝きを浮かべながら目一杯の皮肉を込めて言い放った。
そして、手元のタブレットを操作し始める。
誰かの唾を飲む音が、聞こえた。
流れるような指の動きを注視する。
その動きは数秒後には止まり、妙な機械音が部屋を飲み込んだ。
「何? 何だよ!?」
柊が音に恐れるように叫ぶ。
歯車が軋む音? 鎖が擦れ合う音――?
部屋自体が振動している、一体、何が起きている!?
「皆さん動かないでくださいね、すぐ終わりますから」
星科がにこやかに言う。
こいつ、確実に――
「僕は!! 知られたくなかっただけなんだ!!」
――突如津河井の叫び声が、部屋中に、響き渡った。
機械音が一段と大きくなる。
そして、部屋全体が大きく揺れた。
ふっ、と目の前が真っ暗になる。
「なんや!? 電気が!!」
氷石の動揺した声が聞こえた。
ひゅっと冷たい風が頬を撫でる。
その違和感にはっとなる。
ここには風が通るような場所はなかった筈だ! 何が起きて――
「――がはっ、ぐぼ、」
――何かを、貫く音。
声にならなかった悲鳴。
ぶしゅ、と何かが吹き出る音。
「――は?」
誰かの間抜けな声とともに沈黙が訪れる。
暗転した部屋の中。
複数人の呼吸。
液体の滴る音。
鉄の臭い。ひどく、臭い。
「な、何……?」
神之崎の声が心細さを含んで暗闇を通り抜けた。
自分の頬に汗が伝うのを感じる。
鳥肌が収まらない。何故だ。
決して、寒いわけではないのに。
「申し訳ございません……、どうやらショートしてしまったようです。じきに復旧しますのでお待ち下さい」
星科の声だ。
その言葉を聞いた途端、今すぐにこの部屋を抜け出したい。そう思った。
煌々と灯る蛍光灯に照らし出されて露わになる存在に目を向けたくはなかった。
見てはならない、何かの存在に。
「復旧します」
星科の言葉と同時に目の前が白くなっていく。
暗闇に馴染んだ目が明るみを拒んだ。
どくん、どくん、と心臓が高鳴る。
今までこんなにも心臓が跳ねたことはあっただろうか。いや、なかっただろう。
うるさく鳴り響く鼓動を抑え込むように胸の上で拳を握った。
白んだ景色が徐々に明瞭なものへと変わる。
赤い床。赤いもの。
存在の傍らに転がっている、ヒビが入った眼鏡。
あれには、見覚えがある。
そう、先程まで、津河井が掛けていた物だ。
どくん。
――何故?
「――ッ!!」
「きゃあああああああ!!!!」
「うわああああああ!!!!」
悲鳴。
血肉。
込み上げる吐き気を無理矢理飲み込む。
喉の奥に胃液の酸味を感じた。
目を向ける事が出来ない、認められないあり得ない。
――津河井が、一瞬で、血肉に。
上下左右から、幾つもの巨大な針が飛び出し津河井の身体を貫いたのだ。
俺の頬を掠めた風は、この針が飛び出した際の勢いによるものだった。
どこか冷静な自分が、そんな様子を虫の標本でも見ているようだと考えている。
津河井は、絶命しきれていないのか心臓の微弱な鼓動に合わせて、身体がびくりと跳ね、血が零れ、血溜まりに波紋を作った。
赤い、赤い、血が、じわりと床に広がる。
鉄臭さが、部屋に充満して。
先程まで生きていた人間の命が、絶たれたという証拠。
予想だにしない酸鼻な光景に心臓がひっくり返るような衝撃を受けながらも、いつもの冷静さを取り戻そうとした。
落ち着け、落ち着け、と暗示を掛けるように何度も心の中で呟く。
「津河井栄幸、No.8、脱落しました。次の解答者に移って下さい」
星科はにやける口元を押さえながら淡白に言った。
信じられない、認められない、俺の覚悟は本気では無かった事を思い知らされる。
呆然と立ち尽くしていると、ぶちっ、ぶちゅっ、という異常な程に嫌悪を感じる音とともに、巨大な針が引き抜かれ、肉塊が床に投げ出された。
どしゃり、と転がるそれは、もう微動だにしない。
……あれが、人間……? 血が……広がって……。
「ぐっ……」
こんなものを見た所為だろうか、頭が、痛い。
こめかみを押さえ痛みを和らげようと試みる。
「なん、でや……」
氷石の怒りに震える声が耳に入り、こめかみを押さえたままそちらに顔を向ける。
床に座り込んでいる御月、腕を組んで顔を背けている闇野、顔面蒼白の神之崎と悠川の姿と、その先頭に立つ氷石の姿が目に入った。
「何でこないな惨い事するんや!!」
部屋全体を揺るがすような怒号に耳鳴りを覚える。
星科はそれを笑顔で眺めている、何とも言えない嫌な笑みだ。
「貴方がたが望んだことでしょう? こいつは足を引っ張る、邪魔だ、本当に死ぬんだろうか? 試しに”脱落”させてみようか、ってね」
「……!!」
「ふふふふ、残酷ですね、皆さん。彼が死ぬ前までは殺そうとしていたのに、死んだ後になれば何故殺した? 何でこんな酷い事が出来るんだ?
ここまでする必要はなかっただろ、そう言って殺した人間を責め立てる。貴方がたにとって邪魔な人間が消えたのだから、本当は感謝すべきなのに」
星科は立ち上がり、向こう側の部屋をゆっくりと歩き回る。
奴の言う通り、俺達は津河井を切り捨て、試した。
最初の部屋、星科の持つ拳銃。それらを身をもって、また、目にして知り、これが馬鹿げたバラエティ番組ではないと何度も気付かされていたのに、希望的観測を捨てきれず期待して試した。
そして、不利益な人間だと断定し排除しようと俺達は結託し、殺したんだ。
「まあいいですよ、人間なんてそんなものです」
誰も言い返せずに黙っていると星科が口を開いた。
たっぷりと嫌味が含まれた言葉だった。
「では次の解答者に移ります。次はどなたですか?」