Ⅵ
大変遅くなりました申し訳ございません……。私事で休載させて頂いてました……。
「駄目です。言った筈ですよ、解答者が”脱落”するまで交代は不可能だ、と」
「なっ……!」
思わぬ答えに驚愕した。
随分と間抜けな声を発してしまった、と思い口をに手をやる。
「せやけど、あんな状態やったら答えられるもんも答えられへんで!?」
氷石もまた星科の口から出た言葉に不満を感じたようだ。
焦燥感に駆られたように早口で捲し立てる。
「答えられなかったら、脱落です」
「でも……!」
御月が加勢しようと口を出した。星科はそれを遮り冷たい表情のままさらに答える。
「それに、時間を心配する必要はありませんよ。最初に言ったことお忘れですか。水城君」
打って変わって、にこりと不器用に笑い星科は言った。
忘れる訳がないだろうが、ついさっきの事なのに。そう軽く苛立ちを覚えて舌打ちをする。
「忘れてなどない。二十分間の解答時間の事だろう? 俺はそれを踏まえた上で……」
「それなら良かったです」
……くそ。話を聞く気は微塵もないらしいな。
星科はもう俺に目を向けてはいない。
「少し邪魔が入りましたが、一つ目の質問です。”この容疑者の性格”を簡潔にまとめて答えてください」
津河井は相変わらず身を震わせながら、耳を塞ぎ呪文を唱えるかのように「違う、僕の所為じゃない」と繰り返し始めた。
その狂的な態度は宗教に取り憑かれた信者と例えても差し支えないだろう。
「後五分しかありませんよ、栄幸君。ほら早くしないと。脱落していいんですか?」
津河井は何も言葉を返さない。
……駄目だ、津河井は脱落を免れない。
こいつらに何があったのかを知ったとしても、今、津河井の精神状態を元に戻す事など出来ないだろう。
諦めるしかないようだ。
はあ、と一つ溜め息を吐く。
俺はひどく長く感じられる一分一秒の中で次第に、津河井が脱落したところで何の支障も無いのではないかと思うようになっていた。
奴は今まで足を引っ張ってきたのだ、寧ろ脱落して貰った方が良いのではないか。
今のところ奴は俺に対して不利益しか与えていないし、利益を与えないのならいようがいまいが変わらない。
それに、”脱落”という事が死に直結するとは限らないしな。……まあ、その可能性は低いだろうが。
俺は口を噤んで成り行きに身を任せる事にした。
「あと三分。ほら、首席の君なら簡単に分かるよね」
星科がにやけつつ解答を急かす。
「つつつ、つつ津河井さん!」
悠川が顔に沢山の汗を浮かべながら津河井の肩を揺さぶった。
津河井はひいっと小さく悲鳴を上げると腕を振り上げ、それを拒む。
「……んな奴死んで貰った方がいいんじゃね?」
すると突然哀田がぼそりと呟いた。
俺を含めた全員が哀田に視線を注ぐ。
やはり哀田はそう思っていたか、当然だな。と、先程の些細な事件を頭に浮かべた。
「な、何を言っているか分かっているのかね、哀田くん」
稲垣が赤い瞳を持つ隻眼を大きく見開きながら言った。
「考えてみろよ、さっきからこいつ俺達の邪魔しかしてなかったじゃねぇか。チームワークっつうの? 乱しまくってよ、出しゃばって結局この様だぜ」
哀田はふんと鼻で笑って、握った拳の親指を津河井に向ける。
……お前が言えた事ではないだろう。だが、正論ではある。
周囲の顔を窺うと、数人も同じような事を考えていたようで、既に腹を決めた者もいるようだった。
納得が行かないという表情を浮かべているのは二人。
稲垣と御月だ。
「それはあまりにも浅見ではないのかね!? 人の生死に関わる問題なのだよ!?」
「そうですよ!! 何でそんな簡単に!!」
案の定二人は反対意見を口にする。
哀田は二匹の小蝿が耳元にいるのが鬱陶しいとでも言うように、耳に小指を突っ込んでいた。
「皆さんはどうして……!」
御月が、顔を俯かせている数名に声を掛ける。
「ぼぼぼぼくは、た、多数派に従うよ……」
「……第一印象の悪い他人に貸す手はありませんわ」
「ルールだから、仕方ないんじゃないかな」
しかし返ってきたのは、彼女が期待していたような言葉ではなかったようだ。
御月はひどく落胆し、その言葉を発した悠川、才條、闇野の三人の顔を眺めるだけで何も言い返しはしなかった。
「ほら見た事かよ。こんなもんだぜ」
哀田がどこからか取り出した煙草に火を付けそれを口に咥えると、稲垣ににやりと笑いかける。
「どうせお前らも思ってたんだろうが。今更綺麗事言うなよ」
「哀田くん!! いい加減にしなさい!!」
稲垣の怒声に思わず身を竦める。
……普段大人しい人間が怒ると恐ろしいというのはあながち嘘ではないらしい。
哀田はわしゃわしゃと頭を掻きむしると、舌打ちをして口を開いた。
「そっちこそいい加減にしろよ、おっさん。お前のあいつを助けたい精神はよーく分かるぜ? だけどな、状況見てよーく考えてみろや。
ルールを無視すりゃ俺達はここであの妙ちくりんなクソ野郎に撃たれて死ぬんだ。そのルールにゃ”解答者が脱落しない限り交代は不可能”ってのがある。
こっから先は言わなくても分かるだろ、な? アタマの障害者じゃねえみてえだからこれぐらい分かるよなあ?」
「……!!」
ぎりっ、と拳を握る稲垣。憤りを堪えているようだ。
得意げな顔をして煙をぷかぷかと浮かせる哀田は、憎らしい事この上ない。
……馬鹿だな。このような態度をとり続ければ津河井と同じような扱いをされる事に気付いていないのだろうか。
「哀田君。言葉に気を付けなさいな。稲垣君、貴方も分かりやすい挑発にわざわざ乗ってあげる必要はないわ」
才條が二人をたしなめる。
声を掛けられ、冷静さを取り戻したらしい稲垣は、哀田をねめつけながら拳を緩めた。
彼が津河井のような人間でなくて良かったと心底思う。
二人の争いが収まると、その場の空気は完全に哀田の意見に賛同するというものになっていた。
稲垣と御月は諦観の念を表し、悔しそうに顔を歪めている。
……当然の結果だろう。誰だって自分だけは死にたくないだろうしな。