Ⅲ
「……死にたいのですか、あなた方は」
「――!」
聞き慣れない、暗くどこか幼さの残る声――。
突如現れた第三者の存在に息を呑む。
目の端に映る、黒い影。
……アクリル板の向こうに、誰かがいる。
「あ、あんた、誰や!?」
氷石が何者かに向かって声を荒げた。
恐る恐る、その人物に目を向ける。
「っ……!?」
そこには”R.S”と印字された腕章を付けカーキ色の厚手のパーカーを着込みそのフードを被った――仮面の男がいた。
だが、モニターを介して話しかけてきたあの男ではない。
声質、口調、態度から見てそれは明らかだ。
……リーダー格の者ではないな。
「タイムリミットのこと、お忘れですか」
男のその一言で思い出したように静まり返る。
その反応を見て男は
「……ではないようですね」
そう言った。
この男が俺達を拉致した奴らの仲間であることは間違いない。この状況を追求しなければ……。
「訊きたい事が――」
「では問題を始めます。解けそうだと思った方はそちらの椅子にお座り下さい」
俺の言葉を遮り、男はそう言うと自分の傍にある椅子に腰を下ろした。
そして何らかの作業を進めようと俺達の見えない位置で手元を動かしている。
……聞く耳を持たないって訳か。まあ簡単に話す筈もない。
腹立たしさを覚えながらも、当然のことだと諦めることしか出来なかった。
ふ、と溜め息が出る。
と――
「テメエが俺達を拉致ったのか!? 一体何の為に!!」
――哀田が怒号を上げながらアクリル板に拳を振り下ろした。
叩き割らんばかりに込められた力がびりびりと振動に変わって伝わる。
男も驚いた様子で肩をすくめていた。
「ここはどこだ、答えろ!!」
さらに二度、拳が振り下ろされる。
その音の残響が哀田の恐れを物語っているように聞こえた。
男は落ち着かせるかのように深く息を吐くと、小さなタブレット端末を取り出した。
……哀田を無視して進めるつもりか。
「……ではルールを説明します。一度しか言いませんからよく聴いていて下さいね」
男は固められた表情をこちらに向け、言った。
あいつが激情に駆られやすいことに気付いていない訳ではないだろう。
時間がないのは分かるが、このままではイタチごっこに……。
哀田の様子を窺うと、案の定ご立腹のようで眉間に皺を寄せている。
「おい!! 答え――」
「――話を聴いて頂けないというのなら、直ちに排除します」
哀田が再びまくし立てようとした時、男がそれを遮った。
そして、滅多に目の当たりにする事のない、無機質な黒い物体がこちらに向けられていた。
「ひっ!?」
御月が身震いする。
……あれは、拳銃だ。
この国の警察官が所持しているものと同じタイプの。
実物を初めて目にし、その結論を想像した俺の額に嫌な汗が滲む。
「……あなたもこんな形で死にたくないでしょう?」
哀田はさらに振り上げた拳を、震わせながら悔しそうに降ろした。
……やはり、これは冗談などではない。
本気で俺達を殺そうとしている……!
実物の拳銃を所持している事がその事実を裏付けている。
――ぞくっ。背中をひやりとしたものが通り抜けた。
「それで良いのです。では説明をします。こちらをご覧下さい」
男が言った。
アクリル板に何らかの画像が投影される。
青色のレーザーポインタで縁取られた遺体の痕跡、その周囲に幾つも浮かんでいる番号の書かれたホログラム、乾いた血の痕。
……これは実際の事件現場の写真か?
「ここに映っている三つの事件、これらの容疑者をプロファイリングで特定して頂きます。制限時間は一つの事件につき、二十分。時間内に答えられなかった場合は解答者のみ脱落です。次の解答者に移ります。解答者が健在している間は解答者の交代を許しません。解答を教えることも許しません」
「プロファイリング……」
二年前ぐらいに概要程度なら読んだ事はあるが、たったそれだけだ。
独学で、しかも多少しか囓っていない俺には一時間で三つの事件の容疑者を特定するのは厳しい。
容疑者の名前だけなら出来ないこともないが、性格やら何やらを当てるのは流石に……。
「容疑者の情報は僕の手元にあります。あなた方の解答が整い次第、僕の方から幾つか質問をさせて頂くので不完全な準備ではなく完全な準備をして下さい。もし一つでも外れていた場合、即脱落とします。なので覚悟して下さいね」
ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。
「では、解答者は席について下さい」
男が促す。
一瞬の間を置いてから、お互いに顔を見合わせ誰か解答出来る者はいないかと尋ねようとした時。
「僕が答えるよ」
津河井がそう言った。
そして誰の賛同も意見も得ずに椅子にどかっと座る。
……勝手にも程があるぞ、こいつ。
と腹立たしく思う。
「……津河井君。あまり勝手な行動を取らないで頂けるかしら」
その行動に顔を顰めながら、才條が全員の思いを代弁した。
それに対して津河井は、ふんと鼻で笑い言った。
「僕は心理学学習者だ。そして実際に起こった犯罪のプロファイルを数多こなしている。それも、僕が責任者として、ね。どうせ僕以外に答えられる奴などいないだろう? なら問題ないではないか」
あまりの嫌みたらしさに、呆れてものも言えない。
もう誰も何も言わなくなっていた。
その代わり、冷たい視線が津河井に向けられている。
「……津河井、栄幸」
男が憎らしげにぼそりと呟く。
仮面の向こうから津河井に対しての悪意が感じられた。
その呟きを聞き取っていたのか、津河井が反応を示す。
「……何だい?」
「……いえ、何でもありません。一つ目の事件の資料はこちらになります」
三十センチ四方の穴から分厚い茶封筒が提示された。
かなりの量がありそうだが、本当に大丈夫か……。
「では始めて下さい」
男の合図と同時に津河井は茶封筒の中から資料を取りだした。
ばさばさと紙が積み上げられていく。
それを見つめる男の手が震えているように見えたのは気のせい、だろうか。
――ゲームオーバーまで二十三時間二十分。