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勇者が生まれないか街を見張っていた魔物の私、懐いてきた子をうっかり勇者に育て上げてしまう  作者: うちうち


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20/20

村娘は背中のむずむずを止められない

 朝、私は寝台の上で、枕元の白鈴菓の包みを見つめていた。


 昨日、ラウエルさんにもらった聖都の名物である。白鐘をかたどった半月形のお菓子。外側はさらさらの白砂糖で、中には蜂蜜色の果実餡が入っている。


 朝に食べてもいいものだろうか。


 朝食前のお菓子は、少し形が悪い気もする。でも、昨日から持ち越したお菓子なので、これは昨日の続きとも言える。つまり、朝食前ではなく、昨日のおやつの延長である。ふむ。かなり筋が通っている。


「モル、どう思う?」


 足元で丸くなっていたモルが、軽く鼻を鳴らした。

 たぶん、好きにすれば、という意味だ。










 私は包みを開けようとして、ふと違和感を覚えた。


「……なんか、背中がむずむずする」





 そう呟いた瞬間、部屋の空気が止まった。


 すでに起きていたクラリッサさんとエルミナさんが、ばっ! と同時にこちらを見た。


「背中?」


 クラリッサさんの声が、妙に平らだった。


「背中って、ひょっとしてあの背中かしら?」

「たぶんその背中。服がよれてるのかな。なんだか昨日当たってなかったところに当たるっていうか」


 クラリッサさんは深くうなずいた。


「服はよれるものよ。人生と同じね」

「人生ってよれるの?」

「旅をしているとね」


 なるほど。

 私は背中に手を回そうとした。


「私たちは何も見てないわ」


 クラリッサさんが突然言った。


「まだ何も言ってないよ」

「そうね。今のは忘れて」

「何を見てないの?」

「何もよ。何も見ていないし、何かを見たとしても、それは見たことにはならないわ」

「??」


 クラリッサさんは目をそらした。






 一方、エルミナさんは、さっきから両手を胸の前で握ったり開いたりしている。


「エルミナさん?」

「はいっ。すみません!」


 謝られた。エルミナさんの視線は、私の背中に釘付けになっている。これは背中がよっぽど変になっているとみた。


「変ではありません!服が!よれているんです!服は大切です!」


 エルミナさんが息継ぎなしに言った。まるで私がこれから服を脱いで生活するぞと宣言したみたいな慌てっぷりだった。


「ともかく、ちょっと見て――」

「いけません!」


 エルミナさんが、私の手を両手で包み込んだ。


「なぜ?」

「朝だからです!」

「朝だと背中を見ちゃだめ?」

「朝の背中は、まだ眠っています!」


 クラリッサさんが横で小さく頷いた。


「そうね。起こすとよくないわ」

「背中って起きるの?」

「旅をしているとね」


 また旅が出てきた。


 モルが足元で鼻を鳴らした。

 たぶん、こいつら何言ってるんだ、という意味だ。








 そしてクラリッサさんは、私の背後にさりげなく回って、私の背中をじっと見つめた。さりげなくと言いつつ、足音が妙に慎重だったので、逆に目立っていた。


「クラリッサさん、何してるの?」

「安全確認よ」

「私の後ろに何かある?」

「未来があるわ」

「かっこいい」


 エルミナさんが、それを聞いてなぜか涙ぐんでいた。












 朝食には、灰麦のパンが出てきた。

 灰麦のパンは、名前の通り、少し灰色。でも焼きたてで、表面は香ばしく、中はふかふかしている。


「灰色なのに、おいしそうだね」

「灰色でも、おいしいものはあります」


 エルミナさんが、妙に真剣に言った。真顔だった。


「灰色は、悪い色ではありません」

「うん?」

「落ち着いた、よい色です。私は大好きです」


 私はパンを見た。

 パンは、落ち着いたよい色をしていた。これは大好きといわれてもおかしくない。


「エルミナさん、今日はパンに優しいね」

「パンだけではありません!」

「灰色が好きなの?」

「私は学校で絵を描くときにも灰色以外使いませんでした」

「こわい」


 クラリッサさんが小さく咳をした。











 朝食のあと、クラリッサさんはさっそく今日の議題を切り出した。


 王家記録所で見た、聖都、灰鐘村、白灯台の記録。神託が出る前に、教会側の実務が先に動いていたように見える。これは怪しい。


「王家記録で分かるのは、荷がいつ動いたか、門がいつ開いたか、誰が通行を許可したかまでよ」


 クラリッサさんは、机の上に置かれた写しを指で叩いた。


「なぜ動いたのかは、教会側に聞くしかないわ」


 ユリスくんも頷く。


「分かった。神殿へ行こう」


 私は白鈴菓の包みを大事に畳んだ。


「神殿って、お茶出るかな」

「ネリネ。もう」


 ユリスくんは少し困った顔をしたけれど、笑っていた。








 向かったのは、聖都の真ん中にある大聖堂の本殿ではなかった。


 通された部屋には、大きな石板と、いくつもの記録棚があった。神殿なのに、王家記録所に少し似ている。ただし、こちらは紙とインクの匂いに、白い香の匂いが混じっている。


 応対に出た神官さんは、年配の穏やかな人だった。





 クラリッサさんは、王家記録の写しを机に置いた。その隣で、ユリスくんが、緊張した面持ちで口を開いた。


「確認したいことがあるんです」

「承りましょう」

「神託が出る前に、教会が動いている節があるの。これはどうしてかしら」


 いきなり切り出したクラリッサさんに対し、神官さんは、写しに目を落とした。

 少しも慌てていない。対照的に慌てているのは、隣のユリスくんだった。


「あー、これは……予兆対応ですなあ」

「予兆?」

「神託は、女神様のお声が石板に刻まれるだけではございません。白火の揺らぎ、巡礼路の乱れ、祈祷官の夢告。それらが予兆としてあった後、神託として刻まれるのです」


 クラリッサさんの眉が少しだけ動いた。


「つまり、正式な神託が出る前に、予備的に備えることがあると?」

「はい。民を守るためです。何かあってからでは遅いことも多いですからなあ」


 神官さんは穏やかに答えた。


「聖都の通行整理は、巡礼者の流れに乱れが見えたため。灰鐘村方面の物資は、白楔宿周辺で不調と不安の報告が増えていたため。白灯台の補修用具は、白火導線に以前から劣化の兆しがあったためです」


 なるほどなるほど。

 私は話を聞きながら、少し感心した。教会の人も、ちゃんと色々見ているらしい。白火の揺らぎとか、夢告とか。私には難しいけれど。


 エルミナさんの肩からも、ほんの少し力が抜けたように見えた。







「では、神託を捏造したわけではない、と」


 クラリッサさんがずばっと言った。隣でユリスくんが額に手を当て、天を仰いだ。

 神官さんは、静かに顔を上げる。


「そのようなことは、ありえませんなあ。神託は女神様の導きですので」


 クラリッサさんは何も言わなかった。





 その時、部屋の奥から、軽い拍手の音が聞こえた。

 ぱちぱちと。


「素晴らしい……!」


 明るい声だった。


「勇者が、神託の形そのものに目を向けてくれるとは。これは、まことに喜ばしいことだ!」


 奥の扉が開き、ひとりの男が出てきた。楽しそうに手を広げている。





 年は、若くはない。でも老人でもない。紫の長い髪。白い神官服の上に、薄い金糸の刺繍が入った外套をまとっている。目元には深いしわが入っていた。たぶんいつも笑っているのだろう。


 彼はユリスくんに向かって、笑顔のまま、深く一礼した。


「聖跡顕彰院のレオンダルと申します」


 聖跡。顕彰。難しい言葉が二つも並んだ。

 たぶん、とても偉い人だ。




 その後ろから、もう一人、背の高い男が出てきた。こちらは神官服を着ているのに、神官というより現場の見張り役に見える。首元の紐は少し緩く、腕を組んでいた。


「ガルド。魔禍認定官だ」

「こらこら、ちゃんと挨拶したまえ。勇者の前だよ」

「名前は言ったでしょうが」


 レオンダルさんは、満面の笑みを浮かべた。何か楽しいことがあったらしい。

 クラリッサさんが、二人を見比べる。


「それで、お2人はどういう方なのかしら?」

「僕たちは、女神様の御業と、勇者様の救済を、民へ正しく伝える役目だよ!」


 レオンダルさんは、両手を広げ、滑らかに答えた。


「神託によってもたらされる救いが、民の心へ正しく届くように。勇者様の御業が、女神様の光として人々に伝わるようにね!」

「広報係みたいなもの?」


 私が小さく言うと、レオンダルさんは嬉しそうに笑った。ぱちんぱちんと何度も拍手している。楽しそう。私も真似して手を叩きたくなったが我慢した。


「広報係とはなかなか言い得て妙だ! だけど、もう少し深いものだね!」


 彼は部屋の中央へゆっくりと歩み出た。そして、くるっとターンしてこちらを向く。1日に何回も回っているのだろうと思わせるような綺麗な動きだった。





「救いは、ただ起きればよいものではないんだ」


 よく通る声だった。


「人は、救われたのだと知って、初めて祈れる。ただ災いが去っただけでは、恐怖は名もなく残る。けれど、魔の影があり、勇者様がそれを退け! 女神様の御名が讃えられると……救いは民の魂に届くんだよ!」


 正直後半何を言ってるのかわからなかったが、私はまじめな顔をして頷いた。なるほど。救いは民にどんどん届くと。よいことだ。





 しかし、ユリスくんの表情は、少し固くなった。


「俺は、見せるために助けているわけじゃありません」

「もちろん」


 レオンダルさんは、深く頷いた。


「勇者は、ただ助ける。だからこそ美しいのさ。その美しさを、民が受け取れる形にするのが、僕らの務め」

「いや、勇者様たちの疑問もわかるしこっちもあんまやりたくないんですが、なんつーか必要なんですよ。ていうかこれ説明していいのか?」


 ぼりぼりと頭を掻きながら、なんとか認定官のガルドさんが続けた。すると、隣のレオンダルさんが両手を広げる。


「女神様は、白鐘ののち、深き底へ沈まれたと古き神託は伝えている。そしてこう言った。『道がふたたび迷うなら、私へ光を届かせよ』と!」


 エルミナさんは、びくりと体を震わせた。


「その光とは、何だと思う?」


 レオンダルさんはみんなを見回したが、誰も答えなかった。

 彼は、嬉しそうに続けた。


「民の祈りだよ。女神様の御名を讃える声さ。勇者様の救済によって生まれる、感謝と信仰の光。勇者様の威光が広がれば、民は女神様を思い出す。最終的に勇者が魔王を倒し、民が女神様を讃えれば、その光は深き底へ届くだろう!」


 部屋の白い香が、少し濃くなった気がした。

 そして、彼はそっと声をひそめた。


「君らが勇者一行だからこそ伝えるんだけどね、実はまた……道が迷い始めているんだ。先月も、辺境の村が1つ消えた。このままでは前回の白鐘の大異変と同じか、それ以上の規模の何かが起こるかもしれない」


 なんだかとんでもないことが聞こえた気がした。そんなの放っておいていいのか。

 ユリスくんもそう思ったらしい。


「ならそっちの対策を練らないと!」

「いや、だからこそ、救いが民に見えなければ。この事態に対応できる力を持った存在は、女神様だけなんだから。より光を届けないとね!」


 レオンダルさんは、指先で空をなぞった。まるで見えない光の道を、そこに描いているみたいだった。たぶんあれが「光を届ける」という意味の動きなのだろう。

 隣のガルドさんが、鼻を鳴らした。


「要するに、分かりやすくしろって話だ。魔王軍が悪さした。勇者様が止めた。女神様にどっさり感謝する。その感謝が届けば、女神様はこっちが困ってることを知って、対応してくれる。今んとこ、全然してくれねーけどな」


 クラリッサさんの目が、明らかに冷たくなった。


「広報係? どちらかというと演出家ね」

「その通り! 祈りには形が必要! 君も好きらしいじゃないか、形が整ったもの。僕も好きなんだ、形を整えるのがさ」


 レオンダルさんが嬉しそうに頷き、クラリッサさんは驚いたように目を見開いた。


「聖都も、灰鐘村も、白灯台も。勇者様の歩みは、民に女神様の光を思い出させた。事実、人々は救われ、祈った! 綺麗に整ってるだろう?」

「形しかない救いは? それは救いと言えるのかしら」


 ガルドさんが、面倒くさそうに肩を回した。


「あー。言いたいことはわからんでもないが、非常事態だ。灰鐘村も白灯台も、魔王軍由来の魔禍として処理する。実際、魔の気配はあったしな」

「魔王軍由来じゃないよ」


 私は思わず言った。

 ガルドさんの目が、初めて気づいた、と言わんばかりにこちらに向く。







「ていうか気になってたんだが、お前さんはなんで椅子に座ったまま浮いてんだ……?」

「立ったら怒られるから」

「??」

「それより、違うと思う。灰鐘村の黒布とか、白灯台の迷い苔とか。魔王軍って感じじゃないよ」


 ガルドさんが、ゆっくり近づいてきた。

 背が高い。声も低い。椅子に座って浮いてる私と同じくらいの目線の高さ。


「魔王軍っぽいかどうか、お前に分かんのか?」


 分かる。

 でも、それを言うと、とてもよくない。


「なんとなく」

「なんとなくで、魔王軍じゃないって?」

「ネリネは、見たものを言っただけです」


 ユリスくんが、私の前に一歩出た。

 クラリッサさんが、さらにもう一歩前に出た。


「ネリネは神託があってるかどうか、なんとなくわかるのかもしれないわね」

「そんな特化したやついるか?」

「そ、そういう人も、いるかもしれません! いえあくまで「人」ですよ! より信仰が深い「人」です!」

「食い意地が張った村娘にしか見えんが……」


 どうして食い意地が張ってるってわかるんだろう。ガルドさんの視線を追ってみると、私の療養椅子に保管している白鈴菓の包みに向かっていた。私が両手でさっと隠すと、ガルドさんは疲れたようにため息をついた。







「ともかくネリネが言うなら、もう少し、過去の神託を調べてみよう。白鐘の大異変の話も一緒に。魔王を倒しに行くのはそれからでもいい」


 ユリスくんの発言を聞いて、レオンダルさんが、小さく息を吐いた。


 怒っているようには見えない。

 むしろ、目を閉じて感動にうち震えているような顔だった。




 彼は、まるで舞台の台詞を味わうように、胸に手を当てる。


「勇者様の救いの場に、魔の名を薄める声が混じる。ああ、これはよくない。実によくない。だからこそ、実にいい」


 彼は目を開く。

 そして、まばたきもせず、こちらをじっと見てきた。


「さて、どう整えようか」








 私の背中が、また少しむずむずした気がした。

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