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勇者が生まれないか街を見張っていた魔物の私、懐いてきた子をうっかり勇者に育て上げてしまう  作者: うちうち


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12/24

村娘は立派な玉座に座らない

 警鐘だった。


 それまで遠くで荘厳に響いていた鐘の音が、急に高く短いものへ変わり、大聖堂の白い石壁を何度も叩くように鳴り続けた。


「外縁結界が揺らいでいます!」


 大聖堂の奥から、神官さんが駆け込んできた。白い服の裾が乱れ、息も上がっている。それでも一度は膝をつこうとして、途中でやめた。今は礼儀より報告が先だと判断したらしい。




「東の結界線が、一時的に薄くなっています。見張り台から、外に動くものが見えると!」

「東だと……まずい。あちらは地形的に兵が守りづらい……!」


 司祭さんが、祭壇の上の白い記録板へ視線を落とした。

 その時だった。


 記録板が、かちり、と小さな音を立てた。誰も触っていない。なのに、その白い表面へ、さっきまではなかった文字がゆっくり浮かび上がっていく。


 司祭さんの目が見開かれた。


「……おお……! 神託の続きが出ました!」

「え? 今ですか?」


 私は思わず聞き返した。


 三人が深層刻印に成功して、聖都の結界出力がどうとか言い出して、警鐘が鳴った直後である。というかここでも神託出るんだ。いちおう神殿だもんね。











 司祭さんが、記録板に浮かんだ文字を読み上げた。


「標の光、古き守り手を起こす。

 鎮めよ。

 鎮めし後、道は開く」






 大聖堂の中が、少しだけ静かになった。


「古き守り手、とは?」


 エルミナさんが聞いた。

 司祭さんは、まだ青い顔のまま答える。


「おそらく、聖都の外縁結界に残る古い自律守兵です。大昔、この都を守るために置かれた防衛機構です。通常なら眠ったままのはずですが……標の出力が想定を超えたことで、異常として認識されたのかもしれません」

「守るためのものが、こちらへ?」


 クラリッサさんの声が少し低くなった。


「もし標の光を侵入、あるいは暴走と見なしたなら、鎮圧対象として動きます」

「だからやめようって言ったじゃん……」

「壁まで行きます」


 ユリスくんは聖剣の柄に手を置いたまま、もう大聖堂の入口の方を見ていた。

 クラリッサさんとエルミナさんも、すぐに頷いた。

 私は寝台の上で目だけを動かす。


「私は?」

「ネリネはここで――」


 ユリスくんが言いかけた瞬間、私の寝台を囲んでいた石が、かた、と音を立てた。


 青い石が動いた。透明な石が細い結界の線を引きながら持ち上がり、黒い石が寝台の下へ沈み込むように移動し、白い丸石が足元へ集まっていく。石の塀がほどけ、寝台の形が変わっていく。石が背もたれになり起き上がり、肘掛けになり、足元の支えになる。私の半身は寝たまま持ち上げられた。


 いや、起き上がったわけではない。

 寝台が勝手に、私を座らせたのだ。


「クラリッサさん?」

「私ではないわ」


 クラリッサさんは、珍しく本当に驚いた顔をしていた。


「じゃあ何?」

「標が石に通った影響ね。……たぶん、あなたを起こさずに視界を確保する形を選んだのだと思うわ」

「すごい」


 思わず言ってしまった。実際、すごかった。


 ずっと寝たままだと、見えるものが天井と空と、時々ユリスくんの心配そうな顔くらいだったのだ。背中を支えられたまま少し角度がつくだけで、世界が急に広くなる。祭壇が見える。大聖堂の扉が見える。みんなの顔が見える。


 とてもありがたい。ありがたいのだけど。


 私は自分の左右を見た。背中には石の背もたれ。左右には青と白の石の肘掛け。足元には黒い石の台。元寝台は木も布もなくなり、完全に石になってる。なんだか二回りくらい大きくなってる気がする。というか……。


「これ、玉座では?」

「療養椅子よ」

「療養椅子って、こんなに偉そうになるもの?」

「安定性を高めた結果よ」


 私は肘掛けに手を置いてみた。置き心地がよかった。石がちょうどいい場所にある。なんだか悔しい。


「……ちょっと楽」

「でしょう。石はいいのよ」


 クラリッサさんが、少しだけ満足そうにした。


 その時、椅子の下に集まっていた黒い石が低く光り、石の脚が床からふわりと離れた。私ごと、椅子が浮いた。いや、ここに来るまでもクラリッサさんの魔法で浮いていたけども。


「浮いた」

「浮いたわね」

「療養椅子って浮く?」

「……今は浮いているわ」

「説明を諦めないで」


 石の療養椅子は、私を乗せたまま、ゆっくりと大聖堂の扉の方へ向きを変えた。動きは静かだった。揺れも少ない。寝台で運ばれていた時より、ずっと楽だった。


 ただし、見た目は完全に、空中を進む玉座だった。


「これ、私が偉そうに見えない?」

「患者よ」

「患者は浮遊する玉座で移動しないと思う」

「ネリネ、揺れない?」


 ユリスくんがすぐ横についた。


「揺れない。かなり快適」

「よかった」


 いいのか。





 そして、大聖堂の扉が開く。

 私は、石の療養椅子に座ったまま、外へ出た。







 夕方の空が、不自然に暗く見えた。聖都の白い建物の間を、神官や聖騎士たちが走っている。巡礼者たちは道の端に寄せられ、聖騎士が何人も城壁の方へ向かっていた。


 石畳の上を、療養椅子が低く浮いたまま進んでいく。ただ、周囲の石がかすかに触れ合う、澄んだ小さな音だけがした。


 かなり乗り心地がいい。癪だけど、かなりいい。


 道の端に寄せられた巡礼者たちが、私を見て固まっていた。分かる。包帯を巻いた村娘が、勇者一行の一番後ろで、石の椅子に座って宙を滑っていくのだ。私が逆の立場でも見る。かなり見る。









 城壁へ着くと、聖騎士たちが道を開けた。ユリスくんが前へ出て、クラリッサさんが私の椅子の位置を確認し、エルミナさんが「寒くありませんか」と膝掛けを直してくれる。






 城壁の上から外を見た。


 聖都の東側には、白い城壁の外に広い平野が広がっている。その先、夕暮れの影が落ちるあたりに、黒いものが動いていた。最初は、波みたいに見えた。でも違う。足がある。槍がある。旗のようなものも見える。


「……軍勢? 魔王軍か……!」


 誰かが呟いた。


「まるで見計らっていたようではないか……!」


 聖騎士の一人が、低い声で言った。







 でもそうか。魔王軍がやってきた可能性もあるのか。司祭さんは、古き守り手がどうとか言ってたけど。よし、ここは知り合いだったら頼んで去ってもらおう。


 知り合いこいこい。魔王城の知り合いとか。昔の部署の人とか。せめて、私が顔を見て、「おっ」ってなる相手なら……。







 次第に、黒い軍勢が近づいてくる。


 骨だった。


 骸骨の兵士たちが、剣や槍を持って、白い城壁へ向かって歩いてくる。鎧は古び、あちこち欠けているのに、足取りだけは揃っていた。肉も、目も、息もない。






 知らない。誰これ。顔がわかればっていうか、顔がない……。


「古き守り手、か」


 ユリスくんが聖剣を抜いた。


 その瞬間、城壁の上の空気が変わった。聖剣に白い光がまとわりつく。けれど、霧渡りの谷で見た白風とは違う。刃の中へ沈み込むように、白さが濃くなっていく。


 ユリスくんが一歩踏み出すと、聖剣の先から、細い光が伸びた。糸のように見えたそれは、次の瞬間には刃の幅を持ち、さらにその先へと長く伸びる。


 剣が、大きくなったのではない。剣から、白い斬撃そのものが伸びていた。


 ユリスくん自身も、一瞬だけ驚いた顔をした。けれど、足は止めなかった。城壁の階段を駆け下り、開きかけた城門の前へ出る。







「ユリス様に続け!」


 聖騎士たちが動いた。城門が開く。結界が一時的に薄くなっている以上、門前で押し返すしかないらしい。


 骸骨兵の先頭が、槍を構えて進んでくる。数が多い。骨の足が地面を打つ音が、乾いた雨みたいに重なっていた。前列が盾を上げ、その後ろから槍が並ぶ。


 ユリスくんが、聖剣を振った。


 横薙ぎに放たれた光の刃が、地面すれすれを走り、骸骨兵の前列をまとめて払う。膝から下を失った骸骨兵たちが、乾いた音を立てて崩れていく。


 倒れた骨の向こうから、次の列が押し寄せた。


 ユリスくんは、もう一度剣を振る。今度は斜めに走った白い光が、盾の隙間を抜けて、奥の列まで届いた。骨の腕が飛び、兜が跳ね、隊列に大きな穴が空く。








 けれど、骸骨兵たちは止まらなかった。前列が崩れても、後ろの列がその骨を踏み越えて進んでくる。砕けた腕が足元で跳ね、折れた槍を拾った別の骸骨兵が、何もなかったみたいに構え直す。


 その中央に、一際大きな骸骨がいた。


 厚い胸甲。折れた冠みたいな兜飾り。長い槍。まわりの骸骨兵たちは、その一体が槍を傾けるたびに、列の向きを変えていた。


 リーダー、という言い方が合っているのかは分からない。骸骨だし。でも、あれを倒せば、この軍勢の形は崩れる。そう思わせるだけの存在感があった。






「クラリッサ!」

「見えているわ」


 クラリッサさんは、石袋へ手を入れた。


 急いでいるはずなのに、指先の動きは雑にならなかった。丸い石を避け、濁った石を避け、ひびの入った石を避ける。そうして最後に、一つだけを摘み上げる。


 澄んだ紫色の石だった。


 小さいけれど、内側に星みたいな光がある。さっき、深層刻印の光に浮かび上がった石だ。


 クラリッサさんの指が、石の表面を一度だけゆっくりと撫でる。


「……この石は、撃つには惜しいわ。でも、これが一番形がいい」


 クラリッサさんの足元に刻まれていた点のような光が、紫の石へ吸い上げられていく。石を中心に、透明な輪が一つ生まれた。その外に、もう一つ。




 石を中心に、結界の薄い膜が何層にも重なり、ぎゅっと押し固められていく。城壁の白い旗が、風もないのに揺れる。クラリッサさんの髪が、ふわりと浮く。


 ここまで来て、ようやく分かった。

 撃つ、つもりだ。





 クラリッサさんは、中央の大きな骸骨を見据えた。


 ユリスくんが光の斬撃で前列を裂く。その一瞬だけ、軍勢の中央まで細い道が開いた。クラリッサさんは、その隙間へ石を向ける。


 石の周りの結界が、さらに縮んだ。きし、と空気が鳴る。

 クラリッサさんは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


「行きなさい」


 石に言った。

 たぶん、石に言った。





 次の瞬間、紫の石が消えた。


 澄んだ紫の線が、ユリスくんの作った隙間をまっすぐ抜ける。前列の骸骨兵の間を通り、折れた槍の上を掠め、中央にいた大きな骸骨の胸甲へ吸い込まれるように突き刺さった。


 ばきん、と硬い音がした。内側に入り込んだ結界が、そこで無理やり形を取り戻した音だった。


 大きな骸骨の胸が、内側から裂けた。厚い胸甲が爆炎と共に四方へ弾け、背中側へ紫の光が抜ける。中央の骸骨は、胸を失ったまま二歩ほど進もうとして、それから糸が切れたみたいに崩れた。


 その瞬間、軍勢の動きが乱れた。







 クラリッサさんは撃った先を見つめていた。勝った顔ではなかった。大事な宝物を見送る顔だった。


「……いい石だったわ」







 けれど、骸骨兵たちは完全には止まらなかった。指揮官格が砕けても、古い命令だけが残っているみたいに、骨の兵士たちは波のように前へ進もうとする。聖都の兵士たちが打って出たが、明らかに数が違う。ぱっと見でも10倍ほど違った。


 うーん……。切り結んでるところが邪魔だな……。下手に手出ししたら聖都の兵士も消しちゃいそう。消しちゃまずいよね? だって私、村娘だし……。







 ただ、まだ城門には届いていない群れもあった。


 ユリスくんの斬撃に崩された列のさらに後ろ。クラリッサさんに指揮官を撃ち抜かれてもなお、平野の奥から押し寄せてくる骨の列。槍を構えたまま、まだ誰とも斬り結んでいない後続の骸骨兵たち。


 そこなら、味方はいない。安心。たぶん。




 私は、椅子に座ったまま、背中から羽根を数枚、そっと抜いた。ふっと吹くと、羽根は細かい光になって風に乗り、地上の向こうに控える骸骨の群れに、音もなく降り注ぐ。



 前線で交戦している者以外の骸骨が、音もなく、全て消えた。これでよし。










 槍がぶつかり、骨の剣が盾を叩き、誰かが倒れた。


「負傷者!」


 神官たちが駆け寄る。

 エルミナさんは階段を駆け下り、途中で立ち止まった。倒れた兵士が一人だけではないことに気づいたのだと思う。


 エルミナさんは、両手を胸の前で合わせた。


 治癒魔法の光が、いつものように一人へ向かって集まるのではなかった。エルミナさんの足元から白い糸が伸び、倒れた兵士たち全員へ向かう。


 膝をついていた兵士が、息を吸った。剣を落としかけていた聖騎士が、もう一度柄を握る。倒れていた若い兵士が、隣の仲間に支えられながら立ち上がる。


 もちろん、完全に治ったわけではない。痛そうだったし、血も残っていた。でも、倒れない。エルミナさんの祈りが届く限り、戦線が切れない。


 骸骨兵たちは、倒れても骨を鳴らして立ち上がろうとした。

 でも、聖都の兵士たちも倒れなかった。






 ユリスくんの白い斬撃が、最後の一列を薙ぎ払った。クラリッサさんがもう一つ、今度は少し形の悪い石を撃って、残っていた大きな骨の塊を崩す。さっきほど悲しそうではなかったので、やはり石にも格があるらしい。


 そして、聖都を襲った骸骨の群れで、動いている者はいなくなった。










 その時、背後のずっと遠くから、妙な音がした。

 重い扉が、長い眠りから覚めるような音だった。

 ごとり、と石が動き、続いて低く擦れる音が聖都の奥から響いてくる。




 司祭さんが、城壁の上で驚いたように振り返った。いちおう彼も、戦況を見守りに来てくれていたらしい。


「……開いた」

「何がですか?」


 エルミナさんが、まだ息を整えながら聞く。

 司祭さんは、大聖堂の方を見つめていた。


「古の記録庫です」


 その声は、さっきよりもずっと低かった。


「本来、入れない場所です。遥か昔の光の標に関する記録と、過去の勇者伝承が納められていると伝えられています」


「道が開くって、外の道じゃないんだ」


 私は石の療養椅子の上で呟いた。


 骸骨兵を鎮めたら、聖都の外へ出る門が開くのかと思ってた。でも開いたのは、聖都のさらに奥へ続く道だったらしい。というか今回、私はほぼ何もやってないけど……。








 私は療養椅子の背に、少しだけ体を預け直した。

 城壁の上で石の椅子に座っている私を、聖騎士たちがちらちら見ている。




「ところであの子は……? なんかずっと後ろで座って見てたけど……」

「すげー立派な椅子っていうか玉座に座ってる……」

「あ! 勇者様が駆け寄った! なんか報告してる……?」

「魔法都市の魔法使い様もずいぶん丁寧に接してた」

「神官様まで膝掛けを直してたよな」

「ひょっとして、ご身分の高い方じゃないのか」

「言われてみれば、雰囲気が……」

「いや、雰囲気というか、椅子が……」

「俺、見たんだよ! あの子が羽を吹いたら、地上を埋め尽くしてた骸骨が一瞬で消えたんだ! まるで壁画か神話みたいだった!!」

「そんな天使様じゃあるまいし」







 失礼な。

 これは玉座じゃなくて療養椅子だし、私はハーピー型の魔物である。

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― 新着の感想 ―
新たな仲間!(種族:玉座、名前:療養椅子) 玉座さん戦ってないのに一番目立ってるw
ネリネさんにも標が宿ったということは魔物ではない?でも療養椅子が仲間判定されてる可能性も有り得るな…… というか石の無骨な玉座に座る黒い翼の持ち主ってカッコよすぎるぞ……!もはや魔王の風格じゃん、包帯…
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