歌姫
王城の朝は、いつも静かに始まる。
柔らかな光が窓から差し込み、白いカーテンを揺らしていた。
「リリア様、朝でございます。」
メイドの優しい声で、少女はゆっくりと目を開ける。
「……ん、もう朝?」
まだ少し眠そうな声でそう言うと、メイドたちはくすりと笑った。
ベスモワーナ王国王女、リリア・ベスモワーナ。
まだ十二歳の、小さな王女である。
メイドたちは慣れた手つきで髪を整え、ドレスを着せ、身支度を手伝った。
「今日は城下町に行けるといいですね。」
そう言われると、リリアの表情がぱっと明るくなる。
「うん! 行けたらいいなぁ。」
そう言って、楽しそうに微笑んだ。
王家の朝食の席は、いつも賑やかだった。
長いテーブルには王と王妃、三人の王子、そして王女が揃う。
国王フェントスは穏やかな顔で言った。
「今日はいい天気だな。」
第2王子が笑う。
「鍛錬には最高ですね!」
第1王子アルディオンは静かに頷きながらパンを口にする。
第3王子ルシエルは本を読みながらスープを飲んでいた。
「ルシエル、本は食事の後だ。」
国王に言われ、ルシエルは少しだけ肩をすくめる。
「失礼しました。」
王妃エリシアは優しく微笑んでいた。
「アルディオン、今日は忙しいのでしょう?」
「はい、母上。」
ほんのわずかに、王妃の視線がアルディオンとその執事へ向く。
しかしそれに気づく者はいない。
リリアは楽しそうに話していた。
「昨日ね、庭の鳥がとっても綺麗な声で鳴いてたの!それでね!お花も綺麗だったよ!」
家族はその話に微笑み、穏やかな時間が流れた。
朝食が終わると、それぞれの一日が始まる。
上の王子二人は訓練場へ。
ルシエルは王室図書館へ。
リリアは父のそばに駆け寄った。
「お父様、城下町へ行ってもいい?」
フェントスは少しだけ考え、頷いた。
「よかろう。」
そして近くの兵に命じる。
「騎士団長リアスと、副団長ナーガを呼べ。」
二人が来ると、王は静かに言った。
「リリアの護衛だ。兵は好きなだけ連れて行け。」
リアスは胸に手を当てる。
「承知いたしました。」
ナーガは元気よく答えた。
「任せてください!」
リリアは馬車に乗り、城下町へ向かう。
ナーガは外で警護しながら進み、
リアスは同じ馬車の中にいた。
「今日はどんな歌を歌うのですか?」
リアスが静かに聞く。
リリアは少し考えて笑った。
「まだ秘密。」
リアスは、ほんの少しだけ微笑む。
だが視線は常に周囲を警戒していた。
城下町の広場に着くと、すぐに人が集まり始めた。
「王女様だ!」
「歌姫だ!」
「歌を聞こう!」
人々の声が広場に広がる。
リリアは広場の中央に立つ。
そして、静かに歌い始めた。
誰も意味を知らない言葉。
古代の歌。
だがその歌は、風に乗って遠くまで届く。
広場は静まり返る。
喧嘩していた兄弟も動きを止め、
酒に溺れていた男も顔を上げる。
リリアの歌声は、人の心を静かに包み込んでいった。
やがて歌が終わる。
一瞬の静寂の後、広場は拍手に包まれた。
「王女様、これを!」
野菜、アクセサリー、本、手紙。
人々は次々と献上品を差し出す。
リアスがそれを受け取り、危険がないか確認する。
今日も大きな騒ぎは起きなかった。
王城へ戻ると、リアスとナーガは王へ報告を行う。
「問題はありませんでした。」
フェントスは満足そうに頷いた。
その後、二人は訓練場へ向かう。
騎士たちとの鍛錬が始まる。
その時――
城の窓から、歌声が聞こえた。
リリアの歌だ。
騎士たちは剣を振りながら笑う。
「よし、もう一回!」
「王女様の歌を聞いてると力が出る!」
騎士団長リアスは静かに剣を構える。
そして思う。
――この歌がある限り、
この国は守れる。
騎士たちは、さらに鍛錬に励んだ。




