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素敵な婚約者が欲しいと全身全霊で祈ったら、赤い糸が見えるようになりました

掲載日:2026/03/03

 貴族令嬢の幸せなんて、結婚相手でほぼ決まる。


 茶会からの帰り道、アネットは内心イライラしていた。


(自分の婚約が決まったからっていきなり上目線になるってどういうこと!?)


 アネットはあと二カ月で十七歳になるエンバー子爵家の令嬢で、四人兄弟の末っ子だ。上三人が家のことを考えて結婚を決めたため、アネットはその必要が全くなかった。


 それゆえ、比較的教育はゆっくりしていたし、結婚相手もしかり。

 参加している茶会は似たような立場の令嬢が多く、今までは彼女たちの話に大変共感していた。そして、頷きつつも、(私も同じ……仲間がいるって心強い)なんて思っていた。


 ところがだ。

 ここ最近、ちらほらと婚約した令嬢が増えていき、気が付けば婚約にめどが立っていないのはアネットだけとなっていた。


 それだけならいい。ぐっと拳に力を入れる。

 婚約した令嬢たちは憐れみを込めて、アネットにこうのたまうのだ。


 ――アネット様は色味が地味だけども、儚げで男性に人気がありそうですのに不思議ですわ、と。


(色味が地味? このさらさらのプラチナブロンドが!? それとも私の存在感が薄いって言いたいの!?)


 これが地味にアネットの頭をガツンと直撃した。

 何とかその場は根性で笑顔で流したが、心の中は荒れ狂っていた。


「ただいま」

「おかえりなさいませ」


 屋敷に入ると、侍女長の出迎えを受ける。言葉少なに今日の茶会のことを話した後、アネットは部屋にこもった。


「あああああ! なんで私だけ!」


 確かに、三女であるアネットは政略結婚の必要はない。兄は有力な伯爵家の令嬢と婚約し、結婚まで時間の問題。二人の姉たちは成人してすぐに他家に嫁いでいった。


「お父様が探してくれたらよかったのに」


 ぶつぶつと怨嗟を呟いた。アネットの父曰く、自由に相手を選べる、これは貴族家に生まれた令嬢にとっては破格な扱いなのだと。

 ずぼっと力を込めて、クッションに拳を叩きつけた。


「お父様の言いたいこともわかるけど……! 現実見ていないんじゃないの!?」


 政略結婚なんだから、初めから愛があるわけじゃない。それでも、お互いに信頼し、寄り添うような愛は育める。

 ぎりぎりと爪を噛みしめる。


「お嬢様、爪はだめですよ」


 静かに控えていた侍女のリタが声をかけてくる。


「だって……!」

「旦那様はきっとリュカ様との結婚を考えていたと思うんですよ」


 リタが冷静に指摘する。アネットはピクリと肩を揺らした。


「リュカの話はしないで」


 かたい声で拒絶をすれば、リタは眉尻を下げた。


「申し訳ありません」

「……ごめんなさい、ただの八つ当たりよ」


 アネットは大きく息を吐いた。ふと、脳裏にリュカの顔が思い浮かぶ。

 両親が仲のいい子爵家の次男。幼馴染で、実はずっとリュカと結婚するものだと思っていた。おそらくお互いの家でもそう思っていただろう。


 ところが、彼はモア伯爵家の跡取り娘に見初められてしまった。ブルーム子爵家が断ることができないほどの力のある貴族家で、当然、アネットとリュカの結婚の話は流れてしまった。


(いや、そもそも変な気を遣わずに、さっさと婚約していたらよかっただけじゃない!)


 妙なことをしなければよかったのだ。すでに婚約している二人だったら、リュカを横から掻っ攫われることはなかった。

 あの時の衝撃を思い出し、途端に憂鬱な気分になる。


「……これは先ほどの茶会で侍女たちに聞いたのですが」


 リタが落ちこむアネットににんまりと笑った。


「どうやら、一気に婚約が決まったお嬢様方、教会に寄付をしたそうですよ?」

「教会に寄付?」

「はい」


 リタはそこで声を潜めた。


「どうやら寄付の金額によって、とても良い縁が結べるのだと」

「それは本当なの?」

「間違いなく。合言葉は『新たな出会いを』と告げて、寄付をするのです。そうすると、聖女様が特別な祝福を授けるのだと」


 聖女と聞いて、はっと目を見開いた。


「聖女様に? それならご利益がありそうだわ」


 いつまでも腐っているわけにはいかない。新たないい縁を結ぶべく、アネットは自分の隠し財産を引っ張り出した。

 


 アネットはいつもと同じようにおっとりとした表情で教会に向かっていた。ぐっとこぶしを握り締めた。徐々に教会はその姿を大きくしていく。


 ここから運命が変わるのだ。そう思えば、気持ちが逸ってしまう。

 心を落ち着かせるために、大きく息を吸う。


「ごきげんよう。今日は『新たな出会いを』のために寄付に来ました」


 笑顔で教会の受付で目的を話す。受付の女性はにこやかに対応した。


「まあ、それはそれは。どうぞ、中へ」

「ええっと。どこで寄付を出したらよいでしょうか?」

「礼拝堂に聖女様がいらっしゃいます。そこでお捧げください」


 丁寧な説明を受け、アネットは背筋をのばして運命へと向かった。




「――なんで、赤い糸? もっと直接的なものが良かったのに。しかも絡まっているし」


 聖女からの祝福をもらった後、納得いかなくてぶつぶつと呟く。流石に教会の中では言わなかったが、やっぱり納得がいかなくて不満がこぼれる。


「直接的な物?」

「そうよ。例えば一目見たら惚れちまっただろう―!って叫ばずいられない愛の祝福とか……ってリュカ!?」


 びっくりして振り返れば、リュカがふんわりと微笑んだ。そこには記憶とたがわない麗しの幼馴染がいた。ふんわりとした髪は柔らかそうだ。


「久しぶり。相変わらず元気そうだね」


 驚いて、後ろに控えるリタを見れば、彼女はすました顔をしている。リュカに情報を流していたのは彼女しかいないのだが、それを悟らせる侍女ではない。あとで文句でも言おうと思いつつ、リュカを見た。


「リュカこそ……。はっ! ええっと、ブルーム子爵令息様。今日はどのようなご用件でしょうか」

「何、その喋り方?」


 リュカは目を丸くした後、吹き出した。その明るい笑いに、アネットの体から力が抜ける。あまりにも変わらな過ぎて、身構えたのが馬鹿みたいだ。


「だって。リュカは婚約者持ちじゃない。前に幼馴染でも親しさには礼儀が必要よね、ってあなたの婚約者に釘を刺されたのよ」

「へえ、それ初耳」


 やや声を低めて、リュカが応じる。アネットは肩をすくめた。


「そりゃあ、女性同士の秘密の会話ですもの。知っていたら、引くわ」

「そうかもね。でも、もうその心配はいらないよ。僕、婚約白紙になったんだ」


 天気の話でもする気楽さで、破壊力のある情報をさらりと投下する。アネットは目を見開いて、驚愕した。


「婚約白紙……ええっ!? リュカのその美貌にほれ込んで話を持ち掛けてきたのに、どうして!?」

「そこにもっと極上の令息がいたから」


 極上と聞いて、アネットはピンときた。


「……もしかして、友達、売ったの?」

「違うよ。彼が婿入り先が欲しいっていうから、聖女の祝福、教えてあげたんだ」


 聖女の祝福と聞いて、ピクリと反応する。


「聖女の祝福ぅ? どうしてリュカが知っているの?」

「え、だって有名じゃん。無事に譲れてよかったよ」


 譲ってあげたと聞いて、胡乱な目を向ける。リュカはこういうデリカシーのないことを平気で言うのだ。


「そういうの、どうかと思うわよ。はあ、まあいいわ。今、忙しいからまたあとでね」

「相談に乗るよ?」

「そうねぇ」


 アネットは自分の足元に大量にまかれている赤い糸の塊を見下ろした。


「今、ここに私の赤い糸があるの。これをほぐして相手を探したいのよ。聖女様の祝福だから、きっと素敵な人とつながっているはず」


 ふんと、意気込んで見せれば、リュカは目を細めた。


「へえ? 僕には見えないけど」

「大丈夫。こうして……」


 アネットが赤い糸をリュカに手渡すと、リュカが呆気に取られた表情になる。不思議そうな顔をして、大きな赤い糸の塊をつぶしたり引っ張りして確認し始める。


「うわ、びっくりした。赤い糸、確かにあるね。すでに毛糸玉のように絡まっているけど」

「そうなのよ。でも、この先に私の幸せがあるはず。暇なら手伝ってちょうだい」


 ずうずうしくもそうお願いすれば、リュカは小さく頷いた。


「そうだね、手伝ってあげる。……一生かけて」

「えっ? なんか言った?」


 後ろの言葉が聞き取れなくて、首を傾げる。リュカは微笑んだ。


「ううん。この大きさだと簡単にはほどけそうにないかなって」

「そう思うわよね。ひどいわ、全財産寄付したのに」


 思わず文句が言葉となって溢れてしまう。リュカといっしょにいるといつでもこうなる。彼はいつだってアネットの不満に気付いて、受け止めてしまうから。


「全財産? それまた大盤振る舞いだね」

「しょうがないじゃない! リュカは婚約しちゃったし。他の令嬢たちもどんどん聖女様の祝福で婚約が決まるし!」


 ぶちぶちと文句を言いつつ、リュカにエスコートされて家に戻った。



 馬車に揺られ、子爵家の屋敷にたどり着いたアネットを待っていたのは、勝ち誇ったような顔の二番目の姉エリーゼだった。


「お姉様、どうしてうちにいるの?」


 訝しげに聞けば、アネットの両肩をがっしりと掴む。


「アネット、朗報よ! リュカ様の婚約が白紙になったんですって。今がチャンスよ! お父様に今すぐ帰ってくるように言づけておいたから」

「ちょっとお姉様、勝手なことしないで! 私、さっき教会で全財産を寄付して、ようやく運命の赤い糸が見えるようになったのよ! これから運命の人を探すんだから!」


 アネットの意思を確認しないことにムッとする。全財産、払ったのだ。無駄にしたくない。


「はあ? さっさと外堀を埋めないと、前回の二の舞になるじゃない」

「そうかもしれないけど、そうじゃなくて……!」


 必死に抗議するアネットの横で、リュカがくすりと笑った。


「……アネット。その寄付金、僕が肩代わりするよ。だから、その赤い糸、僕がもらっていいかな?」


 意味が分からずリュカを見つめれば、彼はにこりと笑った。そして、アネットの指から伸びる赤い糸の束を躊躇なく手で引きちぎった。


「きゃああああっ! 私の寄付金が――!」

「これで扱いやすくなった。ちょっと短いけど」

「短すぎるわ!」


 叫ぶアネットを無視して、リュカはその短くなった糸を迷いなく自分の指にぐるりと巻き付ける。その瞬間、アネットの指に絡まる赤い糸がぐっと食い込んだ。その食い込みにぎょっとする。


「何、勝手に結んでいるのよ!?」

「こうすれば、君の相手は僕しかいなくなる」

「リュ、リュカ……っ」


 抗議の言葉を飲み込むように、リュカは熱い眼差しをアネットに注いだ。その熱に、徐々に顔が熱くなっていく。


「ずっと好きだよ。もうあんな思いをしたくない」


 ほの暗い目をしたリュカはアネットの腰を抱き寄せ、顔を極限まで近づけた。


「近い近い近い……」


 遠ざけようとすれば、リュカの腕に力が入る。アネットは真っ赤な顔になった。


「アネットは違うの? 僕のこと、嫌い?」

「その言い方、ずるいわ」


 油断して辛い思いをさせたからね、と悲しそうな目で呟かれる。アネットははっとしてリュカを凝視した。

 そうだ、前も周囲がわかっているからと思っていて、リュカがいなくなってしまった。変な意地を張っている場合ではないと、思い直す。


(で、でも。改めて自分の気持ちを伝えるのって……恥ずかしい)


 ちゃんと気持ちを伝えようと何度か口を開け閉めする。リュカはわかっていると言わんばかりの、輝かしい笑みを見せた。


「愛しているよ。ちゃんと言葉にしてくれるまで、僕もずっと言い続けるからね」


 愛しているという言葉は、アネットの脳を直撃した。あまりの衝撃に目の前がくらくらする。


「わ、私だって、愛している」


 ぼそぼそとか細い声で告げる。だがリュカはしっかりと聞いていた。パッと顔を明るくして、ぎゅっとアネットを抱きしめた。


「うん、僕も愛しているよ! 夜会で叫んでもいい!」

「夜会って……」


 そうすれば誤解をする人もいなくなるだろうが、夜会で叫ばれるのは流石にやりすぎだ。苦笑しているうちに、彼の顔がさらに近付いた。


「キ、キスはダメ! 結婚式までしないって、神様に誓っているの!」

「しょうがないな。じゃあ、ここで我慢するよ」


 そう言って、チュッとリップ音を立ててこめかみに唇を落とした。エリーズがにやりと笑って、リタと何やら話していたのが視界の隅の方に映っていた。





「結婚、おめでとう。うまくいってよかったじゃないか」

「うん、ありがとう。でも一つ訂正。もともとアネットは僕のものだったよ」


 リュカの悪友ヘリオスがにやりと笑い、リュカは晴れやかに笑った。


「はは、違いない!」

「教会の聖女様にもよろしく伝えておいてくれよ。あとで寄付金を届けるからさ」

「ああ、いい仕事をしてくれたからね」


 二人は共犯者の笑みを交わした。


「リュカ、お客様?」


 新居にやってきた客人に挨拶しようとアネットが居間に入ってきた。


「まあ、ヘリオス様」


 アネットはヘリオスの姿を見て、にこやかに挨拶をした。リュカは立ち上がると、アネットを引き寄せた。


 Fin.

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