表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/63

第五十五話 撤退戦

 燃料を抜かれた人型重機を前に、レドリックは苦渋の決断を下した。


「……基盤を焼け。連中に再利用されるわけにはいかない」


 アレンが短く頷き、重機のコックピットへと這い上がる。手慣れた動作でメインコンソールを開き、焼夷手榴弾をセットした。数秒後、くぐもった爆発音とともに、彼らの頼れる盾であった鋼鉄の巨人は、熱を放つただのスクラップへと変わった。


「気落ちしている暇はないぞ。急ぎ撤退する」


 撤退の指示を出すのに被せるように、森が揺れ始めた。


「周囲ニ突如、敵性存在ガ出現シマシタ」

 

 シエルがそう言うと、コロンと共にマリアの側に張り付いた。


「防御態勢!」

 

 レドリックの号令の下、全員が即座に身構える。

 

 巨大殺戮兵器のマンシーが単騎で躍り出た、異形の肉塊も殺戮兵器の前では出荷された精肉に等しい。

 両腕の鎌が旋風を巻き起こし、異形の肉塊を単なる肉片に変えていく。

 飛び散った肉片を地面の赤いシミに変えていきながら、マンシーが暴れまわる。

 

 だが、押し寄せる肉の津波の前に、マンシー1機では止めきれない。肉塊達が土煙を上げ迫りくる。

 

「撃て!」


 轟音が鳴り響き、肉塊達の接近を拒む。だが、そう簡単に波は止まらない。


「コロン! マリアを守っててくれ!」

「ピューイ!」

 

 剣を構えたモリィと、シエルが、弾幕で対処しきれなかった肉塊の対処をしていく。

 二人は獅子奮迅の働きを見せたおかげで、戦況は優位になりつつあったが、それも僅かな間だった。

 

 散弾銃のリロードのタイミングが被ったネイバーの二人が明確な穴になってしまう。

 マリアに張り付いていたコロンが飛び出し、戦線に加わる事で再び均衡を取り戻すが、打破するまでには至らない。


 やがて、悲鳴に近い声が上がり始めた。


「もう弾がなくなる!」

「こっちもだ!」

 

 このままでは全滅する――最悪の未来が目の前まで迫ってきたその時。


「うぁあああああああああああ!!!!」

 

 突如、モリィが唸り声を上げた。


 何事かとマリアが見つめる前で、モリィは姿を変え始めた。

 それは、実験体として受けた手術により植え付けられた能力。


 頭から2本の角が生え、両手からは鋭い爪が伸びる。背中には蝙蝠のような黒い羽。

 まるで悪魔のような見た目になったモリィが、さきほどと比べ物にならないスピードで動き出した。


 黒い旋風が、周囲の肉塊を挽肉に変えていく。

 あまりの殲滅速度の速さ。モリィが全力を行使する姿に、マリアの顔色が変わる。


「モリィ……もうやめて!」


 マリアはモリィの変身について話を聞いたことがあった。

 通常時でも人並み外れた運動能力を持つモリィだが、真の力を解放すればその比では無いほどの力を発揮できる。

 だが、その代償としてモリィは――


 モリィは止まらない。周囲の肉塊を沈めると、戦闘本能のまま、さらなる敵を求め駆け出していく。

 

 漆黒の爪が一閃するたびに、分厚い肉の壁が容易く裂け、腐臭を放つ体液が夜の森にぶち撒けられる。

 

「す、すげえ……」

 

 弾が尽きかけ、絶望に顔を歪めていたネイバーの一人が、その鬼神のごとき戦いぶりに呆然と呟いた。

 モリィの圧倒的な暴力は、マンシーの無慈悲な殺戮と合わさり、確実に戦況をこちらへ傾けていた。押し寄せていた肉の津波は、黒い旋風と鋼鉄の鎌の前で完全に勢いを止められている。


 だが、有利な状況はあくまで局地的なものに過ぎない。

 

「くそっ、俺も弾切れだ! 予備マガジンもない!」

「こっちもだ、最後の一発を撃ち尽くした!」

 

 ネイバーたちが次々と悲痛な声を上げる。残弾ゼロの報告が連鎖し、銃身から煙を上げる散弾銃が次々と下げられていく。白兵戦用の近接装備は鉈くらいしかない。肉塊を相手にするには心もとない。


「ここまでだ!」

 

 レドリックが鋭く声を張り上げた。

 

「撃ち尽くした奴から順に下がれ! アレン、負傷者を連れてマリアと共に先に行け!」

「了解だ!」

「シエル、マンシー、コロン! それにモリィ! お前たちが殿しんがりだ。俺たちが森を抜けるまでの間、ここを死守しろ!」


「ピュイィィッ!」

 

 コロンが勇ましく電子音を鳴らしてワイヤーを射出し、マンシーが両腕の鎌を交差させて火花を散らす。

 そしてシエルは、青く輝く高周波ブレードを構えながら、マリアの前に立ちはだかった。


「マザー、急ギ後退ヲ。ココハ我々ガ完全ニ封鎖シマス」

「でも、モリィが……! あんな状態のモリィを置いていけない!」

「……行け、マリア! ここで立ち止まれば、全員が死ぬぞ!」

 

 叫ぶマリアの腕を、アレンが強引に引っ張る。

 マリアは引きずられるようにして後退しながらも、血の混じった飛沫を浴びて嗤う友の姿から目を離せなかった。

 あの力は、使えば使うほど彼女の理性を削り取り闘争本能だけの獣へと近づけ、さらには人しての記憶を徐々に失っていくのだ。


「モリィ!!」


 マリアの悲痛な叫び声は、肉塊の咆哮とブレードの駆動音にかき消された。

 前衛の人間たちが下がり、戦線はシエル、マンシー、コロン、そして異形と化したモリィの四者によって完全に支えられていた。

 味方の誤射を気にする必要がなくなり、マンシーとモリィはさらに苛烈に暴れ回る。シエルの精密な迎撃とコロンの的確な援護がわずかな隙を埋め、鉄壁の防衛陣が構築されたかに見えた。

 これなら、撤退のための時間は十分に稼げる。誰もがそう確信した、次の瞬間だった。


「アァァァァァァッ!!」


 突如、モリィが天を仰いで獣のような咆哮を上げた。

 それは目の前の肉塊たちに向けられた威嚇ではなかった。彼女の血走った眼球は、押し寄せる敵の群れではなく、さらにその奥――底知れぬ漆黒の森の深部をギョロリと睨みつけていた。


「――!?」

 

 防衛ラインの端で、シエルのセンサーがモリィの異常なバイタル変動と、視線の先にある微弱な熱源(アリスの痕跡)を同時に感知する。


 次の瞬間、モリィの背中の黒い羽が大きく羽ばたき、強靭な脚力で地面を蹴る。

 彼女は防衛ラインを完全に放棄し、弾かれたように森の暗闇の中へと飛び込んでいったのだ。木々の間を縫うように、一瞬にしてその黒い影が見えなくなる。


「モリィガ、防衛ポイントヲ逸脱。敵陣深クヘ単独突出」


 シエルは冷静に状況を分析する。モリィの働きのお陰で戦況はこちらの勝勢までこぎ着けることが出来た。

 モリィの戦線離脱は痛いが、そのモリィを追って敵の動きも分散した。今なら撤退が間に合う。


 計算上は、モリィを見捨てる一択だが――


「ソレデハ、マザーが悲シム」


 シエルはマンシーとコロンに後を託し、モリィを追って森へと踏み入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ