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第五十四話 シエルの奮闘

 焚き火の爆ぜる音が、パチリと爆ぜた。

 それが合図であったかのように、()()は動き出した。


 ――


 足音ひとつ立てず素早く近づいたテントに、月影に照らされた影が揺らめく。中で眠るレドリックは勿論、他の誰も()()に気付く術はない。

 ――シエルを除いて。

 

 シエルの高性能センサーは、眠っていた男が急激にバイタルに異常をきたしたことを察知していたのだ。


 シエルの正確無比な蹴りが、()()の胴体を薙ぎ払った。

 轟音を立て木に激突。通常の人間ならば死んでいてもおかしくない、だが()()は表情ひとつ変えず立ち上がると、体中に血管が浮き上がり脈打ち始めた。


 人々が異変に気づき、目にしたものは、身構えたシエルと体を痙攣するように震わせる()()

 

「一体何が……?」

 

 周囲の誰かから、疑問の声が溢れると、それに反応した()()が、声をした方に視線を向けた。


「ヒッ!」


 脈打つ血管が浮き出た醜い顔と無機質な視線を向けられて、怯えた男が慌ててショットガンを構えるが、昨日まで肩を並べていた仲間に対し発砲することを躊躇ってしまう。


 一方、シエルの動きに迷いはない。


 ()()が弾かれたように近くの男へ飛びかかろうとするよりも早く、シエルが一瞬で間を詰めている。

 先ほどを上回る出力の回し蹴りが、()()の側頭部を捉える。


 金属同士が衝突したような硬質な音が響き渡ると()()の体はコマのように回転しながら吹き飛び、大きな岩に激突。そのまま地面を無様に転がった。首はあり得ない方向に折れ曲がり、四肢は壊滅的にひしゃげている。


「な、なんてパワーだ……」

 

 レドリックが息を呑む。


 ピクン、と()()の指が跳ねた。

 次の瞬間、ひしゃげた関節が「バキバキ」と音を立てて逆再生のようにもとに戻っていくと、ゴム毬のように跳ね上がって直立した。


 しかし、その「復帰」をシエルは予見していた。


 立ち上がる瞬間の無防備な隙を突き、シエルは既に至近距離まで踏み込んでいた。

 青い火花を散らす掌打が、()()の胸元に叩き込まれる。


「バイタルサイン無シ。活動再定義――」


 シエルのバイザー内で、膨大なデータが超高速で演算されていく。

 打撃を与えるたびに、その肉体の硬度、再生速度、そして内部から漏れ出す微弱な通信波をキャッチし、解析を進めていた。


「対象ハ、既ニ人間ニ非ズ『敵性存在』ト判断。完全排除モードニ移行スル」


 シエルの冷徹な宣言とともに、彼女の腕の装甲が展開し、高周波ブレードが鋭い音を立てて伸長した。

 

 ()()の表情からは、何の感情も読み取れない。だが、全身に浮かんだ血管が激しく脈打ち、内面に潜む激情を代弁しているかに見えた。


 やがて()()は人の形からは想像もつかない素早さで動き出す。

 対するシエルは、優雅にも見える動きで対応する。

 

 予め約束された組手であるかのように、先に先に刃が置かれ、()()が切り裂かれていく。

 ()()の変則的な動きすら、シエルはすでに計算し尽くしていたのだ。


 皆が激しい戦闘に目を奪われている中、モリィが周囲を見渡す。アリスは――?

 

 ガシン!

 

 背後で鈍い音が鳴る。


 慌てて振り返るとそこにはコロンが、いつの間にか背後から伸ばされていたアリスの腕を掴んでいた。

 この状況で背後から音も立てず忍び寄る。考えられる理由はひとつしかない。

 

「アリスさん?!」

 

 アリスから発せられる人ならざる気配に、マリアが恐怖にひきつった声を上げた。


「やっぱりオマエは偽物だったんだな! 師匠をどうした!」


 モリィが憎しみを込めてアリスを睨みつけるが、ソレは瞬き一つしない。


 掴まれたアリスの腕は、ぴくりとも抵抗を見せなかった。

 いや――違う、抵抗“できない”のではない。ただ、する必要がないと判断しているだけだ。


 コロンの機械の指が食い込むほどに強く握られているにもかかわらず、アリスの肌には赤みひとつ浮かばない。無表情のまま、ゆっくりと首だけが傾いた。


「……モリィ?」


 その声音は、いつものアリスと寸分違わぬものだった。だが、そこには体温がない。

 モリィの背筋を、冷たいものが走る。


「やめろ、喋るな!」


 モリィ叫ぶと同時に、コロンが力任せに腕を引いた。


 その瞬間だった。アリスの肩口が、ぶくりと膨らむ。

 皮膚の下を何かが蠢き、血管が浮き上がる。まるで内側から押し広げられているかのように、肉が波打った。


 代わりに、黒ずんだ粘液が糸を引きながら滴り落ち、地面に触れた瞬間、じゅう、と小さな煙を上げた。


「ピリリリリリリッ!」


 コロンから警告音が発せられ、偽アリスを捉えるべくワイヤーを射出する。

 

 ブツン


 偽アリスは掴まれた右腕を肩から千切り捨て、ワイヤーから身を躱すと、マンシーから飛び降りると、森に飛び込んだ。

 コロンに掴まれたまま残された右腕は、生きているかのように暴れまわる。


「な……なんだよ、これ……」


 モリィが後ずさる。


「ピィィィィッィ!」


 コロンが、肉片になるまで腕をすりつぶす。

 事態が落ち着いた頃には、偽アリスの姿はどこにも見当たらなかった。


 ――

 

 シエルと()()の戦闘は、もはや一方的な解体作業と化していた。


 ()()が再生のために細胞を異常増殖させるよりも早く、シエルの高周波ブレードが急所を正確に削ぎ落としていく。

 

「対象ノ再生限界点ヲ演算……完了。中枢核ヲ破壊シマス」

 

 シエルの腕が青白い軌跡を描き、()()の胸郭の中央――かつて人間の心臓があった場所――を深々と貫いた。ブレードから放たれた高周波の振動波が内部から組織を粉砕し、黒ずんだ粘液を撒き散らしながら()()はついに完全に沈黙した。不自然に脈打っていた血管はしぼみ、ただの醜い肉の塊となって地面に崩れ落ちる。


「……終わったのか」

 

 レドリックが呆然と呟き、銃を下ろした。つい先程まで共に焚き火を囲み、談笑していた仲間が突然化け物に変貌し、シエルによって切り刻まれたのだ。歴戦のネイバーたちでさえ、理解が追いつかずに立ち尽くしている。


「二人とも無事か?! 何があった!」

 

 騒ぎを聞きつけたアレンたちが駆け寄ってくる。彼らはコロンがすり潰した右腕の残骸を見て息を呑んだ。


「これは……?」

「アレは師匠じゃなかった。偽物だったんだ!」


 モリィは自分の肩を抱きしめ、震える声で答えたが、それ以上言葉が出ないようだった。

 

「逃げたわ……自分の腕を引きちぎって、森の奥へ」


 そう言うと、その時の様子を思い出したマリアが体を震わせた。


「アリスが偽物だったなんて……」

 

 その場に居た全員に動揺が走る。アリスが偽物だったという事実もショックだったが、何より見た目ですぐに判別がつかないというのが、仲間に対して信用しきれない要素となった。

 

 意識的、或いは無意識的にしろ距離が出来てしまっていた。レドリックはその事実にいち早く気が付き、事態の深刻さに内心歯噛みした。


「レドリックサマ」

「ん? どうしたんだい?」


 少し驚いた様子のレドリック。シエルの方から話しかけてくるのは珍しい事だ。


「データ蒐集ヲ完了シマシタ。アレノ判別ガ可能デス。現在ハ異常者ゼロデス」

「おお! そいつは助かる」


 シエルの言葉に安堵の息をつく。少なくとも疑心暗鬼からの全滅は避けられそうだ。


 そこにアレンとファルケンバーグが渋い表情で近づいてきた。


「どうした?」

「悪い知らせだ、レド。人型重機のタンクに穴が開けられている。燃料が空だ」

 

 アレンの報告を聞いたレドリックが、軽く地面を蹴る。


「やってくれたな……人型重機はここに捨てて行くしかない」


 偽物のアリス、感染者、そして今、人型重機を失った。敵地の只中で大幅な戦力ダウン、サイエンの悪辣さが本格的に牙を向き始めていた。

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