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第四十五話 新しい力

 ドッドッドッドッドッ……!!


 エンジェルステーションの地下区画に、心臓の鼓動のような重低音が響き渡っていた。

 その音は、これまでの静かな生活音とは違う。圧倒的な力強さと、微かな油の匂いを伴っていた。


「出力安定! 電圧、規定値をキープしています!」

「冷却水循環よし! 燃料噴射、正常!」


 ネイバーたちが計器を見ながら声を張り上げる。

 その中心に、油まみれの作業着を着たプリスキンが立っていた。顔は煤で黒く汚れているが、その表情は誇らしげだ。


「よし……! バイオ燃料発電機、本格稼働だ!」


 プリスキンがメインレバーを押し込むと、巨大な鉄の塊――大型発電機が唸りを上げ、太いケーブルを通してステーション全域へと大電力を送り込み始めた。

 これまでの頼りない太陽光パネルや風力発電とは桁が違う。アヴァロン出身であるクラークの化学知識、そしてプリスキンの設備設計が融合して生まれた、文明の灯火だ。


 ――


 電力が安定したことで、ステーションの一角に作られた「工房」は、「工場」へと変貌を遂げていた。


 ギュイイイイイーン!!  ガシャン! ガシャン!


 工作機械の駆動音が響く。 アヴァロンの残骸や、廃墟から回収したパーツを修理・連結し、電力を供給することで蘇った大型旋盤とプレス機だ。

 人力では何日もかかった金属加工が、機械の力で瞬く間に削り出され、曲げられていく。


「クフフ、こいつはたまらんぜ」

 よだれを垂らさんばかりの表情でプリスキンが笑う。旋盤を操作し螺旋状の溝――ライフリングを刻んでいく。


「これでいよいよ、準備が整ったな」


 そう言って削り出されたのは精巧なバレルだった。

 さらにクラークが調合、生成した無煙火薬と、工場で量産される真鍮の薬莢。そして、この銃身。

 全てのピースが揃い、エンジェルステーションは新たな歴史の扉を開こうとしていた。


 ――


 数日後。


 ステーション裏手の射撃訓練場。レドリック、ファルケンバーグ、プリスキンの3人が集まっていた。


「……これが、試作一号機か」


 ファルケンバーグが手に持ったのは、無骨な鉄と木材で構成された、一丁の小銃ライフルだった。

 連射機能はない。一発撃つごとにボルトを引いて排莢し、次弾を装填する「ボルトアクション式単発銃」だ。その銃身は鈍く光り、確かな殺傷力を予感させた。


「構造は単純、その分頑丈で壊れにくい」


 プリスキンの説説を聞きながら、ファルケンバーグが標的――厚さ3センチの鉄板と、積まれた土嚢――に向けて銃を構える。

 冷静に狙いを定め、息を止め、引き金を絞る。


 ズドンッ!!


 雷のような轟音と共に、銃口から火花がほとばしった。

 硝煙の匂いが鼻をつく。

 

 カァン!


 乾いた着弾音。50メートル先の鉄板の中央に、綺麗な穴が開いていた。後ろの土嚢も深々と抉れている。


「……すばらしい威力だ」


 レドリックが穴の空いた的を見つめ、絶句した。

 クロスボウや弓矢とは次元が違う。これならば、蟲の外殻も楽々貫通できるだろう。


「成功だな。弾道も安定、銃身にも異常は無いようだ」 それから数発撃ったファルケンバーグが満足気に頷く。

「この基本の小銃はあくまで試作。次はファルケンバーグ用に狙撃銃を作る予定だ」

「ほう、そいつはありがたい」

 

「銃は強力な武器だ、あまり作りすぎてもよくない。管理を厳重にしなければ、良からぬ輩に渡ると厄介なことになる」

 その銃口が間違っても自分たち――マリアやモリィに向けられるようなことがあってはならない。


「そうだな、ひとまずこの試作銃と、狙撃銃、散弾銃の3丁のみにしておく予定だ」

「散弾銃?」

「前回のような蟲との戦いを想定した、比較的近い距離を想定した武器もあったほうがいいだろう」

「……確かに、あの時のように壁内に突然現れた場合どうしても近い距離での戦いになる」


 ファルケンバーグが顎をさすり、納得したように頷く。

 狙撃銃で遠距離の大型種を、小銃で中距離を、そして散弾銃で近距離の乱戦を制する。たった三丁でも、連携すればかなり強力な戦力になるはずだ。


「よし、その方針で行こう。……プリスキン、頼めるか?」

「任せな。設計図は頭に入ってる」


 プリスキンは意気揚々と、新しい武器づくりに取り掛かるのだった。

 


 ――



 かつてウルトラヴァイオレンスと呼ばれていた組織の拠点、ファクトリー。

 その地下では無機質な金属音と、冷却ファンの回る低い唸りだけが響く研究室がある。

 

 サイエンは、部屋の奥に鎮座する巨大な構造物へと向き直った。

 それは、以前発掘された過去の遺産データに基づき、彼が総力を挙げて復元しようとしていたモノリスゲート。


 かつては生物実験に没頭していた彼だが、ある遺跡のデータを発見してからは、憑かれたようにこの空間転移技術の研究のみに専念していた。

 そして今、ようやくひとつの形になりそうな手応えを感じていたのだ。


「さあ……見せてくれ。この世界の理の外側を」


 サイエンがコンソールを操作する。


  ブゥゥゥゥン……。


 重低音と共に、黒い石板のようなモノリスを中心として、空間が陽炎のように揺らぎ始めた。大気が悲鳴を上げ、次元の壁が薄くなる。


 ズズッ、ズルッ……。


 揺らぐ空間の裂け目から、何かが這い出してきた。それは、人間の腕ほどの大きさを持つ、赤黒い肉塊だった。

 目も口もない、ただ蠢く肉の塊。だが、それは明確な「意思」を持っているかのように、空中を泳ぐと――


 バシュッ!


 迷うことなく、サイエンへと飛びかかる。反射的に腕で頭を多い、体を竦めたサイエンだったがそれは右肩に直撃した。


「グワッ!?」


 サイエンが苦悶の声を上げる。

 肉塊は右肩に突き刺さると、筋肉と骨格に強引に融合していく。焼けるような激痛。だが、それは一瞬で奇妙な感覚へと変わった。


 ズブブブ……。


 肉塊は瞬く間に右肩を侵食し、同化を完了した。 白衣が破れた右肩からは、今や触手のようなものが生え、不気味に蠢いている。


「こ、これは……」


 サイエンは恐怖するどころか、震える手でその触手に触れた。不思議なことに、その異形の肉はサイエンの意思で思うように動かすことが出来た。

 硬質化させて刃にすることも、柔軟に伸ばして物を掴むことも可能だ。


 だが、真に驚くべきは肉体の変化ではなかった。


「あ、ああ……! 見え、る……! 入ってくるぞ……!」


 モノリスゲートの向こう側にある膨大な知識。人類がまだ到達していない、あるいは触れてはならなかった禁断の叡智が、肉塊を通じてサイエンの脳髄へ直接流れ込んでくる。


 空間歪曲理論、質量保存の無視、生命の再設計図……。

 それはまるで知識を使うことを渇望している、()()()の意思。


「クックック……ハハハハハハッ!!」


 サイエンは高笑いした。

 彼の眼鏡の奥の瞳は、もはや人間の理性の色を宿してはいなかった。あるのは、深淵を覗き込み、そして深淵に魅入られた狂気だけ。


「素晴らしい! これこそが私が求めていた『進化』だ! これを使えば、世界を……いや、生命そのものを書き換えられる!」


 右肩の触手が、主の歓喜に呼応するように激しくのたうつ。

 エンジェルステーションに新しい文明の灯が宿ったその裏側では、文明そのものを揺るがす最悪の災厄が、今まさに産声を上げていた。

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