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第四十三話 アリス①

 《時はアヴァロンが宙から落ちて来たところまで遡る》


 アヴァロンが地上へと墜落したその日。

 遥か北方の大地に、もう一つの『落下物』があった。コロニーから切り離された建造物の一部が、忘れられたシェルターの扉を開いてしまったのだ。

 

 炎を纏い、轟音と土砂を巻き上げ墜落したそれは、隠蔽されていた過去への扉を開いてしまった。

 そこには、忘れ去られていた旧大戦時代のシェルターが、顔を覗かせていた。

 

 宙からの落下物は、テイカーにっとて、絶対に見逃せない一大好機。

 近隣のテイカーグループ『ヘッズ』がいち早く駆け付けた。


「こいつはすげえ、見たことも無いデカさだ。建物ごと降ってきやがったのか!?」

「他のやつらが来る前に、漁れるだけ漁れ!」


 アヴァロンの残骸に向かう中、1人が地面に壊れた扉がある事に気が付いた。

 壊れた扉の隙間から、奥へと続く階段が見えている。


「こんなところに階段があるぜ!」

「こいつは面白そうだ。お前と、お前! ついてこい!」

 

 『ヘッズ』のリーダー、トーカッターは、部下を2人ほど引き連れ、中へと入って行った。


 中は暗く、松明の明かりを頼りに探っていく。

 内部は丈夫そうな作りで、外の寒気もここまではあまり入って来ていない。

 

「こいつは一体なんだ?」


 部下の一人が、適当にスイッチを押したりレバーを動かしたりしている。


「馬鹿が! 何が起こるかわからん、うかつに触るな!」


 トーカッターがそう怒鳴った直後、建物内の灯りがついた。


「ほ、ほら、これで色々探しやすくなったじゃないですか」

「次からは勝手に触るんじゃねえぞ」

「へい」


 この時、奥の小部屋で冷凍睡眠装置が、静かに起床シークエンスに入っていた。


 ――


 プシュー


 冷凍ポッドの扉がスライドし、中で横になっていた女性の目が開かれる。

 

「ここは……?」


 女はあたりを見回す。見覚えのない部屋。 落ち着け、状況を把握せよ。自分に言い聞かせる。


「私はアリス。Artificially Licensed Individual Creation Experiment(特例認可型・人工個体創造実験)通称『A.L.I.C.E』計画による第一号成功体」


 呟きながら、ひとつひとつ調子を確かめるように、体を伸ばしていく。

 壁に掛けられた大型の鏡に映し出されているのは、燃えるような赤い髪、それと同じ赤い色の瞳。

 戦闘用に最適化された180cmの身体は女性にしては大柄だが、その体つきは女性らしさを失っていない。


「特殊作戦部隊"スート"の部隊長。最後の記憶は……」


 そこまで言ったところで、部屋の扉を開いて、みすぼらしい格好の男たちが入って来た。


「おおっ!? こんなところにすっぱだかの女がいやがるぜ!」

「こいつはとんでもねえ上玉だあ!」


 男たちは欲望にギラギラと目を輝かせ、近づいて来る。


「お前たちは何者だ? どうしてここに居る?」

「なんだあ? 知りたいならこっちへ来な、いい事教えてやるよ」

「ふむ」


 アリスは男達の前に出ると、そのまま流れるように一番近くの男の喉に貫手を突き込んだ。


「ゲブッ」


 絶命した男が、倒れ込むよりも早くアリスが動き、もう一人の男のタマを蹴り上げた。


「ぎゃあああああ」


 蹴られた男は白目を剥き、泡を吹いて痙攣している。


 1人残されたトーカッターが慌てて腰のナイフを引き抜――

 それよりも速く、アリスがトーカッターの腕をねじ上げ、その勢いのまま顔面から床に叩きつけた。

 

 悶絶するトーカッターの胸に膝を乗せ、押さえつけると、トーカッターの腰のナイフを奪い取り、首にピタリ当てる。


「さて、いい事を教えてもらおうか」


 アリスがトーカッターと名乗る男から聞いた話は、今一つ要領を得なかった。

 祖国の名前も、敵国の名前も知らないと言う。そんな事があるだろうか?

 

 だが、この顔中血まみれになって、怯えている男が嘘をついている様子もない。


「まあ、いい」


 用済みになった男を、永久に黙らせる。

 外にまだ手下が居ると喚いていた、あまり時間をかけすぎると様子を見に来るだろう。


 トランクボックスを開くとタクティカルギアが一式、それと使い慣れた単分子ソードが入っていた。

 着替えを済ませ部屋を出る。


 あちこち扉が開いたままになっているのは、先程のごろつきどもが漁ったせいだろう。

 コントロールルームで端末を操作していると、キャルヴィン博士が残したビデオメッセージを発見した。


「まずは、おはよう。目覚めはどう? 体調は変わりないかしら?」

 彼女は私達を作り出した母ともいえる存在だ。軍は我々を消耗品として扱ったが、彼女は常に気にかけていてくれた。


「まず、どうしてそこで眠っていたかの説明をさせてもらうわね」

 キャルヴィン博士は、居住まいを正すと、本題に入った。

 

「各国は一定以上の力を持った、殺戮兵器の使用停止をすることに批准したの。あなたたちは人間の兵士で、兵器ではない。私は何度も抗議したけれど、ダメだった」

「そこで私は、あなたたちを処分したと見せかけ、ダミーのDNA情報をもつ肉片と血液を用意したわ。そして秘密のシェルターに隠した」


 あれだけ祖国に尽くした我々だったが、それ故に兵器として恐れられ処分されたと言う事か。

 

「軍部にも協力者がいたの。万が一必要になった場合の保険、という卑怯な下心だったけれど、なんであれ縋るしかなかった」

「あなたたちを守れなくて、ごめんなさい。次目覚める時には、兵器としてではなく人間として自由に生きられる世の中でありますように――」


 そこでメッセージは終了した。


 施設内には、私以外の隊員は見つからなかった。どこか違う場所で目覚めを待っているのだろうか?

 何をするにもまずは状況把握からだ、外にいるという連中の仲間を片付けるとしよう。


 アリスを出迎えたのは、鉛色の空と、淀んだ空気だった。


「……酷いな。これは核の冬か?」


 空一面を覆う分厚い灰色の雲。太陽の姿はなく、世界は薄暗い。

 だが、感傷に浸る時間は与えられなかった。


「中から人が出て来たぞ?!」 「ボスたちはどうしたんだ?」 「どうでもいい、若くていい女だ! こいつは楽しめそうだぜ!」

 遺跡の周囲にたむろしていたテイカーたちが、獲物を見つけたハイエナのように群がってくる。


 アリスは小さく溜息をついた。


「排除」


 その後の出来事は戦闘とも呼べない一方的なものだった。愛用の剣を抜く必要すら無く、全員が首の骨をへし折られていた。

 賊どもの持ち物を漁ってみたものの、碌なものがない。


 興味をなくしたアリスが近づいていったのは、崩れた巨大な建造物。

 それは、宇宙コロニーアヴァロンの残骸なのだが、アリスが生きていいた時代には存在していない。

 

「明らかに我々よりも、遥かに高度な技術で作られている。しかし技術系統がわからんな」

 技術には国ごとの特色が出るもの、少なくともアリスにはそういう認識があった。

 

「これだけの科学力のある建造物がこの有様、どこかと戦争中なのか……」

 そうなったとき、我々はすでに時代遅れの産物なのではないか? 不安がよぎる。

 

「それにしては、賊が火器の1つも所持していないというのが歪だな……。よくよく調べないといけない事だらけのようだ」

 高度な残骸と、原始的な生活を送る住民。この世界で何が起きているのか、情報はあまりにも少ない。


「幸いこのシェルターの動力は生きている。ここを暫くの拠点として、あたりを調査するしかないか」


 ――


 それから、3週間が過ぎた。


 その間、9つのテイカーグループを制圧し、数々の尋問を行い、そして残酷な真実にたどり着いた。

 アリス達が生きていた時代から数百年以上の時が過ぎ、祖国はおろか敵国も存在しない。あるのは崩壊した文明と、灰色の雲。そして、終わらない生存競争だけ。


 人間として自由に生きられる世の中でありますように――キャルヴィン博士の最後の言葉がリフレインする。だが、こんな世界でどうやって? アリスは黯然と立ち尽くしていた。

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