第四十二話 師弟関係
その日の夕方。 エンジェルステーションの司令室にて。
「……なるほどな。そのジャンク屋が、正式な出店を希望していると」
執務机でマリアの話を聞いていたレドリックが、顎をさすった。 横に立つモリィが、補足するように口を開く。
「大将。例の件だよ。……あの店主が、広場の蟲を片付けた『英雄』だ。間違いない」 「……そうか」
レドリックは深く頷いた。 ステーションの危機を救った恩人が、報酬として求めたのが「店を出す許可」だけとは。あまりにも無欲で、そしてこの街を気に入ってくれている証拠でもあった。
「ならば、許可証一枚を送りつけるだけでは不義理というものだな」
レドリックは立ち上がり、軍帽を被り直した。
「マリア、案内してくれるか? 私が直接、礼を言いに行こう」
――
翌日。 市場の片隅にあるジャンク屋に、マリアの元気な声が響いた。
「お姉さん! 連れてきたよ!」 「……おや」
アリスが本から顔を上げると、そこにはマリアとモリィ、そして屈強な体躯の男――レドリックが立っていた。レドリックはアリスの前に進み出ると、帽子を取って深々と頭を下げた。
「初めまして。エンジェルステーション管理責任者、レドリックだ。……先日は、我々の危機を救っていただき、感謝する」
周囲の空気とは違う、実直で重みのある言葉。
アリスは少し驚いたように瞬きをし、それからフッと笑ってフードの下から視線を返した。
「……私は自分の店を守っただけだよ」
「それでも、だ。君がいなければ被害は甚大だった。この街の長として、心から礼を言う」
レドリックはそう言って、一枚の書類を差し出した。正式な『土地使用許可証』だ。
「君からの要望である、正式な出店許可だ。……ただし、区画はこちらで指定させてもらった」
「……ほう」
アリスがそれを受け取り、目を通す。そして、記載されている区画の座標と面積を見て、片眉を跳ね上げた。
「随分と広いな。……私が店を広げていたスペースの倍以上あるぞ。ここいら一帯、全部私の敷地にしていいと書いてある」
「今後も色々と協力してもらうかもしれないからな。狭い店では不便だろう?」
レドリックがニヤリと悪戯っぽく笑う。
ただの許可証ではない。これは、彼なりの最大限の「感謝状」であり、これからもここに居てくれというメッセージなのだ。
「……ふむ。食えない大将だ」 アリスの口元が緩む。
「いいだろう。商談成立だ」
アリスはカウンターの下からあの箱を取り出し、マリアに渡す。
「ほら、持って行きな。開き方は覚えているか?」
「うん、大丈夫!」
「凄いもんを作って見せに来るんだよ」
「ありがとう!」
「正式にここの住人になるんだ、名乗っておこう。……私はアリスだ」
店主はそう言ってフードをまくり、素顔を見せた。赤く長い髪と、理知的な赤い瞳が印象的な、まだ若い女性。
その顔を見たレドリックは、一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐに柔和な笑みに戻った。
「歓迎しよう、アリス君。店を建てるのに人がいるようなら手配するが?」
「気持ちはありがたいが、普請も趣味でね。自分でなんとかするつもりだよ」
「そうか、店が完成した暁にはまた寄らせていただこう。それでは」
レドリックは再びアリスに会釈をすると、マントを翻して去っていった。その後ろ姿を見送り、アリスは「ふぅ」と息を吐いた。
「……いい父親を持ったな」 「えへへ、でしょ!」
マリアは挨拶を終えると、完成が待ち切れないとばかりに青いコアの入った箱を抱きしめ、満面の笑みで走り去る。
「さて、と……」
一人残されたアリスは、広々とした空き地を見渡して腕をまくった。土地さえあれば、あとは自分の腕次第だ。
「自分の城を作るとするか」
――
それから数日後。
市場の端には、見違えるような立派な建物が出現していた。アリスが廃材と鉄骨を巧みに組み合わせて建てた、二階建ての堅牢な拠点だ。
一階は、商品を並べる店舗スペース。その奥に倉庫と、馬小屋。二階は、アリスが寝泊まりする住居スペースとなっている。
「へえ……いい店になったじゃないか」
通りがかったモリィが、完成した店を見上げて口笛を吹く。ボロボロのシートの上で商売をしていた頃とは大違いだ。無骨だが、センスの良い看板も掛かっている。
「珍しく今日は1人かい?」
「誰かさんのお陰で、マリアはスペースに籠もって作業に没頭中さ」
「なるほど」
アリスは淹れたてのコーヒーを一口啜ると、カウンターに肘をついてモリィを見た。
この小柄な少女は、一見するとどこにでもいる普通の子供だ。だが、その瞳の奥には、見た目とは裏腹な鋭い光が宿っている。
「それで、ひとりで買い物かい? キミが欲しがりそうな品は置いてないよ」
「ああ、買い物じゃない。……実はお願いがあるんだ」
モリィは一度深呼吸をすると、真っ直ぐにアリスを見据えた。
「アタシに稽古をつけてくれないか?」 「稽古?」
アリスが片眉を上げる。
「アタシにはわかる。アリス、あんた強いだろう? ただの強さじゃない。もっとこう……洗練された、本物の戦士の強さだ。アタシにその戦い方を教えておくれよ」
モリィの言葉に、アリスはカップを置いた。この少女の勘は鋭い。そして、自分の実力不足を認めるだけの素直さもある。
「……なぜだい? アンタは十分に強い。その身軽さと、野生の勘。この辺りのゴロツキ程度なら相手にならないはずだ」
「それじゃダメなんだ!」
モリィが身を乗り出す。
「アタシは、皆を守りたいんだ。マリアも、大将も、このステーションのみんなも……!」
平和に見えるエンジェルステーションだが、あの時マンシーがいなければ、アロウェイの薬がなければ、そしてアリスがいなければどうなっていたか分からない。
自分には隠された「切り札」がある。だが、それを使えばどうなるか分からない。制御できずにマリアを傷つけるかもしれない。だからこそ、もっと強くならなければならないのだ。
「力任せに暴れるだけじゃ守れないものがある。……アンタが蟲を片付けた跡を見て思ったんだ。あんな風に、無駄なく、確実に敵を仕留める技術が欲しい」
そう言ったモリィの目は真剣そのものだった。そこには、ただ強さを求めるだけの浅はかさはなく、守るべき背中を見据えた覚悟があった。
アリスはしばらく沈黙し、モリィの瞳をじっと見つめ返した。やがて、ほう、と息を吐く。
「……酔狂なことだ。平和な店の店主に、人殺しの技術を教えろなんて」
「頼む! 何でもするから!」
頭を下げようとするモリィ。その頭に、アリスの手がポンと置かれた。
「いいだろう」
「えっ、本当か!?」
「ただし、厳しいよ。私の流儀は」
アリスはニヤリと笑った。それは、優しい店主の顔ではなく、かつて戦場を駆けた戦士の顔だった。
「まずはその『勘』に頼りすぎる癖から矯正する。……明日の朝、裏の空き地に来な。みっちり絞ってやる」
「う、うす! よろしく頼む、師匠!」
モリィがパァッと顔を輝かせる。アリスは「師匠はやめろ」と手を振ったが、その表情は満更でもなさそうだった。
こうして、マリアが青いコアの研究に没頭する裏で、モリィとアリスの秘密の特訓が幕を開けることになった。




