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第四一話 特別なコア

 エンジェルステーションの復旧作業は、驚くべき速さで進んでいた。

 アロウェイの燻煙剤のおかげで、地下からの再侵攻の恐れがなくなり、住民たちは安心して大穴を埋める作業に専念できたからだ。


 そんな喧騒から数日後。


 マリアとモリィは、再び市場の裏通りへと足を運んでいた。その後ろにはすっかりマリアに懐いたコロンが、トテトテとご機嫌な足取りでついてきている。


「またあの場所にいるかな?」

「前に行った時は、他に客もいなさそうだったからな~。場所を変えているかもしれないね」


 そんな会話をしつつ、歩いていくとあのジャンク屋は以前と変わらぬ場所に開かれていた。

 あの日と変わらず、ボロボロのシートの上にガラクタが並べられているだけにみえる不思議な店。だがマリアの目には宝の山に写っていた。


「いらっしゃい……」


 落ち着いた女性の声が響く。フードを目深に被った店主は、パイプ椅子に座って古い書物を読んでいたが、マリアたちに気づくと顔を上げた。

 そして、その視線はすぐに後ろのコロンへと注がれた。


「ほう……。いい仕上がりだ」


 アリスが感嘆の声を漏らす。


「あの汎用サブコアから、見事な機体を組み上げたねえ。……売ったこちらとしても嬉しい限りだよ」

「えへへ、アヴァロンの設備と、あとコロンが頑張ったの!」


 マリアが得意げに紹介すると、コロンも『ピロリッ!』と鳴いて、アリスに向かってピシッと敬礼した。

 アリスはフードの下で微かに口元を緩めると、コロンの近くで見慣れない機器を動かした。


「驚いたな。出力係数が汎用規格の標準を超えている。ハードウェアの設計がよほどしっかりしているのだろうね」


 店主は、マリアの技術者としての才能と、機械の「声」を聞く能力に改めて舌を巻いたようだった。マリアは純粋に褒められて喜んでいるが、隣に立つモリィの表情は険しかった。

 彼女は鋭い視線をアリスに向けたまま、一歩前に出た。


「……ねえ、アンタ」 「なんだい? お嬢ちゃん」


 アリスが顔を上げる。フードの奥の瞳が、静かにモリィを射抜く。


「あの日……ステーションの中に蟲が湧いた日。あいつらを片付けたのは、アンタだろ?」

 直球の問いかけ。マリアが驚いて振り返るが、モリィの視線はアリスから外れない。


「……どうしてそう思う?」

「とぼけるなよ。臭うんだよ」

 モリィは鼻をひくつかせた。


「この店全体に染み付いてる。あの甘ったるい蟲の体液の臭いがな。……どれだけ洗っても、アタシの鼻は誤魔化せない」

 そして、彼女はアリスの背後に置かれた、麻布で包まれた細長い物体を指差した。

 

「それに、広場に転がってた蟲の死骸。……全部、鋭い刃物でスッパリといかれてた。マンシーの鎌とも違う、もっと薄くて鋭い刃の跡だ」

 モリィは一歩踏み出し、アリスの背後の包みを指差した。

「その包み……ただの鉄パイプや棒切れじゃないだろ? 中身は『剣』なんじゃないのか?」


 レドリックたちは「何で戦ったのか分からない」と言っていたが、死体の山は雄弁だった。蟲の外殻は非常に硬く、一撃で両断できる武器など、そうそう存在しない。

 そして今、目の前に、蟲の返り血の臭いを漂わせ、剣のような包みを隠し持つ「只者ではない女」がいる。


 張り詰める空気。コロンも異変を察知したのか、カメラアイを赤く点滅させ、モリィとアリスの間に入ろうとする。

 アリスはしばらく沈黙していたが、やがて「ふっ」と短く笑った。


「私が、蟲を片付けたとしたら何か問題があるのかな?」

「パパが、あの時の人にお礼を言いたいって言ってたよ」

「自分の馬車と商品を守るために戦ったにすぎない。気にしないでくれと伝えてほしい」

 店主はそう言うと、雰囲気を和らげた。


「でも……」

「礼というなら、また何か買っていっておくれ。こいつなんておすすめだよ」


 帰ろうとしたマリアたちを呼び止め、店主がカウンターの下から頑丈そうなケースを取り出した。

 そのケースの蓋は、いくつかの複雑な手順を踏む事でようやく開いた。


「わぁ……」


 中から漏れ出した光が、薄暗い店内に幻想的な影を落とした。  クッション材の中に鎮座していたのは、握り拳ほどの大きさの球体。  前回の汎用コアがくすんだ黄色だったのに対し、それはまるで深海のような、吸い込まれるような深い青色を湛えていた。


「これは……」


 コアを見て、マリアが目を丸くする。

 彼女には聞こえていた。そのコアから発せられる、汎用コアとは桁違いの、密度の高い演算プロセスの駆動音が。


「……この子は普通じゃない」


 マリアが震える声で呟くと、アリスはニヤリと口角を上げた。


「一目で見抜くとは流石だな、それはとある遺跡で見つけた代物だ。通常の機械人形に組み込むには()()()()()複雑でね、誰にでも売れるようなものじゃない」


「すげえのか? それ」  横から覗き込んだモリィが、不思議そうに首を傾げる。


「うん、多分だけどもう意識がある。今は眠っているだけ」

 マリアのテンションが上がっている、技術者としての血が騒いでいるのだ。このコアを使えば、どんな新しい「家族」が作れるだろうか。想像するだけで胸が高鳴る。


「……欲しい。すごく欲しいけど……」


 マリアが財布の中身を確認し、シュンと肩を落とす。

 汎用サブコアですら高価だったのだ。こんな代物いくらになるか想像もつかない。少なくとも子供の小遣いで買える額ではない。


「……今の私の手持ちじゃ、全然足りないや」

 マリアが残念そうに呟いて、名残惜しそうに箱の中の青い光を見つめる。

 だが、アリスは箱を閉じることなく、指先でコアをコツコツと叩いた。


「そこで相談だ」 「え?」


 アリスがフードの奥から、静かな声で告げる。


「このエンジェルステーションに、正式に店を構えさせてもらいたい。場所はここで構わない」

 今まで勝手にシートを広げての商売。黙認されて商売をしている人たちのうちの1人だった。

 

「それは……」 マリアが目を瞬かせる。

 確かに、ここは市場の端っこの、誰も使っていない空き地だ。しかし、正式に店を構えるとなれば、居住権や営業許可証が必要になる。

 それは、子供のマリアの一存で決められることではない。


「もちろん、アンタがここで即答出来ることではないのはわかっているよ」


 アリスはそう言って、一度言葉を切った。そして、試すような視線をマリアに向けた。


「上の人間に相談して、また答えを聞かせてほしい。そのコアの代金は、その『許可証』で手を打とうじゃないか」

「本当!? パパに聞いてみる!」

 マリアの顔がパァッと輝いた。レドリックなら、きっと話を聞いてくれるはずだ。


「ああ、よろしく頼むよ」

「うん! すぐに聞いてくるね!」

 マリアはコロンを連れて、弾丸のように店を飛び出していく。モリィは店主の方にチラリと目をやったが何も言わずマリアの後を追いかけて行く。

 店主はその様子を微笑ましく眺めつつ、店の設計に思いを馳せていた。

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