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第三十九話 コロン誕生

 かつて宇宙より堕ちてきた、アヴァロン居住区画の残骸が、錆びついた墓標のようにそびえ立つ場所――「アヴァロン自治区」。

 風雨に晒された外壁は銀色に鈍く光り、かつての栄華と、滅びの寂寥を同時に物語っていた。


 入口に辿り着いたマリア達を、多数の人々が出迎えた。

 だが、彼らの視線は噂の「天使」よりも、その天使を乗せている巨大な殺戮兵器マンシーへと注がれていた。

 彼らの瞳には、畏敬ではなく、剥き出しの「探究心」が燃えている。


「旧時代の技術というのも、侮れないな」「あの安定した動きを見ろ、背の上にいる天使達が殆ど揺れを感じていないようだ」

「おい、あの脚部どういう駆動系だ? 油圧じゃなさそうだぞ」 「装甲の材質は何だ? 複合材か? スキャンさせてくれ!」


 群がってくる住民たちは、手に手に怪しげな自作の計測機器を持ち、マリアたちそっちのけでマンシーの足元にへばりつこうとする。

 その圧倒的な熱量に、マンシーの上でマリアは目をぱちくりとさせた。


「あはは……なんだか、エンジェルステーションと全然違うね」

「ああ。だが、拝まれるよりは気楽でいいさ」


 モリィが苦笑しながら肩をすくめる。

 ここではナノテクによる天使の奇跡より、旧時代の論理と回路、そして具体的なスペックこそが知りたい事なのだ。


「おいおい、そこまでにしておけ。大事な客人が困っているだろう」


 その時、喧騒を割って一人の男が現れた。

 くたびれた白衣を羽織った30代後半の男。後ろで纏められている長い髪には白いものがいくつか混じっている。

 アヴァロン自治区の代表、ケイスだ。


「代表! ですが、動いている多脚兵器なんて、データバンクでしか見たことがありません!」

「後でたっぷり見せてやるから、今は道を開けるんだ。……やあ、待っていたぞアロウェイ!」


 ケイスが視線を上げると、マンシーの背からアロウェイが優雅に手を振った。

 マンシーがプシューッと排気音を立てて身を沈めると、マリアたちは地面へと降り立った。


「久しぶりね、ケイス。色々と大変そうだけど、上手く纏めているようね。流石だわ」

「ここじゃ協力しなければ生きていけない、それだけさ」


 挨拶を交わすアロウェイとケイス。その短い言葉の端々に、かつて宇宙の海で共に研究していた頃の信頼関係が滲む。


「こんにちは!」

「…………どうも」

「こんにちは、マリアちゃん。……で、そちらのお嬢さんは?」

「この子はモリィよ、人見知りさんなのね~」

 そう言ってアロウェイが、モリィの頭をグシグシと撫で回す。


「や、やめろよ~」

 そう言いながらも、逃げようとはしないモリィの姿に、ケイスの強張っていた表情が少しだけ緩んだ。


「楽しそうでなにより。さあ、マンシー用のハンガーも空けてある。そろそろ中に入ろうか」


『ジジッ……』  ケイスの言葉に、マンシーが肯定するように低い音を鳴らす。


 一行はケイスに導かれ、巨大な残骸の内部へと進んでいく。

 当初は墜落した鉄屑だけが頼りだったこの場所も、今では強固な防壁と再利用された資材によって、要塞のような拠点へと変貌を遂げていた。

 その復興の立役者こそ、エンジェルステーションから貸し出された人形重機たちだ。

 旧文明の楽園と、現文明の墓場。対照的な二つの拠点は、互いに欠かせないパートナーとなっていた。


 マンシーをハンガーに預けると、ここぞとばかりにワラワラと技術者たちが集まってきた。

 マリアがマンシーに「我慢してね」と言わなければ、鼻息の荒い数人が軽く吹き飛ばされていたかもしれない。もっとも、マンシー自身も自分のボディを褒め称えられて、まんざらでもなさそうにセンサーを瞬かせていたが。


 案内された最奥のラボには、エンジェルステーションでは決してお目にかかれない高度な精密機器が所狭しと並んでいた。

 天井からは無数のケーブルが蔦のように垂れ下がり、数え切れないほどのモニターが明滅している。元宇宙コロニーの面目躍如といった光景だ。


「ここにある機材なら、お前さんの注文にも応えられるだろう」

「ありがとうございます、ケイスさん!」


 整然と並ぶ工具や精密機器を前に、マリアの瞳は宝石のようにキラキラと輝いていた。


「なにか手伝うことはあるかね?」

「大丈夫、自分でやってみる」


 マリアは短く答えると、使い慣れた道具を手に取るように、迷いなくコンソールへと向かった。

 彼女の指先がキーボードを叩き始めると、その空気は一変する。

 鉛色に光る球体――コアを装置に取り付け、複雑なコードを猛烈な速度で入力していく。瞳にはモニターの青い光が映り込み、彼女自身がシステムの一部になったかのようだ。


「大したもんだ、何がどうなっているやら……」

 その神業のような手際を見て、ケイスが感嘆の唸り声を上げる。


「ああなったら、声も聞こえないほど集中しているわ。暫く時間を置きましょう」

 モリィは、マリアの側で静かに作業を見守る事を決め、アロウェイとケイスは、蟲の脅威についての報告と、今後の打ち合わせのために会議室へと場所を変えた。


 ――


 半日後。


 静寂に包まれていたラボで、新たな命の産声が上がった。


『ギュイ……ピロリッ!』


 作業台の上で、小さなロボットが起動音を響かせた。

 

 大まかな形状は多脚戦車マンシーを模した蜘蛛型。丸みを帯びた深い緑色のボディ。6本の脚と2本の腕。前面についた2本の小さな作業用マニュピレーター。

 頭部にある大きな単眼カメラが、まるで赤ん坊が初めて世界を見るようにクルクルと回る様子は、無条件の愛らしさを感じさせた。


「やった……! おはよう、コロン!」

『ポワッ! ポワワ!』

 マリアが満面の笑みで覗き込むと、コロンもまた、嬉しそうに電子音を返した。電子音にも関わらず、そこには確かな「喜び」の感情が乗っていた。


「やったな! マリア!」

 ずっと見守っていたモリィ、身を乗り出して喜んだ。


「よし、動作テストだよ。コロン、あれを持てる?」

 マリアが指差したのは、自分と同じくらいの大きさがある資材コンテナだ。

 コロンはトテトテと歩み寄ると、短い足を踏ん張り、内部モーターを低く唸らせた。


『テュレ・ピ〜!』

 ウィーン、という駆動音と共に、コロンはコンテナをヒョイっと軽々と持ち上げた。


「おお! あいつ、見た目よりずっと力持ちだぞ!」

 モリィが目を丸くする。


「それじゃあ、早速マンシーとご対面だね。行くよコロン」

『ポューン』


 マリア達は、コロンの反応を見つつ、マンシーの居るハンガーへと向かった。

 ハンガーに付くと残っていた数人の技術者たちが、マリアの後ろをカシャン、カシャン、とついて回るロボットに気づき、「なんだあれは?」「可愛いな」と再び色めき立つ。


 ハンガーでマンシーを見つけたコロンがシューンと滑るように、マンシーの足元へ近づいていく。

 見上げるような巨体。冷徹な鋼鉄の蜘蛛。


 すると、マンシーが『ジジッ……ジッ……』と低いノイズを発し、センサーを優しく点滅させた。

 コロンも『ピロリ!』と反応し、データを送り返す。


 ――『初めまして! コロンだよ!』

 ――『ジジッ……コロン、確認。我、マンシー』

 ――『了解!!』


 機械同士の言葉を理解できる者がいたならば、このようなやり取りが聞こえたはずである。

 

 旧時代の殺戮兵器と、生まれたばかりのロボット。

 鉄の匂いが充満するハンガーで生まれた、凸凹な鉄の兄弟。

 その微笑ましい光景に、周囲の無骨な男たちからも温かい笑い声が溢れた。


 ――


 翌日、マリアたちはケイス達に見送られ、アヴァロン自治区を後にした。

 マンシーの背の上、マリアは隣で脚を畳んでいるコロンを愛おしそうに撫でる。


「パパたち、驚くかな?」

「腰を抜かすんじゃないか? 特にレドリックは、またお宝が増えたって騒ぎそうだ」

 モリィが茶化すと、4人は声を上げて笑った。

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