第三十八話 這い出るモノたち
エンジェルステーションを発ってから、二日目。
太陽が天頂に差し掛かる頃、マリアたちは岩場の影で昼食休憩をとっていた。
メニューはイノシロウ特製の携帯保存食。素朴だが栄養価が高く、流石に味はいつものできたてとは比べるべくもないが、旅の食事としては最良の部類だった。
「んー、やっぱりイノシロウのご飯は美味しいね」 「ああ。噛みごたえがあって悪くない」
マリアとモリィが並んで保存食を齧り、アロウェイに注いでもらったお茶を飲む。
マンシーは皆の食事が済むまでの間、その巨体を休めるように脚を折りたたみ、待機モードに入っている。
その時だった。
「……ん?」
モリィが咀嚼を止め、耳をピクリと動かした。南側の丘の向こうから、微かな振動と、複数の足音が近づいてくる。
「誰か来る。……走ってるね。かなり慌ててる」 「キャラバンかしら?」
アロウェイが立ち上がった直後、丘の稜線から砂煙が上がった。現れたのは、数頭のマッファローを引き連れた小規模なキャラバン隊だ。だが、その様子はおかしい。
荷物は崩れかけ、人々は血相を変えて叫びながら、こちらに向かって転がり落ちるように駆けてくる。
「助けてくれぇぇッ!!」 「来るな! あっちへ行けッ!」
彼らの背後――土煙の向こうから、黒い奔流が溢れ出した。
見たこともない蟲。強いて言うなら蟻に近いだろうか? ただし、牛くらいの大きさがある。
大きな2対のアゴをガチガチと鳴らしながら突き進む群れ。殺意に満ちた捕食者たちは、疲弊したキャラバン隊との距離を確実に詰めていた。
「何あれ! あんなの見たこと無い?!」 「逃げてるキャラバンを追いかけてきたんだ……!」
モリィがマリアを見る。マリアの決断は早かった。
「マンシー、起動! あの人たちを助けて!」
『ジジッ(了解)』
待機モードだったマンシーのカメラアイが一瞬で赤く染まる。マリア達と、荷物を素早く降ろすと蟲の群れ目掛けて突進して行った。
逃げてくる商人たちは、前方から現れた異形の殺戮兵器を見て、絶望に悲鳴を上げた。
背後から砂煙を立て迫る蟲の大群。さらに前方から見たこともない巨大な機械が迫ってくる。
「ひぃぃッ! お、終わりだぁ!」
商人が頭を抱えて地面に伏せる。だが、マンシーはその商人の頭上を軽々と飛び越えた。
シュンッ――!!
着地と同時、鎌の一閃。 先頭を走っていた蟲の首が飛び、緑色の体液を撒き散らす。蟲は頭を失い尚も暫くの間ジタバタと手足を動かしていたが、やがて諦めたように動かなくなる。
マンシーはそのまま蟲の群れの中へと踊り込んだ。
そこからは、一方的な蹂躙だった。無秩序に突っ込んでくる蟲たちは、精密にプログラムされた死神の刃の前では、自ら切り刻まれに来る肉塊に過ぎなかった。
キャラバン隊の人々は、その様子に逃げるのも忘れ、呆然と立ち尽くしその様子を眺めている。
数分後。最後の蟲の背中が踏み潰され、荒野に静寂が戻った。
――
「あ、ありがとう……助かった……のか?」
腰を抜かしていたキャラバン隊のリーダーらしき男が、震える声で礼を言った。 その視線は、蟲の死骸の山の上に立つマンシーに釘付けだ。
「怪我はありませんか?」
大人であるアロウェイが代表して、キャラバンの男に話しかけた。
「あ、ああ。おかげさまで……。あんたたちは一体……?」
「私たちはエンジェルステーションの住人です」
「おお、エンジェルステーション……市場に何度か行ったことがある」
知った名前が出たせいか、キャラバンの男は少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
「少しだけ事情を聞かせてもらえる? あの蟲は一体何? どこから来たのかしら?」
「あんな化け物は儂らも初めてさ。いつものように交易路を進んでいると、見慣れない塚がいくつも出来ていた。何だろうかと思ったらヤツラが湧き出てきたってわけさ……本当に肝を冷やしたよ」
男はそういうと、額の汗を拭った。
話を聞いたアロウェイが考えを巡らせる。
(蟲は巣を作るもの、地中にどれほどの規模で生息しているかわからな無い、危険だわ)
「あんた達には、あのすごい機械がついているから大丈夫だとは思うが、気をつけなよ」
「ありがとう。あの蟲と遭遇した場所はここから近いの?」
「ああ、あの丘を超えてすぐの所さ、蟲があれで全てとは思えない。儂らはもう行かせてもらうよ」
商人は何度も頭を下げると、生き残ったマファローを引いて、忌まわしい場所を去っていった。
「さて、と」
マリアは無線機を取り出し、エンジェルステーションの周波数を合わせた。
『――こちらレドリック。マリアか? 定時連絡にはまだ早いが、何かあったのか?』
「パパ、緊急事態。見たこともない大きな蟲に追われたキャラバン隊を助けたの」
『大きな蟲だと? ……お前たちは無事なのか?』
「うん、マンシーがいるから平気。……でも、気になるの」
マリアは視線を、蟲たちが現れた丘の向こうへと向けた。
『……まさか、発生源を確認しに行くつもりか?』
「うん。すぐ近くらしいから。場所だけ確認したら、すぐにアヴァロンへ向かうよ」
『……無理はするなよ。モリィ、アロウェイ博士、マリアを頼んだぞ』
「勿論、無理はしないわ」
「了解だよ、大将」
通信を切り、マリアたちは蟲が通ってきた痕跡を逆に辿り始めた。地面には、無数の引きずったような跡と、甘ったるい腐敗臭の染みが点々と続いている。
丘の上に出たところで、言っていたように塚がいくつも出来ているのが見えた。
今は見えていないが、地下にまだ大量の蟲がいるのかもしれない。
地中奥深くからは、ギチチチ……という、無数の何かが蠢く音が、地鳴りのように響いてきていた。
「これ、ただの巣じゃないわね」
アロウェイが険しい顔で端末を操作し、亀裂の深度を測定する。
「地下空洞が、網の目のように広がっている……。これは巨大なハイヴ・ネットワークへの入り口の一つに過ぎないわ」
マリアは息を呑んで暗闇を見つめた。私たちが戦っていたのは、この巨大な氷山の一角でしかなかったのだ。
「おそらくだけど、長い事地中で増えていた蟲が、地上が暖かくなったことによって出てきたのだと思う」
「そんな、私のせいで……」
「マリアのせいではないわ、太陽の光は素晴らしいものよ。あなたの取り戻してくれたものの価値は計り知れない」
アロウェイの言葉に、モリィも力強く頷く。
「……行こう、アヴァロン自治区へ。急がないと」
この脅威に対抗するためにも、新しい仲間の製作を急ぐ必要があった。




