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第三十七話 はじめてのおつかい

 マリアは、温室内につくられた自分専用のスペースで、新しい仲間『コロン』を誕生させようと作業に熱中していた。


「うーん、どうしても上手く行かないなあ」

 マリアの技術力というよりも、設備の問題だった。ハード面はなんとかクリアできても、ここではコアの初期設定をするための設備が足りない。

 そんなマリアに、様子を見に来たアロウェイが、ある提案を持ちかけた。

 

「アヴァロン自治区へ行ってみない? あそこなら今のマリアに必要な機材が揃っているはずよ」


 アヴァロン自治区。かつて宇宙に存在していたコロニーの残骸を中心として出来た拠点である。

 アロウェイはそこで研究者として従事していた経験があり、アヴァロン自治区のリーダー、ケイスとは旧知の間柄だ。


「私が行って、機材を使わせてもらえるのかな?」

「ケイスには先に連絡を入れておくわ。それに行くなら私も同行するつもりよ」

「ありがとう! アロウェイさん」

「ええ、それじゃあ先に説得しないといけない相手がいるわね。こっちのほうが強敵かも」

 そう言うとアロウェイは苦笑を浮かべた。


 ―― 


「ダメだ。許可できん」


 エンジェルステーションの作戦指令室、兼リビング。普段は和やかな空気が流れるこの場所に、今日は重苦しい沈黙が漂っていた。

 円卓の中央、リーダーである蒐集家のレドリックは、腕を組んで即答した。


 その視線の先には、必死な面持ちのマリアと、彼女の肩に手を置くアロウェイ博士がいる。


「パパ、お願い! 数日でいいの! アヴァロンに行けば、コロンを作れるの!」

「アヴァロンまでの道のりは荒野だ。最近は奇妙な生物の目撃情報も増えている。そんな危険な場所に、お前を行かせるわけにはいかない」


 レドリックの声は頑なだった。 だが、この場にいるのは彼だけではない。エンジェルステーションを立ち上げた初期メンバー――通称ギーグスの面々も顔を揃えていた。


 設備屋のプリスキンが工具をいじりながら困ったように眉を下げ、猟師のファルケンバーグはナイフを磨きながら沈黙を守っている。

 料理人のイノシロウは心配そうにマリアを見つめ、東洋医学者のリンジーは静かにお茶を啜っている。

 彼らは全員、マリアが赤ん坊の頃からオムツを替え、ミルクをやり、共に育て上げてきた「父親」たちだ。だからこそ、レドリックの心配も痛いほど理解できるのだ。


「でも! コロンが完成すれば、もっとみんなを守れるようになるの! 私だって、ただ守られてるだけじゃ嫌なの!」

「気持ちは嬉しいが、危険を冒す必要はない。防衛は我々、大人の仕事だ」


 平行線をたどる親子の会話。

 マリアが涙目で周囲の「パパ」たちに助けを求めるように視線を巡らせる。その時、静かに口を開いた男がいた。


「……レド。少し、過保護が過ぎるんじゃないかな」


 穏やかで、どこか物語を朗読するかのような優しい声。小説家のアレンだ。彼は書きかけの原稿用紙を脇に置くと、眼鏡の位置を直しながら微笑んだ。


「アレン、お前までマリアを行かせるというのか? 外がどういう状況か知っているだろう」

「ああ、知っているよ。だがね、彼女はもう、私たちが読み聞かせをして寝かしつけていた頃の赤ん坊じゃない」


 アレンは立ち上がり、マリアの頭を優しく撫でた。


「あの時、彼女が見せた勇気と才能を、君も一番近くで見ていたはずだ」

「それは……そうだが」

「『可愛い子には旅をさせろ』……古臭いことわざだけど、真理だよ。子供というのは、親が思っているよりもずっと早く、物語の次のページをめくりたがるものさ」


 アレンの言葉に、他のメンバーたちも顔を見合わせた。プリスキンが苦笑しながら口を開く。

「まあ……確かに、悔しいが今のここの設備じゃ足りないものが多すぎる」

 イノシロウも頷いた。 「腹が減ったら戦はできぬ。特製の保存食を山ほど持たせてやろう」

「万が一のために、私の特製カンポーも持たせよう」リンジーが茶杯を置いて微笑む。カンポーと聞いたモリィが小さく舌を出した。


「お前たち……」

 レドリックは呆れたように、そして少し嬉しそうに、長年の戦友たちを見渡した。  全員が、マリアの成長を認め、その背中を押そうとしている。強情っぱりは、自分だけだったようだ。

 長い沈黙の後。レドリックは大きく息を吐き出し、父親の顔に戻ってマリアを見た。


「……無線機は持っていくように。朝昼晩、定時連絡を欠かすな」

「パパ……!」

「それと、アヴァロン自治区に着いたら1人では外に出るな。……分かったな?」


 旅の許可を貰えたマリアの顔に、満面の笑みが戻る。


「うん! ありがとう、パパ! みんなも、ありがとう!」


 マリアがレドリックに抱きつき、そしてギーグスの面々にも順に笑顔を向ける。アロウェイ博士が、微笑ましそうにその光景を眺めていた。


「愛されているわね、マリア」

「うん……私の自慢の家族です」


 ――


 出発は朝早く暗い内に、密かに行われた。

 マリアが旅をするのを「熱狂的なネイバー達が知ったら、勝手にゾロゾロと後をついていきかねない」というアレンの懸念を受けての措置だった。

 

 エンジェルステーションのゲート前には、頼もしい旅の相棒が待機している。

 旧時代の殺戮兵器、今はマリアの頼もしい相棒、マンシーだ。

 普段は拠点の防衛を担う役割が多いが、その背中は広く、荷物と人を乗せて荒野を移動するにはこれ以上ないほど安全な乗り物となる。


「よいしょ、っと」


 マリアがマンシーの脚を梯子代わりにして、背中の荷台へと登る。

 そこにはイノシロウが持たせてくれた大量の保存食や、プリスキンが整備した簡易テント、リンジーの薬箱などが山のように積まれていた。


「マンシー、重くない?」 『ジジッ』


 マンシーが低い駆動音を鳴らし、カメラアイを優しく点滅させる。

 マリアが乗っている時のマンシーは、殺戮兵器ではなく、忠実な大型犬のような雰囲気を纏っていた。


 続いてアロウェイがマンシーの背に登り、マリアの隣に腰掛けた。


「よし、準備完了だね」


 軽快な動作で荷台に飛び乗ったのは、護衛役のモリィだ。

 彼女は腰にナイフを下げ、背中には使い古したクロスボウを背負っている。


 ゲートの下には、見送りに来たギーグスの面々が並んでいた。


「マリア、無線機は持ったか? マンシーの調子は確認したか?」

「もう、パパってば。さっきから五回目だよ?」


 心配性のレドリックに、マリアが苦笑する。

 だが、レドリックの視線はマリアだけでなく、その隣に座るモリィにも向けられた。


「モリィ」

「ん? なにさ、大将」


 モリィが身を乗り出す。

 彼女はてっきり、「命に代えてもマリアを守れ」と命じられるのだと思っていた。自分は実験で作られたミュータントであり、マリアはこの拠点の希望なのだから。


 だが、レドリックの口から出た言葉は、彼女の予想を裏切るものだった。


「お前もだぞ、モリィ。……あまり無理はするなよ」

「え?」

「何かあったら、すぐにマンシーを走らせて逃げろ。戦うのはマンシーに任せておけばいい。お前だって、まだ育ち盛りの子供なんだからな」


 レドリックのその言葉に、後ろにいたファルケンバーグやイノシロウも深く頷いた。


「そうだぞモリィ。お前は運動神経が良いが、所詮は生身だ。荒野の獣や、ましてや蟲なんて化物相手に無茶をするんじゃないぞ」

「おやつの干し肉、お前の分もたっぷり入れてあるからな。ちゃんと食えよ」


 彼らの眼差しには、一点の曇りもない純粋な慈愛があった。

 彼らにとってモリィは、ちょっと腕っぷしが強いだけの、マリアと同じ「守るべき娘」でしかなかった。


「…………」


 モリィは一瞬、きょとんとして瞬きをした。胸の奥が、温かい何かで満たされると同時に、チクリと痛んだ。

 本当の姿を見せたら、彼らはどんな顔をするだろうか。それでもまだ、こんな風に心配してくれるだろうか。


「……へへっ。了解だよ、パパさんたち」


 モリィは寂しさを隠すように、ニカッと白い歯を見せて笑った。


「安心してなよ。この『最強の護衛』がついてるんだ。マリアには指一本触れさせないさ」

「ああ、頼んだぞ」


 ――


「行ってきまーす!」


 マリアが大きく手を振る。 マンシーが重厚な足取りで歩き出し、ゲートをくぐる。

 鉄の巨人の背に揺られながら、3人はアヴァロン自治区を目指して荒野へと旅立った。


 見送る父親たちの背中が小さくなっていく。その光景を目に焼き付けながら、モリィは心の中で密かに誓っていた。

(無理なんてしないさ。……アタシが全部、片付けてやるからね)


 もし危険が迫れば、この身を怪物に変えてでもマリアを守る。たとえその代償として何を失うことになったとしても。

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