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第三十六話 市場での出会い

 南の拠点、エンジェルステーションの中央広場は、かつてない熱気と喧騒に包まれていた。

 今日は月に一度の定期交易市の日だ。

 近隣の集落からキャラバンが訪れ、貴重な医薬品、保存食、怪しげな旧時代のジャンクパーツなどが所狭しと並べられている。


「わあ……すごい人だね、モリィ」

「ああ! 先月よりも人が増えてる!」


 雑踏の中、マリアとモリィは手を繋いで歩いていた。

 二人の少女、マリアは長い金の髪を揺らし、分厚いパーカーにスカート。モリィはボーイッシュな短い黒髪で、着ている服も動きやすいパンツルック。

 年相応の少女の格好だが、すれ違う人々の反応は、単に可愛い少女二人に対するものとは程遠かった。


「あ……マリア様だ」

「おい見ろ、天使様が歩いておられるぞ」

「おお、なんと尊い……」


 波が割れるように、人混みが自然と道を開けていく。ここエンジェルステーションに出入りする者で、マリアを知る者の反応は決まっている。

 かつてこの地で起きた奇跡の光柱。誰もが彼女に対し、畏敬の念と隠しきれない親愛の情を向けていた。


「マリア様! こちらの果物をどうぞ! 温室で採れた最高傑作です!」

「いやいや、ウチの織物を使ってください! 貴女の肌にきっと似合う!」


 マリアの功績を広めた張本人、古参の住人――「ネイバー」たちは、もはや信者としての振る舞いが板につきすぎていた。

 隙あらば何かを貢ごうと、供物を掲げて詰め寄ってくる。


「え、あ、あの……ちゃんとお金は払いますから」

「滅相もございません! 受け取っていただけるだけで光栄なのです!」

「そ、そう言われても……困ります……」


 マリアは苦笑しながら、やんわりと品物を押し返した。

 今の自分は、ただ寒がりで非力な普通の少女だというのに。

 それでも変わらず向けられる熱烈な好意は、マリアにとって少しだけくすぐったかった。


「……っと、あった」


 信者たちの猛攻をなんとか躱し、マリアは目的の露店――パーツ屋の前で足を止めた。

 サーボモーター、古ぼけた基板、何かのセンサー類。

 普通の人には何の価値も見いだせないガラクタ。その中から、マリアは迷いなくいくつかのパーツを拾い上げる。


「これと、これ。あと、あの奥にある制御チップをください」

「へいよ。……って、姉ちゃん、見る目があるねぇ。そいつは旧時代の規格品だ」


 店主が驚いたように口笛を吹く。

 マリアはナノマシンによる身体能力や演算能力を失って久しい。だが、元々持っていた才能なのだろうか、メカに対する直感的なセンスだけはずば抜けていた。

 人間となった今でも、拠点を守る旧時代の自律殺戮兵器『マンシー』たちとは、言葉を超えた確かな絆で結ばれている。彼らの「声」が、なんとなく分かるのだ。


「そんなの買ってどうすんだ?」

 不思議そうに覗き込んでくるモリィに、マリアは嬉しそうに部品を見せた。

「ふふ、マンシーにお友達を作ってあげようと思って」

「お友達?」

「そう。マンシーにお話し相手になるような、小さい子を作ってあげようかなって」


 殺戮兵器にお友達。

 物騒な単語と微笑ましい動機のアンバランスさに、周囲の大人たちは苦笑するが、マリアは大真面目だ。

 そんな平和な会話をしながらも、隣に立つモリィの瞳は、絶えず周囲を警戒している。


(……三時の方向、視線あり。害意なし。七時の方向、興奮状態。注意)


 ここに来る者でマリアを知らないのはモグリだが、大きな市となれば、実際にそういう輩も紛れ込む。

 他所から来た流れ者や、この地の「不文律」を知らない愚か者だ。


 ――背後から、不審な足取りで近づく男がいた。

 薄汚れたフードを目深に被った男だ。彼の目には、マリアが「無防備で上等な服を着た、金を持ってそうなガキ」にしか映っていない。

 

(チョロいもんだ)


 男がニタニタと笑いながら、マリアの細い肩に手を伸ばした。

 その指先が、マリアのパーカーに触れようとした――その瞬間。


 ドゴッ!!


 鈍く、しかし重い打撃音が雑踏のノイズに混じった。

 男の体は、マリアに触れる寸前、「く」の字に折れ曲がって後方へと弾き飛ばされていた。

 視線すら向けずに放たれた後ろ回し蹴りは、正確無比に男の鳩尾を捉えていた。


「あ……が……」


 男は声にならない悲鳴を上げ、地面に崩れ落ちて泡を吹く。

 その瞬間だった。 周囲の露店に溶け込んでいた数人の男たち――ネイバーが、音もなく現れた。


(……迅速に処理せよ) (マリア様の御目に汚いものを入れるな)


 彼らは無言の目配せだけで意思を通じ合わせると、まるで粗大ゴミでも回収するかのような手際の良さで男の両脇を抱え、路地裏の闇へと引きずっていった。

 その間、わずか数秒。


「ん? 今、何か音がしなかった?」


 背後の異変に気づき、マリアが不思議そうに振り返る。

 だが、そこには普段と変わらない平和な市場の風景があるだけだ。男の痕跡など、塵一つ残っていない。


「気のせいだよ、マリア。誰かが荷物を落としたんじゃない? それよりあっち、何か面白そうなことやってるぞ」

「うん、行こう」


 モリィは何食わぬ顔でマリアの手を引き、歩き出した。

 天使の平和な日常は、こうして見えざる守護者たちによって、徹底的に守られているのだ。


 ――


 しばらく市場を見て回っていたマリアだったが、不意に足を止めた。雑多なノイズのような喧騒の中で、彼女の耳だけに届く「声」があったのだ。


「……こっち」 「マリア? そっちは人気のない裏通りだよ?」


 マリアは何かに導かれるように、市場のメインストリートから外れた、薄暗い一角へと足を踏み入れた。

 そこには、他の店とは明らかに雰囲気の違う、ボロボロのシートを広げただけの露店があった。

 並べられているのは、錆びついた鉄屑や、用途不明の機械部品ばかり。普通の客なら見向きもしないガラクタの山だ。


「……いらっしゃい」


 店の奥から声をかけたのは、厚手のローブを纏い、フードを目深にかぶった大柄な人物だった。

 顔は見えないが声のトーンからするとまだ若い女性のようだが、その落ち着いた響きには、只者ではない迫力が滲んでいる。


 その気配にモリィが、警戒を強めるが、店主は意に介していないようだった。


 マリアはその店主に一礼すると、迷うことなくガラクタの山へと手を伸ばした。

 そして、一つの部品を引っ張り出した。泥と油にまみれているが、拭えば鈍い鉛色の光を放つであろう、直径20センチほどの球体パーツだ。


「お姉さん、これください」


 マリアが差し出したそれを見て、フードの奥で店主の目がわずかに見開かれた気配がした。


「……お嬢ちゃん。それがなんだか分かっているのか?」 「うん。……まだ生きてる。『また走りたい』って言ってる」


 マリアは愛おしそうに、その球体の汚れを袖口で拭った。 店主は、しばらくマリアの顔を凝視していたが、やがて興味深そうに口元を緩めた。


(ほう……。このゴミ山から、唯一生きている『サブコア』を一発で引き当てたか。それに、機械の声が聞こえるだと……?)


「……面白い。だが、そいつは特別製だ。安くはないぞ」

「これで足りますか?」


 マリアがレドリックから預かった小袋を差し出す。

 店主は中身を確認すると、さらに足元から青白く光る金属片――プラスチールの破片を一つ拾い上げ、マリアの袋に放り込んだ。


「サービスだ。持ってきな」

「わあ! ありがとう、お姉さん!」


 欲しかったものを手に入れ、上機嫌で店を出ていくマリアと、それを守るように歩くモリィ。

 

「あれがエンジェルステーションの天使。……噂通り、興味深い存在だ」

 

 その後ろ姿を見送りながら、店主は静かに笑みを浮かべるのだった。

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