EX ボーダー 二つの世界
第二部 投稿始めます。
ストックもある程度出来たので、なるべく毎日投稿出来るように頑張ります。よろしくお願いします。
レドリックはナノマシンの時代に嫌気がさしていた。
欲しい物は何でも手に入る。
指先一つで、あらゆる快楽も、物質も、情報も、ナノマシンの配送網が届けてくれる。
彼は親から引き継いだ遺産と、自身の商才によって、使いきれないほどの莫大な資産を持っていた。
転機は、あるツテで一冊の「紙の本」を手に入れた時だった。
古びたインクの匂い。紙のザラついた手触り。ページを捲る音。
そこには、電子データからは決して得られない「質量」があった。
ある者は「ただのノイズだ」と笑い、ある者は「非効率な懐古主義」だと呆れた。
だが、そんな世迷言はレドリックにとってどうでもよかった。
彼は確信したのだ。これこそが、人間が人間らしくあるための重みなのだと。
世界に目を向けると、ごく少数だが、同じような価値観を持つ「変わり者」たちがいた。
レドリックは決意した。
彼らを集めて、古くも新しいコミュニティを作るのだ。
彼は南の辺境に広大な土地を購入し、そこに同志を招き入れた。
紡ぐ言葉に魂を込める小説家、アレン。
合成食料ではなく、食材の命を料理へと昇華させる料理人、イノシロウ。
ナノマシンに頼らず、草根木皮と人体の神秘で病を癒す東洋医、リンジー。
獣と知恵比べをし、自らの手で獲物を狩る猟師、ファルケンバーグ。
ブラックボックス化された機械ではなく、油と鉄の匂いがする機構を愛する整備士、プリスキン。
彼らの生み出すものは、効率至上主義の世の中では無価値かもしれない。
だがレドリックにとっては、それらは等しく宝石だった。
古い技術によって新しく生み出される作品も、泥にまみれた旧時代の遺物も、すべてが彼の愛するコレクションだ。
レドリックの倉庫には、玉石混交、様々なガラクタと宝物が詰め込まれていく。
そして何より、思いもよらぬ天からの福音、マリア。
カン、カン、とプリスキンが鉄を打つ音が、心地よいBGMのように響く。
レドリックは、アレンが書き上げたばかりの新作原稿を片手に、イノシロウが焼いた素朴な焼き菓子をマリアと一緒に頬張る。
「……悪くない」
マリアがもたらしてくれた青空を眺めながら。レドリックは確かな幸福を感じていた。
――
サイエンはナノマシンの時代に嫌気がさしていた。
怪我をしてもナノマシンが瞬時に治す。病気になればナノマシンが駆逐する。
誰もが健康で、誰もが幸福。
そこには、生命の神秘を解き明かす「過程」が存在しなかった。
――ナノマシンという魔法が、全てを解決してしまう。忌々しい限りだ。
自分の手でバラし、その構造を理解し、また組み換える楽しみ。
神の領域にある生命を、人の手で作り変え、破壊する背徳的な喜び。
そういった一切を、あの便利な埃は奪い去った。
だから、壊したのだ。
魔法を無くすためのプランを考え、実行に移した。
手始めに、宇宙コロニー「アヴァロン」と、地上との対立を煽った。
選民思想に凝り固まった支配者層など、プライドだけが高い無能の集まりだ。少しおだてて、危機感を煽るだけで、彼らは簡単に踊った。
そして作戦プログラムに、暴走ナノマシンの種を紛れ込ませた。
コロニー側にはミサイルの発射情報をリークした。
結果は、美しかった。
暴走ナノマシンの雲が太陽を遮り、地上からは魔法は消え失せた。
地上は、血と泥と暴力が支配する、原始的で素晴らしい世界へと回帰した。
私の、玩具箱になったのだ。
「いい出来栄えだ……君は最高の素材だよ、アレックス」
薄暗い研究室に、湿った音が響いていた。
フラスコの中で泡立つ培養液の音ではない。肉を切り、骨を削り、また繋ぎ合わせる音だ。
「……あ、あぐ、ぅ……」
手術台の上で、肉塊が微かに痙攣する。
ウルトラヴァイオレンスを率いた男、アレックス。
天使だったマリアに執着し、華々しく散ったはずの彼は今、サイエンの手によって「修理」されていた。
「動くんじゃないよ、アレックス。せっかく綺麗に繋がった神経がズレてしまう」
サイエンは愛おしそうに、アレックスの開かれた胸部へ指を這わせる。
その瞳には、狂気と純粋な知的好奇心が混濁していた。
サイエンは縫合を終え、手についた血を白衣で無造作に拭った。
アレックスのうつろな瞳が、恨めしそうにサイエンを見つめているが、声帯を弄られているため言葉は出ない。
サイエンは満足げに頷くと、奥のデスクへと向かった。
そこには、ある旧時代の遺跡から回収した、「極秘ファイル」が展開されていた。
「ふふ……まさか、こんな面白いものが埋もれていたとはね」
モニターに映し出されているのは、不気味な黒い石柱の画像。
そして『モノリスゲート』の文字。
力の流入と、その応用について。
空間を超え、理を超えた「何か」を呼び寄せる禁断の扉。
かつて実験中の事故により、多くの研究員が発狂・行方不明となり、永久凍結された負の遺産。
「実験は事故を誘発し凍結されたようだが……愚かな。なまじ制御しようとするから失敗するのだ」
サイエンは画面上の黒い石柱を、指先でなぞる。
「この計画は私が引き継ぐ。ナノマシンごときでは到達できなかった、真の深淵。次代は私の手によって拓かれるのだ」
全ては楽しむための駒にすぎない。
「さあ、遊びの時間だ。たっぷり楽しませておくれよ?」
暗い研究室に、サイエンの歪んだ笑い声が、いつまでも響いていた。




